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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
201/991

その201 『その男の話』

 航海室を一通り片付けたときには、早くも夕方になっていた。

 今後の進路を検討するレパードたちの話を聞きながら、イユはふいに空腹を感じる。最近は贅沢な食事ばかり送っていたから、いつの間にか消化が早くなってしまったようだ。バケットを食べた分が、早くもない。

「そろそろ飯の時間でやすね」

 クロヒゲの言葉に、レパードも顔を上げた。ぽつりと、呟く。

「食堂が片付いているといいんだが」

「そこは、リーサたちが?」

 食堂の荒れ様は凄まじかった。あそこを片付けるとなると、大変だろう。それに、リーサはあそこで魔物に襲われたのだ。暫くは近寄りたくないだろうにと慮る。

「そのはずだ。行くか」

 レパードが、イユをちらっと見る。その目が、リーサを手伝いたいだろうと言っていた。

 イユは勿論、首を縦に振った。


 ところが、食堂にリーサはいなかった。それどころかあんなに散らかっていた食堂は、かろうじて見られるぐらいには持ち直している。さすがに大穴はあいたままだったが、なんとか座れる場所と料理を置くテーブルが用意されていた。

 パンを配るマーサを見つけて、イユは声を掛ける。

「マーサ!魔物に襲われたのでしょう?大丈夫だったの」

 振り返ったマーサは、いつもと同じおっとりとした様子で、にこりと笑った。 

「まぁ、イユちゃん。私は大丈夫よ。心配してくれて、ありがとうね」

 怖かっただろうし、今は今で忙しいはずだ。それなのに、少しもそんな様子を見せないマーサが、イユには凄いことのように思えた。

 マーサがいる場所よりも奥、視界の端に、センの姿が映る。こちらも、狂戦士のようだったと聞いていたが、いつもの調子でどこか満足そうに厨房に入っていく。どうも嵐を乗り越えた皆の顔を改めて確認しにきたようだ。

 マーサもセンも、いつもと何も変わらない。この二人はきっと、何が起きても変わらないだろうという安心感があった。その様子を見てか、イユもほっと一息つける心地がした。

「ほら、お腹空いているでしょう?濡れちゃったり割れちゃったりした食べ物から片付けないといけないから、今日はちょっぴり多いわよ」

 気づけばイユは席について、お皿に料理を並べられていた。相変わらずの手際のよさである。

 お皿にはふかふかのパンの隣に目玉焼きが添えられていた。食べ物が濡れたり割れたりするとはどういうことかと思ったが、恐らく濡れるとだめになる粉の類や割れてしまった卵を中心に料理したということだろう。嵐の被害はここにも表れていた。

「ねぇ、リーサは?」

 レパードのお皿にも食事を盛っていくマーサに、聞いてみる。

「今は下の階でお片付けをしているわ。そろそろ、戻ってくるはずよ」

 リーサのことだ。熱中して時間を忘れているかもしれない。

「リーサは一時間したらくる」

 突然の声に振り返れば、刹那の青色の目と合った。

「さっき下の階で会った」

「それなら、先に食べていなさいな。きっと、もっと掛かっちゃうわ」

 マーサも、リーサが夢中になると中々帰ってこないのを見越しているらしい。残念だが、頷くことにした。リーサの仕事の手伝いは、明日以降にすればいいだろう。

「イユたち、一緒していい?」

 刹那の質問に、イユは当然と、頷いた。

 イユの隣の席へと、刹那が落ち着く。その動きはどことなく軽やかだが、刹那もまたセーレのために今まで動いていたのだろうことは想像に難くない。

「刹那は、怪我人の手当てを?」

 イユの質問に、こくんと頷きが返る。

「皆、思ったより酷い。でも、風切り峡谷で買ってきた薬が効いてる。イユは、平気?」

 逆に聞かれて、頷き返す。

「えぇ、異能があるから」

 怪我だらけの姿で歩いたら、皆が心配するのは目に見えている。だから、目につく範囲から順に治してあった。

「刹那、抗輝ってやつを知っているか」

 イユと向かい合って食べていたレパードが、突然そう割り込んだ。どうも先程の船の持ち主が気になるらしい。シェパングの出身ということで刹那に聞いてみたくなったのだろう。

