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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
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その205 『シェイレスタへ』

 結局、プロペラは船尾に取り付けられることになった。何でも日中のうちに光を浴びておくことで動くようになる仕様らしく、夜の間もずっと可動した。おかげでリュイスの負担はずっと軽くなり、速度もまたいつも以上に速くなったようだ。

 あくまで、『ようだ』としか言えないのは、普段イユが見張り台にいるときは常にリュイスと一緒にいて、魔法の恩恵に授かっているせいだ。いつもセーレが速く航行しているときに外に出ていることになるので、鈍行のセーレを目撃した試しがない。

 それに、実際に船に乗っている人間がその肌で速度の違いを感じ取れるほどには、大きな差は出ていないのもある。削れて予定より0.5日早まったというところだろうか。それでも、今のセーレにはありがたいことこのうえなかった。

「なんだかんだで、ライムは天才ってことよね」

 たった数日で、困っている場面を覆す品を作り上げるのだ。イユの手先がいくら器用になっても、こうしたことはできそうになかった。

「ライムねぇちゃんの腕は確かだよ。かなり、変だけど」

 答えるのはシェルだ。望遠鏡をのぞき込みながら、そろそろ見えるだろう大陸を探している。

 イユは今、シェルとリュイスとともに見張り台にいた。

 リュイスの吹かす風に心地よさを感じながらも、そっと額に浮いた汗を拭き取る。

「ライムが変なのは、昔からって言っていたわよね」

 リュイスがそれに少し困った顔をした。魔法に意識を持っていかれて会話どころではないのかと思いきや、意外と会話も耳に入れている。その証拠に、シェルとイユの会話に的確な突っ込みを返すこともあった。どうもこの程度の魔法であれば、そこまで意識を集中させなくてもよいらしい。しかし今は、あまりにも二人が当たり前のように「変」を連呼するので、同意していいものか迷っているようだ。

 ライムへの遠慮からか言い淀んでいるリュイスの代わりに、シェルが答えた。

「確か、機関室が『龍族』に襲われた時も、大怪我を負いながら船を動かし続けていたんだっけ?」

 リュイスが、それに、「あぁ」と返す。返事のしやすい内容だったらしい。

「そうです。ライムのおかげで、船が墜落せずにすんだって聞いています」

 その言葉だけ聞くと、ライムが英雄か何かのようだ。実際はどこか頭のねじが飛んだ女性なのが、嘘のようだった。

「でもそれって十二年前の話でしょう?ライムだってまだ子供なんじゃないの」

『龍族』に襲われたというのであれば、話はカルタータから逃げ出した頃のことだろう。十二年も前ならば、ライムは相当に若いはずだ。今のライムで二十代ぐらいに見えるから、まだ十代なのではないだろうか。それともああ見えて結構年を取っているのだろうか。

「子供だったはずですよ。機関部の構造知りたさにこっそり忍び込んだって聞いていますし」

 リュイスの言葉に、イユは首を捻った。子供だったライムが、忍び込んだばかりの船の機関室で船を浮かしていたという。それも怪我をしながらだ。ひょっとしなくても、ライムはただの変人ではなくて、凄すぎる変人なのではないだろうか。

「……イユのねぇちゃん、変人扱いは変えないんだ」

 イユの表情を読んだのか、シェルがぼそりと突っ込んだ。

「いいの、事実でしょう」

 それには否定できないらしく、シェルが黙り込む。

「それにしても、当時ライムが頑張ったということは、ジルはいなかったのね」

 事実を知っていたのは、リュイスだった。シェルはそこまで詳しくないらしい。

「はい、あの時はまだジルでなくて別の船員がいたそうです。でも皆カルタータが襲われたときに亡くなってしまって、生き残ったのは奥で隠れていたライムだけだったとか」

 ライムのおかげでどうにか墜落は免れたものの、見よう見まねで船を浮かせているだけの子供にまさか機関室を任せ続けるわけにもいかない。そこで、せめてとレッサやヴァーナーが分からないなりに手伝いに入るようになり、最終的に専門家であるジルを招いたのだという。

