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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
183/990

その183 『悔しいよ』

 何かそれらしい言い訳が返ってこれば、まだよかった。

 レパードはラビリに声を掛けながらも、どこかおかしい彼女の様子に警戒心を露わにする。

 ラビリは、呼び止められたにも関わらず無反応で、どこか虚ろな顔をしていたのだ。返事をしないのではなく、できない状態だ。

「寝ぼけて出歩くにはちと無理がある状況だと思うがな、ペタオ」

 呼ばれたペタオが、ラビリの手を離れてレパードの腕へと収まる。

 そこではじめてラビリが反応を示した。ペタオを追いかけようと両手を伸ばしたのだ。

 それを見届けながら、レパードは余っている手でペタオにくくりつけられた手紙を外しにかかる。しっかり結ばれていても、ペタオがその嘴で外すのを手伝ったためラビリから視線を外さずにすんだ。

 だから、対応できた。

 突然、ラビリが手紙へと駆けこんだのだ。

「おっと」

 寸前のところでレパードはその手を躱す。再び伸ばされた手を逆につかみ上げると、その体が宙を浮くほどに高く、上へと持ち上げた。

「……何?」

 抵抗はできないはずだった。せいぜいがその場で足蹴りをする程度だろうと思っていた。それがラビリの腕があらぬ方向へとひねられ、そのまま回し蹴りをしようとした。相当痛いはずだ。下手をすると折れてしまう。それなのに、痛みの表情一つ見せない少女に、レパードは既視感を抱いた。

「レパード、いいよ」

 許可の声が上がり、すぐにレパードは魔法を放った。

 その光に驚いたペタオが飛びずさる。

 光を一身に浴びたラビリは、崩れ落ちた。気絶させたのだ。

 レパードは先ほどの声の持ち主、隠れていたクルトへと向き直る。

「悪かったな、お前の姉さんを」

「いいって。こうなったら仕方がないよ。それよりも、手紙。なんて書いてあるの」

 クルトの声がいつもより淡々としていた。割り切ったような言葉が、感情を切り捨てているようにも感じられる。

 胸が痛くなったが、まずは手紙だ。レパードは手紙を広げて読んだ。

「『6月14日14時セーレ船員との遭遇。15時30分セーレ合流』。……これは定期連絡ってことか」

 クルトは先を促した。

「細かいところはいいよ。最後の宛先は誰?」

 このラビリの状態は、『魔術師』による暗示にかかっているとみていい。そして犯人は宛先の人物であろうことは予想できた。

 とはいえ、素直に宛先を示すものだろうか。そう思いながらも先を読むと、意外なほどそこには知った名が書かれていた。

「宛先は、フェンドリック・フランドリック」

「まんま、姉さんが教わっている『魔術師』のご当主様じゃん」

 ラビリが調べるといって入った『魔術師』が、ラビリ自身に暗示をかけた。それも、その暗示はこのラビリの状態を見る限り、定期連絡を手紙で送るというものだろう。この現実をどう受け取るべきかと推測する。

「恐らく、ばれたんだよな。俺たちに自分たちの情報を流していると」

 ただ『魔術師』がラビリの正体に気付かずとも、ラビリを別の目的で定期連絡係として暗示に掛けたという可能性もなくはない。だが仮にそうだとしても、連絡を通してセーレの存在がばれていることはまず違いないだろう。

 クルトもそれに同意を示した。

「そうだろうね。でも姉さんを片づけることはせずに、逆に暗示をかけて利用することを思いついたってところかな」

 利用ときて、マドンナに最近カルタータの話が再燃していると聞けば、もう疑うべくもない。

「俺らの情報を逆に手に入れようとしているってことだよな」

 つまり、ラビリは情報を流すはずが、逆に情報を漏らす側に回っていたということだ。しかも本人の意思の知らぬところで。

「問題は、情報が筒抜けだった結果、何が起きたかだが」

 考えられることはいっぱいある。何せここ数日間で山ほどいろいろなことが起きた。一つに、暗殺者のような女に襲われた。二つに、リアが船に乗ってきた。三つに、ブライトが乗り込んできた。四つに、そのブライトが謎の暗殺者に襲われた。イユがセーレにやってきたことをいれてもいいかもしれない。

