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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
203/992

その203 『想定外』

 それから、セーレは数日間無事に航行した。

 イユも1日近くかけて全員の服を完璧に修繕し、そのあとで甲板の修理を手伝った。

 最も、イユが手伝えるのは外見だけだ。船自体の損耗は激しく、飛んでいるのもやっとの状態だったが、それはイユにはどうしようもなかった。見張りを代わったところで、そもそも近くに手頃な島がない。そのせいで、修理に寄ることもできなかった。セーレは、残距離をふらふらと蛇行した。

 セーレの損耗で一番酷かったのは、浸水被害のあった船倉と機関室だった。

 まず船倉だが、そこにあった船は軒並み動力部が水浸しになりやられてしまった。おまけに船倉には食糧や水の類が保管してあった。運悪くアマモドキが何体か雨に紛れて侵入したらしく、樽は溶けて水が零れ、食糧も殆どが水に浸かっていた。

 機関室は動力機関を死守したことでそれ以外の場所が雨水に沈んだ。おかげで、予備に積んでいた部品の類いもやられてしまった。一部の木材は乾かせばなんとかなるが、水に濡れることでだめになるものもあるらしく、飛行船の完全な修理はできないとされた。

 そして、飛行石もまた深刻だった。可動翼を出すと飛行石の消耗が激しいらしく、嵐を乗り越えるのに散々使用した為、底を尽きかけていたのだ。次なにかに襲われても、もう逃げることはできないとまで言われた。

 そのため、何よりもまず補給を急ぐべきだった。そこで、イユたちに下った指令が、甲板を最優先で修理することだった。なんでもレパードの話では、そろそろギルドの停留地点に着くという。だからそれまでは、飛行石も水も食糧も何とかやりくりしていく。しかし、無事に着いたところで、あまりぼろぼろだと人の目を引く。目立ってしまっては、怪しまれて手に入る物資も入らなくなるかもしれない。そのため、見た目を早急に直す必要があるということだ。

 まず、一番ひどかったのは手すりが崩れ落ちて、剥き出しになっている箇所だった。船倉に置いておいた木材の残りをリーサとともに乾かして、クルトと一緒に雷で燃えてしまった手すりの代わりを組み立てた。それを飛んでいる飛行船の上で接合させるのが、至難の業だった。リュイスに風を弱めてもらうことで極力揺れを少なくし、その中でどうにか作業を完遂した。

 ちなみにリュイスは、次の日には起きて活動していた。一日寝込んでいたわけだが、元々体力があるのか思ったより元気だった。だからリュイスも、いつもの帳簿とのにらめっこはせず、一緒に手を動かした。風の魔法は勿論のこと、それ以外にも、ロープの張り替えに見張り台の修理とやることはたくさんあった。

 幸いにも、他の船員たちは皆怪我こそあれ、どうにか元気にしている。おかげで人手には困らない。

 今も見張り台の修理から帰ってこないクルトを心配して、ミンドールに交代してやってほしいと頼まれたところだ。イユもクルトほどではないが、多少の船大工仕事ならこなせるようになってきた。こうして頼られると、セーレのなかに入れてもらえたようで、無償に嬉しい。

「クルト、交代よ」

 登りきったところで、ゴーグルを外して汗を拭き取るクルトに声を掛ける。

「あ、もうそんな時間?いいところなんだけどなぁ」

「クルトにかかったら、殆どの時間が『いいところ』でしょうが」

 よく見れば、見張り台の中心に風呂敷が広げられ、そこに工具と食べかけのクラッカーが置いてあった。昼休みに見かけないと思ったら、どうにも食べながら仕事をしていたらしい。しかし、今はお昼から四時間以上経過している。殆ど手をつけられていない状態をみれば、ずっと集中していたことが伝わった。

「しょうがないかぁ。じゃあ、ここの補修だけ」

 甘やかすものなら、作業を止めないのは自明だ。

「だめよ、交代」

 厳しく言い切るイユに、クルトは口を尖らせた。

「えぇ、ケチ、頭固い。ちょっとだけだって」

「仕方ありませんね」

 後ろから登ってきたリュイスが、呆れたような声を出した。

 その甘すぎる台詞に、クルトがすかさず飛びつく。

「リュイス!ありがとう!さすが、優しさの権化!」

「おかしな呼び方をしないで下さい」

 喜ぶクルトは、リュイスの許可を得たことを盾にイユを見る。

 こうなったら終わるまで待つしかない。そう思ったイユは仕方なく、降参の仕草をしてやった。

 クルトがすぐに作業に没頭してしまったことで、かえって手持ち無沙汰になったイユは、クルトの直した手すりを確認してみることにした。ほとんどの手すりが溶けていたはずだが、3分の2ほどは新品そのものに変わっている。どうも直すより取り換えたほうが早いと、判断したようだ。

 イユは倒れないか確認しようと、ゆっくりとその手すりに触れる。木の優しいぬくもりが伝わった。そこに更に力を加えていく。

 びくともしないことが分かると、普段やっているように体をもたれさせてみた。

 やはり、軋みすらしない。それに、手すりにもたれかかって見る空も、手すりの高さすら正確に合わせられているようで、いつもと目線が変わらない。やけに木材が新しいことを除けば、取り替えられたことにも気づかないかもしれない。相変わらず、器用のレベルを越えていると、クルトに感心する。

 作業中のクルトを拝もうとしたところで、豆粒のように小さい集合体に気が付いた。

「何あれ?」

 目を凝らせば、視界の遥か先で、島のようなものが見える。そこに群がる何かが、イユの目のなかで蠢いている。

「ギルドの停留地点ではないですか」

 そう言いながら、リュイスも双眼鏡で覗く。その後、リュイスの喉が鳴った。

 イユの目でも、島の状態が徐々にはっきり見えてくる。否、それは島ではなく、島ほどはある大きさの巨大な飛行船だった。セーレと同じ木造船のようだが、その体を支えるためか船尾から複数のプロペラが回っているのが確認できる。

 そして、その船を取り巻くように囲んでいるのが、黒船の一団だった。飛行船を一定間隔に並べるのには相当な技量がいると思うのだが、その一団は見事なまでに隊列を組んでいた。その姿はまるで、獲物を取り囲む魔物のようにも映る。物々しい雰囲気が、この距離からでも伝わってきた。

「レパード。ギルドの停留地点の様子がおかしいです。シェパングの、恐らく国防軍に囲まれています」

 国防軍と推定された船は、先日セーレと遭遇した抗輝の船とシルエットはほぼ同じだった。

 ただ、大砲を所有しているものもあるらしく、船の上部に煙突宜しく、独特の影が突き出ている。

「……一体、何が起きているんだ」

 レパードの声に、答えられる者は誰もいない。

 代わりに、一つの事実だけがイユの頭に浮かび上がる。

 こんな風に停留地点を囲まれてしまっては、その間を縫ってどうやってセーレがたどり着くことなどできようか。否、できるはずがない。

 この船に乗っているのは『異能者』に『龍族』に、ブライトという指名手配犯なのだ。たとえ相手がシェパングといえど、国防軍が囲んでいるような場所に向かって、無事で済むとは到底思えなかった。

 そのため、イユたちは、補給の機会を完全に逃してしまったのだ。

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