「機関室にあるものって、どれも難しそうよね?当時のヴァーナーたちにも操作ができる代物には思えないのだけれど」

 イユの疑問に、リュイスは頷きながら答えた。

「実際、苦労はしたそうですよ。普通、子供がちらっと見ただけで飛ばせる船ではないですから」

 文字すら読めなかったイユからしたら、意味の分からない次元である。ライムだけでなく、ヴァーナーもレッサも揃って天才なのだと感心することにした。

 話に区切りがついたところでふと下を見やれば、そこにジェイクとマレイユの姿がある。どうも交代の時間らしい。

「さて、そろそろ下りましょうか」

 リュイスの言葉に頷き返したイユを認めてから、リュイスが梯子を下りていく。その途中で、魔法を使うのを止めたらしい。

 風がぱたりと止んだ。

 暫くして、生温くねっとりとした風がやってくる。イユは先程の風がすでに待ち遠しくなった。この風は、気持ちが悪い。

「イユのねぇちゃん。暑い、お腹空いた」

「我慢しなさい」

 ぶーぶーとむくれながら、続いて梯子を下りるシェルを見て、イユもついついここ数日の生活を振り返る。

 ギルドの停留地点を避けた次の日はまだよかった。船倉で育てていた果物や野菜が軒並み嵐でやられたといっても、日持ちしない食糧を平らげることで賄うことができていた。食堂に保管されて無事だった穀類を食べることが増えてきてからは、飲み水が欲しくなったものだが、それでもまだ我慢できた。むしろ、イユにとっては食事を満足に食べられる行為自体、セーレに来るまではあまりない経験だった。だからそれに比べれば、何ともなかった。

 しかし、飲み水が減らされたのは意外と厳しかった。一週間は持つと聞いていても、それは量を絞っての話だ。そして、この暑さの中では、量が絞られるのが堪えた。渇きを耐え忍ぶ為にか、代わりに飴がよく配られるようになった。それを口の中で転がして何とか堪えるのだが、問題は外の空気だった。

 暑かった。イクシウスとは比べ物にならないほど、この辺りはうだるように、むしむしとしていた。イクシウスの凍てつく寒さに耐えてきたイユとしては、この喉の乾く暑さは嫌がらせだった。

「リュイスのにぃちゃん。もう少しだけ風を起こして、涼しくできない?」

「やってもいいですけれど……」

 下から二人の会話が聞こえてくる。イユはすぐに割って入った。

「だめよ。さっきからずっと立て続けに魔法を使っているのよ。リュイスは休憩すべきだわ」

 イユの否定に、シェルはまたぶーぶーと声を挙げる。

 イユもまた汗を拭いながら、梯子を下りだした。それにしても、進展のないここ2、3日が辛い。掃除も洗濯も水不足でできず、木材が尽きてしまってこれ以上の修理もできない。無駄に動くと体力を消費するので、極力動くなとも言われている。

 そろそろ、変化が欲しかった。だからといって、期待して空を眺めたわけではなかった。シェルの気持ちもよくわかるほど、この暑さはイユの気力を徐々にしぼめていく。それでも、何気なく梯子の隙間から地平線の先を見て、そこで違和感を抱いた。何かが揺らいで見えたのだ。

 じっと見つめて気が付いた。

「大陸みたいなのがあるわ」

 ぼけてみえるのは、遥か彼方にあるからだろうか。不思議に思いつつも、イユは再び梯子を上がった。すぐに伝声管を手に取って、報告する。クロヒゲから返事が返ってきた。

「その方角なら、シェイレスタでやすね。ようやく見えてきやしたか」

 思わぬ単語に、イユはもう一度大陸を目に入れる。揺らいでいるが、それが嵐の山脈に負けず劣らず大きな陸であることを意識する。途端に、イユの目に生気が戻った。

 金色にきらきらと光った大地は、まるで夢の国にやってきたかのようだった。頬に僅かにかかる風に熱を感じたが、それさえもイユを歓迎しているように錯覚する。

「あれが、シェイレスタ」

 ようやく、目的の大地へとたどり着いたのだと、その時だけは胸がいっぱいになった。

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