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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
212/991

その212 『置いていかれた』

 「イユは、これからどうしますか」

 リュイスのそんな質問は、イユの部屋の前で行われた。

 あれから、医務室を出たイユは、リーサと別れ部屋に帰ることになった。シェイレスタの都にいく予定は延びたのだから、今日はもう無理して起きることもない。それに、頭のなかがごちゃごちゃしていた。それが、暗示を解かれた結果なのか、ブライトが不吉な宣言をしたせいなのかは、イユ自身も分かっていない。それでも、レパードたちが話しているであろう食堂に途中から分けいって入る気にもならず、ぼんやりとしていた。ジェイクのお陰で、少し元気がでたが、如何せん今日はいろいろなことがありすぎたのだ。

 「私はセーレにいたいわ」

 イユは、リュイスの質問に答える。ひょっとしたら、今からの行動について聞かれたのかとも思ったが、今日はもう寝るぐらいしかできないのだ。夜の見張りは既にミスタたちがいるし、イユの仕事は基本的に昼間が多い。だからきっと、今後のイユの身の振り方について聞かれたのだろうと解釈した。

 「そのためにも、まずは補給ね」

 セーレにいたくとも、全員でこの砂漠に埋もれて行き倒れるのはごめんだ。だから、早くシェイレスタにいって、補給する必要がある。

 「そうですね」

 リュイスもそれには頷く。

 それで、一旦会話が途切れた。なんともいえない沈黙が続く。

 まだ、レパードが話をしているらしく、食堂から僅かに声が聞こえてくる。さっさと話を終わらせてこればいいのに、声の感じからして、まだ続きそうだ。

 「なんだか、変わらないわね」

 間に耐えられず、イユの口は開いていた。

 「暗示が解けても、私の思考は何も変わっていないわ」

 イユはセーレといたい。その思いは揺るがないままだ。

 「良かったです」

 リュイスは、イユの隣でイユと同じように壁に寄りかかっている。同じ方向を向いている気がした。

 「壊されたものもあったかもしれません。でも、イユがセーレにいたいと言ってくれるその思いは、本物なんですよね」

 本物という響きに、イユは我知らず自身の胸に手をあてていた。

 「悪い、待たせたな」

 はっと振り仰げば、レパードが廊下を歩いてくる。話はもう、終わってしまったようだ。

 レパードはすぐに、イユの部屋の扉を開けた。中にはいれと、示される。

 「レパード。私も、当初の予定どおり、調達には行くから」

 すかさず、イユは口を開く。この場合、下手に言わない方がいいのか悩んだが、前回はこれでイユの我が儘を聞いてくれたのだ。

 「分かったよ。とにかく、まずは寝ろ。今日はもう遅い」

 レパードは、承諾した。それを確認したイユは、「おやすみ」と二人に挨拶をする。二人の返事を聞いて満足したイユは、ベッドに駆け込んだ。まずはとにかく、寝てしまいたかった。


 条件に見合った地点は幸いにも早く見つかったらしい。明け方、台地を中心に探すうちに適した場所が見つかったと、マレイユから報告があった。

 船内に響いたその放送に目を覚ましたイユは、改めて身支度を開始した。昨日既に用意していたこともあって、髪を整える程度のことしかなかったため、すんなりと終わってしまう。絵本を開いて時間をつぶそうとしたが、昨日と同じように集中力がさっぱり続かなかった。おまけにいつまで経っても、レパードが来ない。

 ようやく足音が聞こえてきた時には、イユは飛びつくようにして扉へ向かった。さすがに、昨日の今日で懲りていたので、扉がぶつかってきても当たらないよう、一歩引いた状態で待つ。

 しかし、いつまで経っても扉が開かない。痺れを切らしたイユのもとに聞こえてきたのは、ノック音だった。

「レパード?」

 いつものノック音とは違う、控えめな音だ。レパードならノックをするときはもっと強く扉を叩く。それに、殆どノック音と同時に口を開いて、「イユ、起きているか?」なんて聞く。

 訝しんだイユの耳に入ってきた言葉は、久しぶりに聞く謝罪だった。

「すみません、僕です」

 待ちかねたレパードではなくてすみません、という意味だろう。別に、リュイスを責めたわけではないのだが、一々突っ込んでいたらきりがない。それに、この時はまだ、レパードは来ていないのか程度にしか思わなかった。驚いたのは、次の言葉だ。

