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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
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その207 『新しい衣装に着替えて』

 明くる日から、外の温度ががらりと変わった。これまでも蒸し暑かったが、今はそれ以上だった。灼熱の太陽がじりじりとセーレを焼きつける。見張りを多く買って出ているイユとリュイスにも、堪える暑さだ。

 正直にいうと、最悪大陸に乗り込んだら、飛行船は置いてまず飛行石を調達しにいけばいいのにと、甘い考えを持っていた。木の実を求めて砂漠の中を探すのは無謀でも、数人で都まで旅をするのは問題ないだろうと。イユ単体なら最悪異能を駆使して移動することもできるから、容易だろうと。とんでもない。この暑さのなか往復していたら、人間の日干しができあがる。

 そうして諦めたイユは、今、リュイスにクルトの三人で見張り台にいる。

「暑いよ、イユ」

 見張り台の修理に憑かれたかのように熱中できるクルトも、さすがに暑さには堪えるらしい。凹んだ伝声管の様子を見ようとして、あまりの熱さにその手を離している。

「私も汗が凄いわ」

 見張り台の上はいつもリュイスの送る風がある。それだけが幸いだが、ここにきてからはその風すら熱を孕む始末だ。異能を使えば温度は感じないが、それでも汗は止まらない。むしろ汗を止めては体に悪いと聞いたので、止めるに止められなかった。せめて影に入ろうと、皆でギルドの紋章旗の下で固まるが、密集しすぎて余計に暑い気もしてくる。

 堪らず襟を持って、風を招き入れるイユに、クルトがあれっと声をあげた。

「イユ、ペンダントしているんだ。汗で荒れない?」

 普段から肌身はなさず身につけているそれは、服の下で光っている。だから、ペンダントの鎖部分が見えたのだろう。クルトの指摘どおり、汗が伝って肌が痒くなっている気がする。とはいえ、外す気は起きなかった。

「それより服が分厚すぎるわ」

 上着はさすがに脱いだものの、ワンピースの生地が厚すぎて風を通さない。

「あぁ、確かに」

 クルトも納得した顔をする。

「そもそもシェイレスタに入るなら、この衣服をどうにかしないと目立つよね」

 指摘をされて、イユも頷く。いかにも外から来た者だと分かる装いは目を引くことになるだろう。

「ふふ、そういうことになると思って用意してあるのよ」

 声に気付けば、リーサが登ってくるところだった。

「あら、ありがとう」

 最後のところでリュイスが手を貸して、登りきるのを助ける。

 それにお礼を言ってから、リーサはイユたちに向き直る。

「用意って、まさか?」

 クルトの質問に、リーサはにこっと笑ってみせた。

「そう、シェイレスタ用の服よ。ほら、ミンドールの許可はもらっているから今から部屋に行きましょう」



「イユ、着替えはそろそろ終わったかしら?」

「えぇ、大丈夫よ」

 場所は変わって、イユの部屋。浴室で着替えを渡されたイユは、一通り着替え終わったところで部屋を出た。

 その先でリーサとリュイス、クルトが出迎える。早速、クルトが感想を述べた。

「リーサのワンピースと似ているかな?でも、中々似合っているじゃん。ねぇ、リュイスもそう思うよね?」

「あ、はい。そうですね、とても似合っていると思います」

 同意をもとめられたリュイスが頷く。

「ねぇ、イユ。その場で回ってみて」

 リーサに催促されて、イユはその場でくるっと回ってみせる。

 水色のワンピースの裾がふわりと浮く。一見すると空色の上着に、それよりも濃い水色のスカートを履いているようにもみえる。しかし、この服は実際には生地を繋ぎ合わせることで一枚の、ゆったりとしたワンピースになっている。

 袖元は広がっていて、通気性を考慮していることが見て取れる。長袖なのは、皮膚が日に直接触れないようにする為だろう。半袖にすると日に焼けて皮膚が赤くなるという話は、リーサに聞いたことがある。

 また、首元のスカーフは落ち着いた青色をしていて、砂が入り込むのを防ぐ役目があると聞いている。

 修理の手伝いが多いイユの為にだろう、スカートに内ポケットが用意されている。見栄えだけでなく、実用性にも気を配っているのが分かった。リーサらしい配慮に、感心する。

「よかった、ぴったりね」

 自分の服の出来栄えに満足したように、リーサは手を合わせた。

 それにしても、リーサはここ数日忙しかったはずなのだ。

「動きやすいし、涼しいし、素晴らしいわ。一体いつの間にこんな服を作ったの」

 感激しつつも不思議に思うイユに、リーサは答える。

「インセートにいた時から、ちょこちょことね。イユがお仕事を手伝ってくれたおかげで空いた時間を使って作っていたの。シェイレスタに行くことになったら、絶対必要になると思って」

