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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
181/990

その181 『ラビリ』

 部屋に入ると、二人はすぐに椅子に座った。お茶でも出すべきかと悩んだが、今から食堂に取りに行くのも面倒だ。ラビリもいらないというので、すぐに話が始まることになった。

「なんか、照れくさいなぁ。まぁなんというかさ、自分の限界が見えたっていう話なんだけれど」

 まず、ラビリが話し出したのは、カルタータで『龍族』に襲われた頃の話だった。いきなり壮絶な出来事が語られた。

 ラビリの目の前で、親たちが無残に死んでいった話。赤ん坊を抱えて逃げたところを殺されそうになったこと。助けてくれた人がいたが、その人たちも襲われて死んでしまったこと。逃げ続けた先でとうとう殺されそうになり、レパードに助けられたという出来事。そこからセーレに駆け込んだが、そこでもまた『龍族』に襲われたという話。

「あの時、クルトはまだ赤ん坊でね。あの子だけは、何も知らないでいてくれたの。親たちが殺された瞬間も、カルタータの街が燃えている場面も、セーレの中で大勢の人が亡くなったことも」

 だからと、ラビリが続ける。

「知らないままでいてほしかった。親がいないのは悲しいけれど、この船にいれば親代わりになってくれる優しい人たちがいっぱいいる。そうしてあの時のような血の匂いとは無縁になって、幸せになってほしいって。私はあの子に勝手に希望を見ていた」

 だが、イユは知っている。クルトは自分の死にすら淡泊だということを。それが本人の元々の考え方ならばまだいいだろう。しかし、この話のまだ見ぬ結末が、そうではないことを訴えているように思えてならない。

「でも、私はカルタータの外の世界を甘く見てたんだよね。魔物もたくさんいるし、お金も持っていなかった。そもそも通貨も違ったから、お金の種類から勉強しないといけなかった」

 ラビリは、息を吸ってから吐き出した。

 「それにーー、皆が皆優しいとは限らなかった」

 初めに、セーレから数組の家族が去った。彼らは友こそ失ったが幸いにも家族は失っていなかった。ギルドを経由すればうまく外の世界に紛れることができると、レパードたちが助言したのもあった。

「そして、リュイスを巡って私たちは揉めた」

「リュイスが?」

 意外な人物の登場に、イユは扉を見た。あそこにいるリュイスの耳には届かないよう、少し声の調子を落とした。

「どうして?」

「他でもない、彼は『龍族』だったから」

 がしゃんと、イユの中で何かが崩れた。レパードが船長をやっている船だ。当然、彼らは受け入れたと思っていた。それを前提に、イユという存在を受け入れてもらうにはどうしたらいいのか考えていた。だから、その前提が十二年前まではなかったと聞いて、我ながらおかしな話とも思うが動揺したのだ。しかし普通に考えてそれは当然起こりうる事態だ。他でもない、『龍族』がカルタータを滅ぼしたのだから、彼らが『龍族』に怯えないはずはない。

「レパードはリュイスを連れてセーレを去ると言った。それをこの船の持ち主が止めたんだ」

 船の持ち主と言われて、イユは、レパードが雇われだと言っていたことを思い出した。

「レパードは皆の命を助けてくれた人だから、彼にはこの船に残ってもらいたいって。むしろ、反対する人が出ていけばいいって」

 イユはその船の持ち主とやらに感心してしまった。まるで本当の船の船長のようだ。いや、船の持ち主だから、本来ならばその人物が船長をやっていてもおかしくないのだろう。イユの中でその人物の英傑ぶりが形作られていく。優しさと強さを兼ね備えた人物に違いない。

「ねぇ、その船の持ち主って?」

 何気なく質問するイユに、ラビリはさらっと答えた。

「マーサさんだよ」

 思わぬ衝撃に、イユはむせてしまった。

「大丈夫?」

「え、えぇ」

 ラビリにさすってもらって、イユはなんとか持ち直す。まさかそこでマーサが出てくるとは思わなかった。

 そのイユの疑問に答えるようにラビリが先回りして説明する。

「マーサさんは前の船長の奥さんなんだ。だから、セーレの所有権はマーサさんに移っているわけ」

 なるほど、納得できる話だ。マーサ自身が船長をやっている絵は想像しにくいが、その妻であればどうにか想像できる。

「それで、船に残ったのは『龍族』に反感を抱いていなかった人たちってことになった。私も、クルトを連れて船を離れて生き残る自信はなかったのもあって、セーレに残ることにした」

 イユは気づく。元々セーレにいたという初期員、それがリーサやクルト、ラビリにリュイス、ヴァーナーにレッサと子供ばかりいるのにはそういう理由があったのだ。実際に残っていたのは『龍族』に反感を抱いていない人。そして、一人では生きられないからセーレにしがみつくしかなかった者の二つにあたると。

「でも、殆どの人たちが去っちゃったからね。戦える人がそもそも少ししかいなくて、魔物が襲ってきた時には船長に本当にお世話になったかな」

 ラビリも当時は必死だったという。子供たちの面倒を見ながら、家事をし、船のことも覚えた。生活に苦しかったため、少しでも生活費を稼ぐためにギルドから内職仕事をもらって夜は四六時中作業をしたと。それが7歳のときだったというから、イユにはもう何も言えなかった。

