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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
204/991

その204 『深刻な物資の不足』

「参ったわね」

 こうなると、とにかく他の補給地点を探さねばならない。しかし、レパードの話では他のギルド船はこの辺りにはないのだという。それどころか地図に載っている範囲で、最も近くにある補給地点がシェイレスタだというから、話にならない。

「食糧も厳しそうなの?」

 イユは、リーサ、セン、マーサ、リュイス、レパードとともに船倉へと下りている。そこに山積みにされた木箱のうちの大半は、蓋が開けられて中身が空っぽになっていた。ここに食糧が入っていたらしい。

 イユの質問を受けたマーサが、

「そうねぇ」

 と返す。

「食事量を減らせば、数日は浮かせられる。見立てでは4日分はどうにかなるだろう」

 センの解説に、レパードの顔が曇った。

「確かに厳しいな」

 イユもレパードから話を聞いているので知っている。次の補給地点までは、ベッタやクロヒゲの目算で、3日から5日程度かかると言っていた。何でも速度が出せればこの限りではないのだが、これ以上速く走ると飛行石が持たなくなるのだという。せめて嵐の山脈から抜けたとき、もう少しシェイレスタ側に寄っていてくれればよかったと嘆いていたのはクロヒゲだった。想定よりも遥かにシェパング側に出ていたと気づけたのは、ギルド船の補給地点のおかげらしいが、肝心なその補給地点に寄れなかったのだ。痛恨の痛手だった。

「水はどうですか」

 食糧よりも水不足は深刻だ。リュイスの質問に、幸いにもマーサが首を横に振った。

「そちらはまだ一週間は持ちそうかしら。風切り峡谷でいっぱい調達したのが良かったわぁ」

 水瓶が割られてしまったといっても、こうして聞く限りまだどうにかなりそうだ。

「問題は食糧よね。船長、私はシェイレスタにいったことがないからわからないのだけれど、あそこの大陸は広いのでしょう?陸を航行するのならば、ちょっとした食べ物か何か入らないものかしら」

 リーサの台詞に対して、レパードは帽子越しに頭を掻いた。

「俺も行ったことはないが、あそこはとにかく暑くて、砂漠ばかりで何もないとも聞いている。素人がひょこっと下りて、木の実の類を見つけられると思ったら大間違いだとな」

 砂漠とは何かと聞いたら、灼熱の砂の大地だと返ってくる。きっとイクシウスの雪原とは真逆の場所なのだろうと、イユは想像する。リーサの感覚では、陸があれば何かしらの調達ができる認識のようだが、それは残念ながら違う。陸であっても人に優しい場所とは限らない。雪原で死にそうな目にあったからこそ、そう断言ができた。

 その点で言えば、今までのセーレは比較的環境に恵まれた場所を中心に旅を続けていたのだろうと想像できた。そんなセーレの面々が、船長であるレパードも含めて、行ったことのない場所がシェイレスタなのだ。