 胸がいっぱいになって、イユはすぐにお礼を述べる。まさか、インセートにいたときから、衣服を作ってくれていたとは思いもよらなかった。リーサはこういうとき、本当に頼りになる。そして、何よりもイユのためにこうして縫ってくれたことが嬉しかった。

 喜びに舞い上がるイユはしかし、どこか物憂げなリーサの表情に気づく。

「どうしたの」

 リーサはちらりとイユと目を合わせた。けれど、それはすぐに逸らされる。何か気に障ることをしただろうか。イユが不安に思い始めた頃、リーサは意を決したように、再び向き直る。

「ごめんなさい」

 その口が吐き出したのは、どういうわけか謝罪の言葉だった。

 ただただ驚いているイユに、リーサの言葉は紡がれる。

「私、今度はイユを助けるってそう言ったのに、結局シェイレスタに到着する今日までの間に、暗示を解く手段を見つけられなかったわ」

 リーサの言葉には、自身の駄目っぷりに呆れすら込められていた。リーサの目がだんだんと赤く腫れてくる。涙が一筋頬を伝った。

「リーサ……」

 リュイスが、心配する気持ちを表すように声を掛けたが、それ以上の言葉は続かなかった。

 確かに、マドンナに相談しても逆にシェイレスタに行くように依頼された。ラビリを頼ってシーゼリアに暗示を解かせる作戦を思いついたものの失敗し、挙句の果てに、魔術書を探し出してブライトに暗示を解かせる作戦も、実を結んでいない。それがリーサの、現実だ。

「リーサは、頑張っていたじゃん」

 クルトが、励ますようにリーサに声を掛けた。

 クルトの話では、リーサは今日までずっと魔術書を探していたそうだ。多忙にもかかわらず、隙間時間を見つけて必死に船内のものを引っ掻き回していたという。

 けれど、相手はあのブライトだ。魔術書がどのような見た目をしてどこに隠されているかもわからないのに、探すのは至難の業だった。元に戻す方法があれば確認しようもあるが、その手段をラビリ経由で聞くも見つからなかった。だから仕方がないではないかと、クルトは諦めの表情を浮かべている。

 イユもそれらを聞いて、考える。

 そもそもだ。クルトが管理していた倉庫からなくなったということは、魔術書は既にセーレには存在しないのかもしれないのだ。魔術書が姿を変えて近くにあるはずだと考えたのは、あくまでリーサだけだ。そこから、根本的に間違っていたらどうだろう。リーサの努力に果たして意味はあるのだろうか。

 事実はどうであれ、確証はないのだからリーサも不安に思ったことだろう。自分のやっていることが無意味かもしれないと思いつつ、それでもしがみつくのだ。しかし、魔術書は見つからない。そうこうするうちに、シェイレスタが近づいてくる。リーサは、なすすべもない現実に追い詰められたのだろうと、涙を浮かべる様子から悟った。

「でも、考えられる手は全て打とうと思ったのに、私にできることは結局こうして衣服を縫うことだけだったの」

 リーサは、悔しそうに唇をきつく結んでいる。その唇が僅かに開いて、言葉を作った。

 ごめんなさい、イユ。

 リーサは、再び謝った。いたたまれなくなったのか、イユの手を取る。

 イユの手はひんやりと冷たくて、細くて、リーサの手で包み込めるほどに小さいと、後にリーサは語った。この手が魔物を倒してきたなど嘘のようだと。

「謝らないで、リーサ」

 一方で、リーサの手は、あたたかくて、優しい。

 イユはそのぬくもりを感じて、それに応えたいと思った。正直、ブライトの件に関しては助けてほしいなどと思ってはいない。これはイユ自身が招いた結果だったし、そのことに後悔はできなかった。それでも、リーサの思いは伝わる。

「ありがとう。大切にするわ」

 むしろ折角作ってくれた服を、いつも戦いでぼろぼろにしてしまう。それがイユとしては申し訳ない気持ちにさせられる。それでも、この服は大切にしたいと思った。

 服に、ペンダントに、大事なものが増えていく。リーサに、クルトに、リュイスに、セーレにいる皆と、かけがえのないものに満たされていく。

 このぬくもりを、手放したくはなかった。

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