その206 『飴玉ころころ』
「このまま無事にシェイレスタについたとして、問題がある」
その日の晩、レパードは食堂で皆を集めて、そう切り出した。
「分かっていると思うが、物資が不足している。とにかく調達が必要だ。だが、シェイレスタは砂漠の国だ。水も貴重だし、木材の調達も期待できないだろう」
こうして聞くと、こないだまで雨に打たれていたというのに、水不足とは何とも皮肉な感じがした。
イユは、リュイスと刹那とともに同じテーブルに着きながら、食堂の壁を見回した。木材の不足も本当はどうにかしたかった。魔物により壊されたところはそのままの為、この食堂に開けられた大穴も、布を張り付けるという応急処置でとどまっている。早く元通りになってほしいところだが、それ以上は、さすがのクルトやリーサたちでも手に負えなかったのだ。
ちなみに、そのクルトやリーサたちは、見渡す限りいない。クルトは機関室の手伝いだろう。リーサは残り少ない食糧を前に、また頭を悩ませているのかもしれない。
嵐の山脈を抜けてから、忙しさが甲板に出ていたイユたちからリーサたちへと移った気がした。手伝いたいところだが、見張りは見張りで必要だし、リュイスに至っては外に出ている必要があるからこればかりはどうにもならない。
食事の乾パンを食べ終えてしまったイユは、別に配られた飴玉を口に放り込んだ。ほんのりとした甘さが溶けて、口に伝わる。
「大陸の端でもシェイレスタだ。あの『魔術師』をその場で下ろして帰りたいところだが、残念ながら今一番調達に向いている場所とあいつの家がある場所が一致する。つまり、シェイレスタの都だ」
シェイレスタでは国名と首都が同じ名前となっている。だから、国と区別するために敢えてレパードはシェイレスタの都と呼んだようだ。
それにしても、シェイレスタの大陸の端で下ろすとはあんまりな言い様だ。レパード自身が言ったようにシェイレスタは砂漠の国なのだ。あんなところの端に下ろされたら、すぐに干からびてしまうと聞いている。さすがにいつもの冗談だろうと思いながら、イユは口の中で飴玉を転がす。気のせいか、昨日配られたものより一回り小さい。
飴玉を舐めている間にも、レパードが続ける。
「だが、堂々と船を都に入れれば、検閲が入る可能性がある。あの『魔術師』はともかく、セーレ自体が狙われていないともいえないからな。一時的にどこかに身を潜める場所を確保する必要がある。見張りの奴らは、それらしいものを見つけたらすぐに報告を頼む」
レパードの話を聞いて、それもそうかと納得する。補給が頭にあるあまり、シェイレスタにたどり着いたらどうにかなる感覚でいた。だが、当然イユたちは身を隠しながら補給しないといけない。そして、砂漠のなかで飛行船を隠せるほどの場所を探すのは、恐らく困難だろう。
レパードが、付け足す。
「ちなみに、ブライトの奴が言うには、南方にオアシスがあるらしいが、そこには寄らない。わざわざシェイレスタの都を越えて停泊するのもどうかと思うしな」
聞きながらイユは飴を甘噛みした。恐らくブライトは当初、イクシウス側からくると思ってそのオアシスの場所を教えたのではないだろうか。だが、セーレは反対のシェパング側からやってくる。それで、都を飛び越す位置どりになったわけだ。それでも、現地の人間の言うことだ。今でもそのオアシスの話をしているのであれば、他にそれらしい停泊地点がないということにならないのだろうか。
「ブライトの言うことを聞いておかなくていいのかしら」
イユの呟きは聞こえなかったのか、無視されて話が続いていく。口の中の飴玉だけが、ころころと転がった。
「シェイレスタの都まで恐らく、残り半日から一日といったところだろう。シェイレスタの連中の動きがどうなるかはわからないからな、警戒はしてくれ」
ブライト目線で考えれば、シェイレスタは味方のはずだ。だからいきなり捕まることもないだろう。だが、だからといってイクシウスでお尋ね者になっている船が、堂々と乗り込んでいいことにはなるまい。
油断はするなよと、レパードは眼帯のしていない方の目で、一同を見回した。
「何が起きてもいいように準備だけは万全にしておけ」
船員たちが、それぞれに返事をする。固唾を呑んでいるのは真面目なリュイスで、隣の刹那は無表情なままに、こくんと頷く。残っていたらしい水を飲むべく、すぐにグラスを手に取るあたり、緊張感は微塵も感じられない。それらの様子を目にいれながら、イユもそっと頷き返した。
ちょうど視線の先にいたレパードが、イユの様子を見て取って、呆れた表情をする。その顔が、「お前が一番心配だ」と言っていた。イユとしては真面目に聞いていたはずなのに、その態度には納得がいかない。
すぐに、レパードから視線を外したイユは、これから先のことを考える。まだ見ぬ砂漠の都、シェイレスタ。灼熱の砂漠の中で、セーレは限られた物資を求めている。それなのに、都自体にも、警戒が必要だ。そして、何よりも都に到着したら、イユはブライトの屋敷に行かねばならない。都のどこにあるのだろう。イユは肝心な話をブライトから聞けていなかった。
自然と、喉が乾きそうになる。気づけば、口の中で踊っていた飴玉が、あっという間に溶けてなくなってしまった。