「レパードなら、昨晩旅立ちました」

 言われた意味が分からずに、イユは「は?」と聞き返していた。

 リュイスも言葉が足りないと思ったのか、補足する。

「刹那と二人で、シェイレスタの都に向かっています」

 イユの頭の中を、ぐるぐるとリュイスの言葉が回った。足元がふらふらして、耐えられずにしゃがみ込む。頭を抑えて、壁に寄り掛かる。荒くなっていた息を落ち着かせた。

「私たち、留守番ってこと?」

 それはイユの想定を超えていた。昨日まで旅立つ気満々だったのだ。肩透かしもいいところだった。

「はい」

 リュイスが一拍置いて、言い訳するようにイユの立ち位置を説明する。

「レパードが帰ってくるまでの間、イユは部屋で休んでもらうことになっています。昨晩、全体にはイユの暗示が解けたことを伝えてもらいましたが、夜分遅かったこともあってまだ全員に伝わっていないはずですから」

 恐らく、この説明は建前であって本音ではない。レパードは、まだイユを警戒しているのだ。暗示を目の前で解いてみせたところで、それが本当に解けたかどうかを確認する術はない。きっとこれは、延々と続くいたちごっこだ。それに巻き込まれるイユは、とんだとばっちりを受けている。

「……レパードは、置いていったのね」

「はい」

「嘘つき」

 不満な声は隠せなかった。ここにきて、置いていかれたことに無性に腹が立った。しかも、出立したのは昨晩だという。レパードはイユを部屋に戻した後、何食わぬ顔でセーレを立ち去ったのだ。だまし討ちもいいところだった。

 しかし、冷静に考えればレパードの判断は何も間違ってはいない。食糧と飛行石が枯渇している今、すぐにでも船を発つのは道理だ。場所は後ほど伝え鳥から聞くつもりなのだろう。そして、ブライトは意味深長な宣言とともに、セーレを去ったのだ。少しでも危険を考えるのならば、暗示に掛かっている恐れのあるイユは置いていく。イユが何かしでかさないように見張りを兼ねて、リュイスも留守番になったとみた。

「いつ、帰ってくるのよ?」

 けれども、イユを何日も自室に閉じ込めることはしないだろう。何よりこの部屋には食べ物の類はない。水の魔法石も残り数が少ないために、今は船倉で集中管理されている。つまり、シャワーは勿論、その水を飲むこともできない。レパードがイユを飢え死にさせるつもりでないならば、長く留守にはしないはずだ。

 イユの予想に答えるように、リュイスの返事が返ってくる。

「遅くても今日中には戻る予定です。最低限のものだけは買うつもりらしいですけれど、目的は下見だそうですから」

 二人だけで出掛けたというのを考えれば、物資は大して調達できない。下見ついでに情報収集をしてくる程度だろう。恐らくは、気にかかったブライトの様子と、近場に他の補給地点がないかについて、情報を集めてくる。補給地点がなければ、シェイレスタの都に船員たちが入って問題ないか確認する。慎重なレパードが考えそうなことだ。

「二人だけで大丈夫なの」

 人数の少なさを指摘してみる。リュイスもそれは案じていたらしく、同調する口調が返ってくる。

「僕もそう言ったのですけれど……。むしろ少ない方がかえって目立たないからと」

 リュイスの話では、風切り峡谷のときに、刹那と二人で親子連れのふりをして出入りしたと聞いたそうだ。今回も同じ方法を使うつもりだろう。

「でも、きっとレパードのことですから大丈夫です。待ちましょう。それから一緒に、調達に行きましょう」

 扉越しにそんな声を聞いて、イユは溜息をついた。

 胸の中のもやもやが消えない。シェイレスタの都がどうなっているのか、わからないのだ。ただ上空から都を見たという船員の話では、白い建物が砂の黄色にさらされながらも何軒も立ち並んでいたそうだ。水も豊富なのか、水路が流れているのも目撃したという。

 なのできっと、うまく侵入さえできれば、水不足は解消できる。水があれば食べ物もあるだろう。都の外に飛行船が数隻停泊しているのも見ている。旅人が出入りするのであれば、飛行石を融通する店もあるはずだ。

 だから、レパードたちは問題なく出入りさえできれば、物資の調達はできるはずだ。

 けれど、イユは悔しかった。ここまできて、何もできない自分が嫌になった。耐えられず、唇を軽く噛んだ。

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