 そんな中、レパードとは別に戦える男が一人いて、船を守っていたという。

「クルトのことをとてもかわいがってくれてね。クルトもとても懐いてたんだ。クルトが4歳になるまではね」

「それって……」

 可愛がっていたのは4歳まで。ということは、可愛がれなくなった理由があるはずだ。それが何を指すのかとイユはゴクリと息を呑む。

「察しの通り、亡くなったんだ。クルトが甲板に出ていた時に、魔物に襲われてね。それを助けようとして、代わりに致命傷を負った」

 ラビリは当時を思い出したのか、顔を少し上に上げて涙をぬぐう仕草をした。

「私も、ナイフの練習をしていたから助けに入ったんだ。けれど全く適わなくて。魔物って人を練習にして戦うのとまるで違うんだもの。あっという間に間合いに入られるし、刃物を突き立てても貫通もしないほど堅い皮膚を持っているとか、卑怯だよね」

 イユならば、異能がある。しかしラビリは普通の人間なのだ。少し練習した程度で勝てるわけがない。

「それからだと思うんだよね。どうせすぐ人は死ぬんだから、生きているうちにやりたいことしなきゃって言い出したのって」

「あぁ、それで……」

 クルトのあの思考の始まりは、仲良くしていた人との死別にあったのだ。当時のラビリたちを想って胸が痛くなる。大事な人を亡くしたクルトもそうだ。だが何より、4歳の子供が姉を相手に、あの価値観を言い出したら、それを聞いたラビリも相当ショックだろう。

「結局、クルトは身近な人の死を知ってしまった。それで、私が勝手になすりつけていたあの子への希望はなくなったわけだけど」

 はじめにラビリは、一緒にいても守れないと言った。その言葉を鑑みて、イユはたどたどしく考えをまとめる。

「ラビリは、ナイフで適わない敵に挑むことよりも別の道を選ぶことにしたってことよね?」

「そうだね。私がナイフで戦ったところで、むしろ返り討ちにあってあの子を悲しませる結果になるのが目に見えちゃったからね」

 さっぱりと言ってのけるあたり、今はもうそこにこだわりを感じていないのだろう。

「それに、それから1年ぐらい経った時だったかな。セーレの金欠っぷりも解消されて、戦える人もだいぶ増えてきて、リーサも家事ができるぐらいに回復して、手が空いてきた時にふと思ったんだ」

 ラビリはメッシュになっている自分の髪をつまんで、いじくりだす。

「なんで私たちは襲われたんだろうって」

 イユはその疑問に、考える。襲ったのは『龍族』でも、背後にいたのは『魔術師』だろう。しかし、それは何故なのか。

「あなたたちの故郷に、『龍族』がいたから?」

「聞くと、皆がそう言うんだよ。でもその話だと、私たちはいつ『魔術師』に襲われてもおかしくないよね」

『魔術師』どころかリュイスやレパードの正体がばれたら普通の人間にも襲われるだろう。それぐらい、人々にとっては『龍族』は『異能者』のように忌み嫌われている。あの『蛙にされた王子と魔法』の絵本がいい例だ。あの『龍族』は角まで生やされていた。

「実際、襲われたことはないの?」

「実をいうと、頻繁にあるよ。ただそれが『魔術師』に見つかったからか人に見つかったからかはよくわからないままだったかな」

 やはりあるんだなとイユは内心感想を抱く。

「知らないままでいきなり襲われることほど、危険なことってないと思わない?」

 唐突な質問に、イユはやや面食らった。

「不意打ちってこと?」

「そうなるかな。あの人が死んだときも魔物に不意打ちされたようなものだし」

 あの人というのは、さきほどクルトを気に入っていたという男なのだろうことは察せられた。

「だから、知らないといけないって思ったんだ。『魔術師』の元に行って、少しでも情報を集めないといけないって。誰かがその役をやる必要があるって」

 ようやく、ラビリの言いたいことがつながった。

「その役が、ラビリ。あなたなのね」

「そう。セーレは幸いにも落ち着いてきて私がいなくてもよくなった。私は操縦士でも機関士でもなければ戦闘の専門家でもないから抜けても問題ない。唯一あの子の姉だけれど、あの子は達観しすぎちゃったけど逆に一人で生きていけるほどに成長した。だから、私が手を打つべきだってそう思ったの。一緒にいるだけの私じゃ、クルトを皆を守れないから、行くしかないって」

 凄いなとイユは思った。今後のために何が必要かと、そんなことを考えられるものだろうか。今のイユは、今日を生きるのに精いっぱいだ。それがラビリは未来を見据えて何をすべきかまで考えている。そのうえ、ラビリには行動力があった。普通、そこでいくら必要だからといっても、一人で敵地に赴けるだろうか。イユにはできる気がしない。

「以上が、私が『魔術師』の見習いになろうとした理由かな」

 余韻を打ち切るように、ぽんとラビリは両手を合わせた。その仕草は可愛らしいが、イユにはもうラビリが可愛らしいだけの少女には見えなかった。クルトの姉ということを指しおいても、年上を目にしたときの貫禄がそこにあった。

「ありがとう、話してくれて」

 その上、ラビリはわざとカルタータの頃からの話をしてくれた。クルトが知らず、リーサはそれどころではなかったために語れないカルタータの話だ。レッサから聞くだけでも凄惨だったその話が、ラビリの語りで繋がっていった。

「ううん、これぐらいでよければ幾らでも」

 ラビリはメッシュをつまんでいた手を離して、はにかんだ。

 その仕草が、その精神が、美しくて強い女性に映った。

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