 お皿の上のパンを早速頬張りながら、刹那がこくんと頷いた。

「シェパングの円卓の朋の一人」

 すらすらと答える刹那を見て、国王並みに偉いのは本当らしいと感心する。それから、イユ自身はイクシウスの国王の名前を言えないことに気がついて、卵の黄身にかぶりついた。

「他には?」

「豪快な人」

 イユは、以前刹那にセーレに残るにはどうしたらよいか相談したことを思い出した。相変わらず、刹那の説明はあっさりとしている。

「どう豪快なんだ?」

 刹那は二口目を呑み込んでから答えた。

「シェパングに狂暴な魔物が出ると、決まって一週間以内に撃退する」

 イユの想像のなかの抗輝という謎の人物が、『空の大蛇』(スカイサーペント)相手に大剣を振りかざして輪切りにした。

 その想像は豪快という表現を超えていると思ったのか、刹那が付け足す。

「勿論、一人では行かない。国防軍や魔物狩りの専門ギルドも使う」

 なるほど、権力を使うのは偉い人物らしいと納得する。同時に想像のなかの抗輝という人物がどんどんちっぽけになっていく。それから気が付いた。

「そいつは、『魔術師』なの?」

 刹那がこくんと頷く。

 その反応を見て、それもそうかと妙に合点がいった。民が選ぶ代表者といえども、偉いというからには必ず『魔術師』であるという条件がつくのだ。

「他にはないのか」

「自分を殺そうとした相手を赦して、逆に懐柔させたことがある」

 イユの頭の中で、シーゼリアが浮かんだ。信じられない話だ。しかし、『魔術師』という生き物は基本的に同じ尺度で物事を考えてはいけない。きっと、頭がおかしいからそんなことができるのだろう。

「豪快さの説明以外に、何かないのか」

 レパードはパンを噛み切るようにして食べる。それが、次の一言で止まった。

克望(かつみ)と敵対している」

「克望?」

 レパードの質問に、刹那が三口目を呑み込んでから話し始める。

「円卓の朋の一人。政論でぶつかりあっている」

「どんな論だ」

 刹那の淡々とした口調に、イユは開いた口が塞がらなくなった。

「シェパングが他国を滅ぼして全世界を統一させるべきだという思想と、他国と共存すべきだという思想」

 前者が抗輝の思想だと、刹那は語る。

「何、偉い人らしいけれど、そんなとんでもないことを考えているの」

 豪快という話もここまで聞けば頷ける。いや事実上の世界征服を目論むとは、豪快の枠を越えているだろう。普通の人間ならばそんな思考には至らず、踏みとどまるはずだ。少なくともイユは、イクシウスに対してどうこうしようと考えたこともない。

 国という仕組みの前では、イユたちはあまりに無力だ。その国がどれほど間違っていたとしても、イユは、『異能者』たちは、施設のなかでその仕組みをひっくり返すことはできなかった。

「なるほどな」

 レパードが考え込むように腕を前で組む。いつしかパンは食べ終わっていた。

「役に立った?」

 刹那が首を傾げるのを見て、レパードが答える。

「ああ。少なくともこいつの時より遥かに有力だ」

 こいつといって、イユを顎で指してくる。

 イユはすかさず、睨みつけてやった。いつのことを言っているのかは察しが付く。セーレに乗り込んだ一日目、レパードとリュイスとイユの三人でレパードの部屋に籠って、イクシウスの情報を提供しろと言われた。あの時、レパードに提供できた情報は、『反応(トル)(ピット)』だけだ。レパードはそのことを今になってほじくり返している。

「でも、そんな『魔術師』の情報を得て何になるの」

 ああして出くわしてしまった以上、気にならないかといえば、嘘だ。とはいえ、今は船の影一つ見えない。雲も小さなものが点在するばかりで、身を隠しているわけでもないというのはミスタから聞いていた。尾行されていないのだから、気にしなくてもよいと思うのだ。

「この手の情報は集めておいて損はないんだよ」

 レパードはそれだけを言うと席を立ちあがった。もう帰るぞと言わんばかりの態度だ。

 イユは慌てて残っていたパンに食らいついた。


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