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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
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その197 『無事でいて』

「リーサ、マーサ!お前たちはすぐに航海室に来い!クルトは今は機関室だったよな?そのままジルに匿われていろ!レヴァスは……」

 レパードの指示が非戦闘員へと飛んでいくが、その声は緊迫している。

「私なら今はミスタと医務室だ。問題ない」

「ボクも、了解。忙しすぎて、一階に上がるどころじゃないし」

 レヴァス、クルトと立て続けに応答がされる。

 イユはいてもたってもいられず、そもそも指示すらあがらなかった一人へと声を張る。

「ねぇ、ブライトは大丈夫なの?!」

 ブライトは戦えるが、魔術の発動に時間がかかる。それに、そもそも魔術が使えないようにペンの類は取り上げていたはずだ。それを懸念したイユに、

「大丈夫だ」

 とレパードの低い声が返った。

 確約など何もないはずなのに、有無を言わせぬその口調にイユは反論する。

「どうして!」

 言い切ることができるのかとの、イユの疑問にレパードが返した。

「扉に魔法を掛けてある」

 イユの部屋の扉に掛けるのと同様のものだろう。しかし、甲板には大穴が空いているのだ。魔法でどうにかなる規模ではない。

「それじゃあ、足りないわ!」

 不満を隠さないイユに、レパードは「うるさい」と文句を言う始末だ。

「それより、リーサたちだ。食堂は狙われやすい」

 その指摘に、はっとした。

 ブライトはまだ、ペンの類いを取られていたとしても、髪の毛数本で戦えるだろう。しかし、リーサたちはそうはいかない。彼女たちは戦う術を持っていない。

 そして、扉さえも突き破る魔物がはじめに向かうとしたらどこだろう。レパードの言うとおり、魔物は人の気配がいる食堂へと直進するのではないだろうか。そして、そこに、リーサやマーサ、センたちがいるわけだ。あの魔物は子供から狙った。甲板にいた刹那が弱くなかったことが魔物たちの誤算だろうが、食堂の三人となると話は別だ。背格好で一番幼くみえるのは、リーサだ。魔物は真っ先にリーサを狙おうとするだろう。

 ごくりと息を呑む。

 いまだ、伝声管からリーサたちの声はない。返事をする時間も惜しんだのか、或いは返事をする時間すらないほど切迫している事態なのか。掻き立てられる不安に、イユの体は梯子へと向いた。

「イユ、どこに行くつもりですか!」

 それに気づいたリュイスが、イユの腕をつかむ。

「リーサが危ないわ!駆け付ける!」

「でも、イユはさきほどまで……」

 心配されているのはわかった。目が焼かれたことまでは気づいていないかもしれないが、呻いてしまったイユの声は聞いている。ただごとでない何かが起きたと気づいたからこそ、リュイスはイユより前へと出て魔物を斬り伏せてみせたのだ。

「もう平気だわ!急がないと、間に合わなくなる」

 梯子を下りる時間を考えたら、甲板にいる船員たちを向かわせた方が早いのだということにさえ、頭から抜け落ちていた。それほどに、イユはリーサの安否が心配になったのだ。

「その必要はないよ」

 伝声管から漏れ聞こえてきたのは、ミンドールのものだ。すぐに、伝声管を手に取る。

「どうして!」

「刹那が、今向かっている。彼女に任せておけば、大丈夫だ」

 確かに、刹那の腕ならば、魔物相手でも平気だろう。しかし、それでもイユの気持ちは晴れなかった。刹那がたどり着く前に、魔物が食堂に到達しているかもしれない。

 湧き上がる不安に堪えられず、伝声管を握った手に力が入る。

「イユは、見張り台にいるんだ。そこで何かが起きたとき気付けるように見張るのが、君の役目だ」

 指の圧に耐えられずに、伝声管が凹んだ。

「イユ」

 諭すようにリュイスに名前を呼ばれて、奥歯をぐっと噛みしめる。ミンドールの判断は正しい。イユがリーサのもとへと駆け付けるより、刹那を向かわせた方が早い。そのうえ、腕も確かだ。そして、イユには見張り台でやるべきことがある。それを無視してはいけない。

「……わかっているわよ」

 イユははじめてそこで伝声管が凹んでいることに気が付いた。手を離して、空を見上げる。雲が遥か彼方で渦を巻いている。今すぐには問題は起こらないと思われた。そうなると、イユの役目は本当に、見張りだけだ。ここにアマモドキでもいれば、気を紛らわすことができたはずなのだが、それもできない。

 時間がのろのろと過ぎていく。それを感じながら、何度も歯噛みした。ことあるごとに伝声管を手に取って耳を澄ませた。空を見上げ、甲板を見つめ、山脈に貫かれた魔物の残骸に目を凝らした。

 リュイスが、心配の面持ちで、イユに視線を投げかけていることには気が付いていた。それでも、自身の気持ちを抑えるには、ただじっと待っていることはできなかった。無駄に水分を補給しながら、イユは再びセーレと雲の位置を目で測る。

 鈍いノイズ音を聞いたときには、真っ先に伝声管に飛びついた。勢いが強すぎたらしく、握っていた指が伝声管を更に凹ませた。

 漏れ聞こえてきたのは、センの声だ。

「こちら、食堂。魔物は撃退した」

 ひとまずの危険は去ったと聞いて、ようやく満足に息ができるようになった。それでも、まだイユの求める答えは聞けていない。

「リーサは」

 数拍、なにも答えが来なかった。心臓がばくばく言っている。早く、答えが欲しかった。無事でいてほしかった。自分が危険と戦っている方が、今の気持ちよりずっと楽だろう。何もできない焦燥と不安が暗雲のごとく、イユにまとわりついている。

 返事が遅かったのは、場所を変わっていたからだと知った。

「私たちは無傷よ。センたちが倒してくれたから」

 続けて聞こえてきた声はリーサのもので、足の力が抜けてしまう。

「イユ、大丈夫ですか」

 崩れ落ちたイユに、リュイスが心配して声を掛ける。

「平気よ、全く人騒がせなのだから」

 気づけば、甲板にいる船員たちもあらかた魔物を倒し終わっている。今度こそ、魔物退治が完了したのだと悟った。ようやく青空がやってきた気がした。

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