 しかし、そこまで挙げたところで、何かが引っかかった。レパードはそれが分からずに唸る。わからないままに、その違和感を捕まえようと口にする。

「なぁ、フェンドリックの目的は何だと思う?」

「分かんないよ。でも、フェンドリックはイクシウスの国の人なんだから、イクシウスにとって利益になることをするんじゃないの」

「例えば」

 レパードの問いに、クルトが例を挙げる。

「例えば、ブライトを捕まえるとか。イクシウスはブライトを指名手配したんでしょ。フェンドリックが捕まえたら大手柄じゃん」

 確かに、クルトの言う通りだ。セーレの動向を監視して伝えてしまえばいい。

「だが、俺らはここまで捕まらずに来られている。お前はちゃんと手紙を書いていたんだろ?」

 姉を心配させないために定期的に手紙を送っているのは、レパードも承知している。その手紙に思いの他、事細かい情報が記載されているということには、ハナリア孤児院で身を持って知った。

「まぁ、確かに。そうなると、タイミングを見計らっているとか?」

 クルトの思いつきに、レパードは聞いてみた。

「それはどんなだ」

「そんなの分からないよ。貴族様のご都合っていう奴じゃないの」

 確かに、レパードたちにはわからない。そう思ってから、クルトには知らせていなかった情報を開示することにした。

「最近じゃ、あの『深淵』のせいでセーレ自体が注目されているらしい。ひょっとして、それか?」

 レパードの考えに、クルトがついていこうと口にする。

「そんなの初耳なんだけどさ。つまり、ブライトを捕まえるだけじゃなくてボクらも対象ってこと?それじゃあ、ボクらごと捕まえられるタイミングを見計らっているっていうこと?」

 それは限りなくまずいだろう。今まさにその『魔術師』の領地内にいるレパードたちは、敵の懐の只中にいることになる。

「いや、待てよ」

 そこで、レパードはもう一つ情報を持っていることに気がついた。

「フェンドリックは、シェイレスタに出向いていたって言ってたな」

 思いついたことを口にする。素直に考えるのであれば、イクシウスに利益が発生することとフェンドリックの暗示の結果はイコールとなるはずだ。しかし、シェイレスタに向かっていたという以上、一筋縄ではいかないのかもしれない。

「姉さんの話では、従妹に会いに行ったらしいけれど」

「従妹?」

 クルトは頷く。

「うん。フランドリック家は過去にイクシウスとシェイレスタに分断されているんだって。それで、時々会いに行くって」

「おいそれって……」

 その先の言葉が紡げなかった。まさしくイクシウスの利益だけが目的とはならない人物の代表だろう。

 レパードは考えを巡らせる。同じ家系の出の者が別の国にいる場合、そいつは何を考えるのだろう。祖先の忌まわしい罪の象徴と考え、シェイレスタ側の家系は滅ぼそうとする。それも一つの考え方だろう。だが、わざわざ従妹に会いに行ったというのだ。むしろ、同じ家同士で争いなどしたくないというのが本音なのだろうか。

 レパードは後者にひとまず当たりをつけることにした。そうなると、ブライトの目的が本人のいうとおり、起こってもいない戦争を止めることであるのならば、フェンドリックはブライトと敵対関係にはならない可能性がある。

 とはいえ、『魔術師』たちの頭のねじは飛んでいるから一般的な思考は当てはまらないかもしれない。ブライトの目的をフェンドリックが知らない可能性もある。

 だが、それらの可能性を除いて、ブライトと結託している場合には、今まで考えていた危険、つまり敵の懐に入ってしまったことへの問題は小さくなる。ブライトを捕まえないのであれば、セーレも捕まることはないからだ。

 だが、だからといって安心はできない。誰かがセーレの情報を流したからこそ、今があるのだ。

 そこで、レパードは気がついた。内通されたからこそ起きたと思われる今までの出来事と、今回の犯人の目的に反故があるのだ。イユやブライトの登場は、内通されたからこそ起きた出来事ではない。偶然、或いは運命のいたずらで片づけられる範囲だ。リアについてはマドンナが絡んでいた。

 しかし、ブライトが暗殺者に襲われた件はどうだろう。部屋の位置まで特定されていたと考えると、内通されていたから以外には考えにくい。単なる個人の恨みかもしれないが、それもしっくりこない気がした。

