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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
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その199 『嵐を抜けて』

 次の日。死んだように眠ったイユが目を覚ましたのは昼の十二時だった。体が鉛のように重い。それでもぼろぼろだった服を変え(昨日はそのまま寝てしまった)、シャワーを浴び身支度をすませる。それから、外に出ようとして、ドアノブに掛けられた魔法がそのままなのを確認する。

 レパードたちもまだ休んでいるのか、それともイユが疲れていると思われて気を遣われたのか、どちらかだろう。悩んだイユは、絵本の続きを読むことにした。リュイスにああいわれてから気になってはいたのだ。

 物語の展開は、王子が『龍族』に蛙にされてしまったところから、今まで出会った人々に助けを求めて再び会いに行く、という場面へと変わる。

 まず友人のもとにやってきた王子は、友人が王子の行方を捜していることを知って胸を痛める。しかし、蛙になった王子が友人の前に出てきても、

「なんだよ、この汚い蛙は。どこかに行けよ」

 と手で追い払われる始末だ。

 友人などはまだマシな方で、王子が姿を現した途端、悲鳴をあげる者や踏みつぶそうとしてくる者など、皆が皆容赦がない。

 そうこうするうちに、王子を蛙にした『龍族』がやってきて、そのざまをにやにやと笑う。

「これでよくわかっただろう。お前が助けてきた人々が如何に愚かしい生き物か」

 それに反論するように、王子は声を張り上げるが、出てきた言葉は「ケロケロ」という情けない蛙の鳴き声だけだった。

 たどたどしくもそこまで読み進めたところで、足音が聞こえてきた。それが、イユの部屋の前で止まる。

「イユ、起きているか」

 ノック音とともに、レパードの声がした。

「えぇ、レパードこそ起きて平気なの」

「あぁ。この年になると、寝続けるのも堪えるんだよ」

 そう答えながら、レパードが扉を開ける。その両手に抱えられているものをみて、イユはあっと声を挙げた。

「バケット!朝ご飯ね」

「今の時間なら、昼ご飯だろうがな」

 渡されたパンはまだほんのりと温かかった。自身が空腹であることを初めて意識する。昨日衣服を着替えもしなかったイユは到底食べ物など口につけていない。それどころかリーサと話した後は、眠いのだと断ってすぐに部屋に入ってしまったから、朝まで怪我もそのままだった。

「リュイスは、まだ休んでいるのよね?」

 レパードとともに来ていないのだと気づいて、イユは確認する。

「あぁ、まだ寝ているらしいな」

 リュイスは、センに眠り薬を飲まされてから再び甲板にでた後は一度も休んでいない。当然、一睡もしていなかった。時間にすると前半以上に長く、休んでいない。それを考えれば、まだ寝ていてもおかしくはない。

「イユはバケットを食べたらどうしたいんだ?疲れているなら寝ていてもいいが」

 レパードの気遣いに、イユは首を横に振った。

「私は疲れなんて平気よ。できれば、何かしたいのだけれど」

 本当のことを言うと疲れは取れていなかった。全体的に気だるさが抜けないうえ、足も腕も振り回しすぎて痛い。だが、こうして部屋に閉じこもっていても、昨日セーレの惨状を見たばかりでは満足に休めそうにもなかった。それに、イユは昼まで寝てしまったが、きっとリーサなら朝からイユの分まで働いている。そう思うと、イユも共に動きたかったのだ。

「お前は意外と働き者だよな」

 相変わらずの癪に触る言い種に、自身の目がつり上がるのを感じた。

「意外とって何よ」

 ところが、今回のレパードは、別に他意はないようで、頭をポリポリと掻く。その動きに合わせて、『龍族』ならではの耳が覗いた。

「いや、今日ぐらい休んでもいいと思ってだな」

「レパードは、働くのでしょう?」

 どうせそうだろうと思って聞いてみたら、案の定だった。

「俺は一応船長だぞ。多少はな」

 レパードこそ、意外と働き者だ。レパードの様子を見るに、もっと早くから起きていたに違いないのだ。そうでなければ、目の隈ももう少し取れていそうなものだ。

「私もこのセーレの一員になりたいの。だから、働くわ」

 きりっと言い張れば、レパードの口が少し笑った気がした。

「正直、働きぶりなら他の船員以上なんだが」

 ぽつりと聞こえたレパードの独り言に、イユは少し照れ臭くなる。そんな風に思われているとは、思ってもいなかったからだ。

「まぁいい。リュイスを休ませたいからな。それなら、暫く航海室に付き添ってもらうか」

 リュイスの代わりに、レパードが見張り役になるらしいことが、発言から察せられた。しかし、イユの部屋も甲板から遠い場所にあることもあって、被害は零だったのだ。二階に位置する航海室は、まず被害はないだろうと予想する。できることならば、一番浸水被害の酷そうな地下の片づけを手伝いたかったところだが、我儘は言えまい。

「分かったわ。食べてしまうから待ってもらえる?」

「あぁ、俺もまた休憩するか」

 レパードは、さっさと椅子に座り込んでしまった。それからすぐに寝息が聞こえてくる。

 実は休みが必要なのは、イユよりレパードの方ではないのだろうか。首を傾げたイユは、バケットを一口かじった。

 バケットは噛みきるには少し堅いが、ほんのりとした温かさが身に染みる。

 せめて、ゆっくり食べようと、目の前の椅子で寝込むレパードを片目に見やりながら、思った。


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