「僕は最悪、もっと食事を減らしてもらっても大丈夫ですよ」

 リュイスの発言に、リーサが眦を上げた。その表情に、リュイスがぎょっとして一歩下がるほどだ。

「ダメよ。あなたたちは他の人たちよりずっと働いているのよ。本当はむしろ多くしたいぐらいなの」

 その発言に、マーサも手をあてて賛同している。

「そうよ。リュイスちゃんは優しいからすぐ遠慮しちゃうけれど、それはよくないと思うわ。もっと私たちをあてにして我儘を言ってくれてもいいのよ」

 リュイスのおどおどした顔を見ながら、イユは内心自業自得だと考えていた。リュイスの優しさは悪いことではないのだが、自身に犠牲を強いているようにも見えるのだ。

「言われたい放題。リュイスの負けね」

 ところが、この発言の何が悪かったのか、リーサのきつい視線がイユにも飛んだ。

「この際だから言っておくけれど、イユ、それに船長も!皆、同じだからね?」

「わ、私も?」「お、俺もか?」

 レパードが帽子ごしに頭をぽりぽりと掻く。帽子が凹みすぎて、ぺしゃんこになっていた。

「そうです、同罪です」

 いつの間にか、罪にまでされてしまっている。

「皆、戦えるからっていつも無茶しすぎよ。そのうえ、戦いのない場でも、やたらと働きまわって、全然休まないわよね。だからせめて、食事ぐらいはいっぱい食べてほしいの」

「私は別に食事を減らしてほしいなんて言ってな……」

 きりっと睨まれて、イユの言葉が途中で止まる。

「何か言ったかしら?」

 イユは首を横にぶんぶんと振った。

「とにかく、もう少し私たちを頼ってくれてもいいのよ。私たち、非力な人間だけれどね。心配しなくてもちゃんと頑張れるんだから」

 はっとする。リーサは怒っているが、同時にその瞳が潤んでいるのだ。

「ふふ。皆、形無しね。でもリーサちゃんも無茶しがちだから、適度にね」

 横からマーサに突っ込まれて、途端にリーサの頬が赤らんだ。

「分かっています!」

 センがその様子を見て、どこか満足そうに鼻を鳴らしていた。



 そうはいっても、食糧や飛行石の問題は残る。特に飛行石は深刻だと聞いていた。

 イユたちは今度は隣の機関室へと赴く。入口付近でジルとレッサが話し込んでいたところだった。

「ジル、先ほど食糧を確認してきたが、4日が限界だ。飛行石はやはりどうにかならなさそうか」

 航行に時間がかかるのは、単純に速度を落としているせいだ。速度を上げれば食事回数が減るが飛行石は浪費する。食糧と飛行石、この舵取りが難しい。

 ちなみに飛行石をもたせるために、浮力も落としていて、今は奈落の海から海獣が出てこないぎりぎりのラインを飛んでいた。

 レパードの声に振り返ったジルが、険しい顔をする。

「そうか、そちらも厳しいな」

 レッサが、奥を覗き込んでから答えた。

「今、ライムが閃いたって言って、頑張ってくれているけれど、正直どうなるかは……」

 ライムとはろくに会話が成立しないのだ。どうなるのかは未知数だろう。そもそも閃いたとは一体何に対してだろう。

「まさか、飛行石の消費を抑えて速度を上げる方法か」

 レパードが期待するように目を光らせる。

 ちなみに飛行石以外で速度を上げる方法はある。リュイスの風の魔法で、帆に風を送ってしまうことだ。これは既に実践済みで、リュイスとともにイユは頻繁に見張り台に戻っている。それもあって、先ほどリーサを心配させたのだろう。

 もう一つ考えられる方法として、積み荷を減らすことがあるが、これをイユが提案したところ却下されてしまった。

 積み荷を減らすということはつまり、奈落の海に積み荷を投げ捨てるということにつながる。しかし、海を汚すのは奈落の海に対する冒涜だというのだ。死者を埋葬する際、レストリアの者たちはその遺骨を空へ、やがて海へと還す。その旅路を少しでも邪魔しないために、奈落の海は清らかでなくてはいけないのだと。

 神を信じないイユには空葬も眉唾にしか聞こえない。それが顔に出ていたのか、一応理に適った説明もされた。それはつまり、そもそも捨てられるような積み荷はないという話だ。食糧や水の類いは勿論のこと、武器の余りもたいしてなく、衣服など捨てても重くないのであまり意味をなさないと。イユは本を示したが、数冊では変わらないと言われる。

「空の木箱を捨てればいいでしょう」

 あれは意外と重いのだ。数を捨てれば足しになる。

 精一杯のイユの主張に、レパードは首を振った。

「木箱はダメだ。あれは、海獣に知られている」

 レパードたちの話では、墜落した飛行船の殆どが木造船であるから海獣がそこに人がいることを知って寄ってくるという。木材以外ならまだいいが、木の類いとなると危険が大きいらしい。低空を飛ぶセーレにとって、海獣を呼び寄せる危険は作るべきではないという。

 結局、反論の術を持たないイユは、レパードだけではない船員の皆に反対されてしまった。

「そうだといいが、ライムだ。全く役に立たない発明の可能性もある」

 ジルの言葉に、物思いから引き戻されたイユを含めたその場にいた全員が、ため息をついた。

「12年経っても、あいつは本当に変わらないな」

「一応、誤って飛行石を浪費しないようには言ってあるし、よほど伝わっているとは思うけれど」

 その時、奥から何やら騒ぎ声が聞こえてきた。

「待てって、ライム、引っ張るなって!折角作ったものが壊れる!」

 声はヴァーナーのものだ。その声を掻き消すように、周りに何かをぶつけているようなガシャン、ガシャンという音が響く。

 イユたち三人は何事かと顔を合わせた。正体は、すぐに明らかになる。

 奥の部屋から巨大なプロペラを担いだライムが、駆け込んできたからだ。

「あ、みんな!クルトちゃん、知らない?ちょっと、手伝ってほしいの」

 にこにこと笑いながら話しているが、その両手が担ぐプロペラが先ほどから天井にがんがん当たっている。

「甲板にいるとは思うけれど、ライム、それって……」

 珍しく、レッサの言葉にライムはきちんと返した。

「うん!ギルド船がプロペラを回していたのを見て、作ってみたくなっちゃって。これで、リュイスくんの魔法がなくても、ある程度風を起こせるよ!」

 確かにギルド船にはプロペラのような部品が付いていた。普段機関室に籠っているライムだが偶然、外に出た時に見たようだ。

「じゃあ、れっつらゴー!」

 イユたちに気にせず突っ込んでくるライムに、三人はさっと道を開けた。その後ろを、散々に振り回されたと見えるヴァーナーが追いかけていく。

「待てって!そのでかさのプロペラをどうやって上に運ぶんだ!」

 ヴァーナーの言葉にこれまた、珍しくライムが答えを返した。どうも作品が出来上がった時はそれなりに会話が成立するらしい。いつもみたいに話しながら自分の世界に入ってしまうことはないようだ。

「解体しちゃえばいいよ、通路を」

「普通は、逆だ!」

 イユたちは呆気に取られてその会話を聞いていた。

「……えっと、これで解決なの?」

 イユの疑問に、レッサが困った顔をした。

「さ、さぁ……」

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