 せめて、フェンドリックが暗殺者をけしかけたかどうかだけははっきりさせたい。レパードは、この望みを容易く叶えるすべに気がついた。

「なぁ、クルトはラビリにブライトの部屋の位置まで手紙で伝えたのか」

 恐ろしいことに、クルトは首を横に振った。

「え、なんで?そんな細かいことなんて書くわけないじゃん」

 レパードはそれで、今まで抱えていた違和感の正体に気が付いたのだ。フェンドリックは今のところ、セーレに対してはっきりとした何かを残していないのだと。

 これがラビリに部屋の位置を知らせていて、フェンドリックがシェイレスタに出向いていなければ話は早かった。フェンドリックの目的はシェイレスタと戦争を起こすこと且つセーレを捕まえることになる。だが、ラビリは部屋の位置を知らず、フェンドリックはシェイレスタに赴いている。

 レパードは深読みのしすぎなのだろうか。考えても答えが出てこない。大きな一つのピースが欠けていて、その情報がない為に決して完成しないパズルを解いているかのようだった。

 そんなレパードを見かねてか、クルトが話を切り替えた。

「一つだけ言えるのは、このままこの手紙を捨てちゃうのはまずいってことかな」

 クルトが、いつの間にか肩に乗せていたペタオの頭を撫でた。

 撫でられたペタオは、嬉しそうに目を細めている。

「暗示の件がばれたと知られたら、姉さんは殺されかねないよ」

 レパードは頷いた。

「だが、これを相手が見た途端、俺たちがここにいることもばれるわけだ」

 それこそ何のためにシェイレスタに行かずに逆方向に逃げたのかわからない。最も、レパードの計画は、相手がシェイレスタ方面を探すとみて、敢えて逆方向に逃げ込むことだけが目的ではない。ラビリが情報を流している可能性があると睨んだことも大きかった。情報が不自然に漏れていると、セーレの先々が不安だと恐れたのだ。そして、それはやはり悪い方向に当たった。

「どうするの?姉さんを説得して、セーレに戻ってもらうというのも手だと思うけれど」

 確かにそれも手だ。むしろ、ラビリの身の安全を考えるとその方がいいだろう。

「いや、この状況を利用させてもらおう」

 レパードはペタオに手紙を括り付ける。手紙の内容をわざと書き換えることも考えたが、それはやめておいた。筆跡を似せて書いても、ばれる可能性はある。その危険を冒すよりは、今持っている情報を大人しく渡してやった方がいいと思った。

「戻るときはつけられないように気をつけろよ」

 ペタオが誰に言っているとばかりに自慢げに鳴く。

「幸い、ラビリはお前の手紙越しでしか状況を図れないからな。いざという時に誤報を流せるわけだ」

 嘘はつかないと決めている姉妹の関係は、レパードも承知している。それだけに苦しい現実ではあった。だが、レパードが優先するのはセーレという全体だ。ラビリ個人を保護することよりもそちらをとった。

「分かったよ。姉さんを下手に船に残るように説得するよりはいいと思う」

 複雑そうな顔を浮かべて、クルトは答えた。

「人の命なんて脆いものだと思っていたけれどさ、人の心も関係も、こんなにも容易く崩れるものなんだね」

「悔しいよ」とクルトは小さく付け加えた。

 その言葉が、レパードに突き刺さる。ラビリが気絶していてよかったと不謹慎にも考える。こんな発言を、妹を想う姉に聞かせたくはなかった。

 ペタオもクルトの様子に思うことがあったのか、ピロリと寂しそうに鳴く。まるで、代弁しているようであった。

「クルト……」

「ごめん、気にしないで。それよりやることやっちゃおう」

 クルトはそう言うと、甲板への扉を開けた。

「じゃあ、ペタオ。よろしく頼むね」

 ペタオも切り替えたように一鳴きすると、クルトの元から飛び立っていく。暗闇だろうが霧だろうが全く物怖じしないその姿は、凛々しくもあった。

 すぐにペタオの姿が見えなくなると、クルトは向き直った。

「これでボクたちの居場所をばらしたも同然だけど、どうするの」

 レパードは頭の中で計算する。伝え鳥の移動速度は飛行船には及ばないが、それでも十分に速い。フェンドリックがどこにいるかはわからないが、伝え鳥たちは手紙を受け取ると必ず『伝え鳥の巣』と呼ばれる、所謂郵便局に運び込む。この集落にも恐らくあるだろう。そこで鳥たちによる仕分け作業が行われ目的地に一番近い『伝え鳥の巣』へと運ばれる。それにはどんなに早くとも半日はかかる。そこからフェンドリックへと手紙を運ぶわけなので、うまくいけば丸一日の猶予はあるかもしれない。

