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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
214/991

その214 『砂漠の都』

 門を抜けると、視界いっぱいに白磁の街並みが広がっている。だからか、夜の都でも、ぼんやりと明るい。おまけに、橙色の明かりにぼんやりと照らされた街は、吐息を吐きたくなる美しさだ。そのせいで眠るのが躊躇われるのか、深夜にもかかわらず、数名の人間が歩いている。

 賑やかな音楽がすぐ近くの建物から聞こえてきた。男女のシルエットが、建物の明かりを通して、路の先で踊っている。

 寒さにも屈せず、夜の街を堪能する様子に、門番の説明にあったような堅苦しさは皆無だった。ルールはあっても、環境が厳しくとも、この都の民たちは、活気を失っていない。だからか、都の様子に、レパードはほっと息を吐いた。聞いていたよりも、悪くはない。

 先ほどの男女のシルエットが、くるくると回ってポーズを決めた。そこから、喝采が聞こえてくる。酒瓶をあける音も聞こえてきた。恐らく、酒場なのだろう。少し羨ましそうに、番所の窓から兵士らしき男たちの視線が覗いている。

「まずはここを離れるぞ」

 レパードの言葉に、頷く気配が返ってきた。

 地図から察してはいたが、街は思いのほかシンプルな作りになっていた。四角四面の中心に、幅広の道が一本敷かれている。次の門までまっすぐに伸びた道の先は、少し高くなっているらしい。三段程度の緩やかな階段が、道の間に時折挟まる。そして、その道の左右に立ち並ぶ建物は、観光客目当てなのか商品を売る店で埋め尽くされており、必ず看板を掲げていた。中にはまだ開いている店もあって、扉の隙間から熱気と活気が零れている。

 大通りを歩き始めてからすぐに、レパードの鼻は水の匂いを捉える。僅かな音を頼りに見やれば、水路が建物の脇を流れているのに気が付いた。建物から漏れる光を浴びて、きらきらと流れる水が、ひんやりとした空気を更に冷やしにかかる。恐らく昼間であれば、恵みの水以外の何物でもないのだろう。

 その水路の間、建物を邪魔しない位置に木もなっていた。木の特徴から、詳しくないレパードにもその名前が分かる。ヤシの木だ。それに、木の麓には、シダのような見たことのない植物が生えている。大抵の植物は過酷な温度とさらさらとした砂地にやられて育たないということを知っていたので、意外な心持ちがする。

「レパード、噴水」

 声を掛けられて、頷いた。

 路を歩き続けて数分後、中心に大きく広がった噴水広場が出迎える。中心の男の像が剣を空へと掲げていて、その左右で二体の女の像が跪いて水瓶を掲げていた。水がそこから絶えず流れ出ている。水路を見た時も思ったが、水が貴重な土地だろうに、贅沢としか思えない水量である。

 噴水の周りには椅子が用意されていて、一組の男女がそこで何やら話している。

 レパードはそっと距離を取り、広場の端へと移動した。

「ここで一息つけそうだな」

 いい具合にヤシの木が生えていたので、そこを背にする。

 先ほど通ってきた道で、大体行きたい店の位置を把握したレパードは、さてどういう順番で回るかと思案しだす。幸いにも、開いてる店もあったため、回ろうと思えば今からでも行けてしまう。

「純民って何?」

 そこに、刹那の質問が振りかかった。

 すっかり忘れていたと、レパードは説明しだす。

「それには、シェイレスタの歴史を紐解かないといけないんだよ」

 シェイレスタは元々、イクシウスから独立して興った国だ。それは、刹那も知っている。

「シェイレスタの国の興り。その経緯だが、王族の継承争いが発端だった」

 刹那はそれに頷いた。

「イクシウスに双子の姉弟がいた。第一継承権は姉キサラ、第二継承権は弟エルヴィスが継いでいた」

 刹那の言葉に意外と詳しいなと、レパードは頷き返す。

「その通りだ。そして第一継承権を姉が得たのは、イクシウスが女帝国家だからだった。弟は男だからという理由で第二継承権に落ちたわけだ」

 それが弟エルヴィスには許しがたかったと、史実にはある。男だからという理由だけで落とされたのが気に食わなかったと。ちなみに、これはシェイレスタの歴史だと、姉のキサラの残虐且つ無能っぷりに弟エルヴィスが義心から立ち上がったという話になっている。一方、イクシウスでは弟エルヴィスがとんだ野心家で嫉妬に満ち溢れた人物として描かれている。この手の歴史書、――元々敵を知るためにと情報を集めていたラビリが入手してきたものだったが――、を目にした当時のレパードは、どちらも都合の良い物語を作っているようにしか思えず呆れ果てたものだ。

「弟エルヴィスは継承争いの果て、シェイレスタで国を興すことになった」

 話をだいぶ省略して、レパードは説明を続ける。

「その時に、エルヴィスを支持しこの地までついてきた住民を、純民と呼ぶわけだ」

 実際はそんなに数はいなかったと言われている。それでも、当時は未開の地だったこの過酷な地で、何とか体裁を保つために国を興したと。幸い力仕事の得意な男ばかりだったから、労働仕事もどうにかなったのだろうという意見は、イクシウスが歴史書に皮肉を言うように付け加えてあったものだ。

「第二市民区域は、純民でない、後から来た人?」

「その通りだ。後から移り住んだ人間は第二市民、エルヴィスから見れば純民より信頼に劣る奴らということになる」

 納得したように、刹那は頷いた。それから、壁を突き出すようにして聳えている建物を見やる。

「あそこは、特別区域」

「そうだな」

 地図では四角に塗りつぶされたそれは、壁で囲われているのではなく建物そのものだった。その建物は、近づいてきてようやく五メートルほどはある頑丈な壁に囲まれていると分かる。窓が一つもない無機質な造りが、人を自然と寄せ付けない。区域とは言いようで、実際のところは牢なのだろう。

 扉と思わしき場所の前に門番が立っている。しかし、他の門とは違い、頻繁な出入りを想定していないのか、扉自体は開かれていない。入るためには専用のチョーカーを取り付ける必要があるらしく、それを説明するポスターが壁に貼ってあった。チョーカーとは言うが、恐らく異能の力を封じる枷、首輪のようなものだろう。

 レパードとて、他人事ではない場所にぞっとする。『龍族』であれば下手をすると特別区域で済まされない可能性はあるが、それでもある意味での特別扱いに、ただでさえ寒い体がぶるりと震えた。それに、ここの中に入れられるイユを想像したのだ。なかったとは言い切れまい。ブライトがイユを利用した後、不要になったらこの特別区域に放り込む可能性は、十分に考えられるものだろう。そんな想像が働くほどには、レパードはブライトを信用していない。

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