 レパードは、フェンドリックが仮にブライトと結託していたとしても、大人しく場所を教えてそこでのんびりと待っているつもりは毛頭なかった。そもそもブライトもレパードから見たら敵なのだ。それならば、フェンドリックも決して味方ではない。それに『魔術師』の時点で、信用に値しない。だから、気づいたときにはセーレは飛び立ってしまって、自分の懐からいなくなってしまったと、そうフェンドリックに思わせてやりたいところだ。

「リュイスが見つけてきた水場の調査は終わっているんだったな」

 レパードはまず水の調達を考える。これから暫くは船の旅だ。

「もちろん。ばっちり飲める水だったよ」

 クルトの仕事の早さは、いつも心強いことこの上ない。

「ならば、朝一番に水を調達だ。なるべく新鮮な水で取り揃えておきたい」

「古いのは捨てるってこと?」

 飲み水として使えなくなる水は、洗濯物をはじめいろいろな用途に利用されている。

「水の入れ替えに時間はかかるだろうから、最低限今日と明日使う分は残しておいていい」

「その考えでいくと、食糧もなるべくたくさん積むってことかな」

 クルトがレパードの考えを先回りする。

「ああ。そして準備ができ次第すぐに発つ。最低でも午前中にな」

 それから、レパードは気絶したままのラビリを見やった。

「姉さんにはどう伝えておく?」

「朝食は一緒でもいいが、そこからは帰ってもらう。こちらの目的地はシェイレスタで、これから向かうと言っておく」

 嘘は言っていない。ただ、シェイレスタに向かうと言われると、普通インセートに戻る空路を使うはずだ。まさか一度シェパングに渡るルートを行くとは夢にも思わないだろう。何故なら、その間にはあれがあるからだ。

「間違っても、『嵐の山脈』を通らないということにする」

 あれの地名を聞いたクルトが頭に手をあてて呻いた。

「嘘でしょ。あっち経由で通る馬鹿がいたの?」

 嵐の山脈は、その名の通り常時嵐のような突風が巻き起こっている空域だ。イクシウス、シェイレスタ、そしてシェパングの間を縫うように走った、山脈と呼ぶに相応しい大陸が伸びている。

 その大陸周辺の気圧は常に乱れており、嵐の原因と呼ぶべき暗雲が、稲光を発しながら立ち込めている。暗雲から逃れようと上空を飛べば空気がなくなり、逆に低空を飛ぼうものなら牙のような山々にぶつかりかねない。更には、大陸の下を潜ろうものならば海獣の縄張りに抵触してしまう。

 入ろうものならまず命がないと言われた空域故に、好き好んで入る愚か者はレパード自身過去に一度も見たことはなかった。それ故に、戦艦に出会うことはまずないだろう。

 レパードは、覚悟を決めろよとクルトを諭す。

「その馬鹿には俺たちがなるんだからな」






「相変わらず、無茶しかしない連中だな」

 これは数日後の物語。

 手紙を手にして自室の机に座っている、ある男はそう呟いた。手紙を最後まで読んだらしく、近くに置いてあった蝋燭の火に近づける。すると瞬く間に手紙に火が移り、手紙全体に広がった。あっという間に炭になったそれから手を離すと、男は指をこすって残った炭を払い落とす。

「まぁ、いい。生き残ったのならば、約束どおり、あの『魔術師』の手助けをしてやってもいい」

 確かにこの時まで、この男はそのつもりだった。あの『魔術師』のことは、疑いながらも嫌いにはなれなかった。だからできるだけ協力をしてやってもいいとすら思っていた。

 最も、コンタクトがあるまでは殺すことばかり考えていたのも事実だ。気に入った。それと同じくらいに例の『魔術師』が脅威となる存在だと考えていたのである。

 そして考えを改めた男に吐かせた言葉は、残念ながら覆ることになる。


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