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カルタータ  作者: 希矢
第二章 『生キ抜ク』
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その18 『合流』

 足を止めたのは、船を見つけたからではない。

「何よ、これ」

 刹那の後を歩いていたイユだが、それを見つけてしまって思わず立ちすくんだ。

「骨、ですね。魔物の」

 それは、大きかった。イユの二倍ほどもある。背骨から尻尾まで崩れずに続いていて、尻尾の先端が二つに分かれていた。頭蓋骨から伸びる巨大な角に、顎からはみ出した鋭い牙。そして、一枚一枚が剣のように伸びた爪。生きていた頃は、さぞかし恐ろしい魔物だったことだろう。今はまるで彫像のように、かつての威厳を垣間見せている。

「昨日は、なかった」

 刹那の発言を言葉として理解するまでに時間が掛かった。

「……なかったって、どういうことよ」

 仮にこの魔物が死んだとしても一日で骨になるものではないはずだ。どことなく寒気がして、イユは自身の肌を撫でた。

「運ばれてきた、わけでもないですよね」

 不安そうに話すリュイスを見て、きっとイユも似たような顔をしているのだろうと意識する。

 実際、ばらばらならまだしも形状が綺麗に残り過ぎている。運んで組み立てたのでもなければ、あり得ないことだ。

 ふいに、刹那が骨に近寄る。骨の前で屈み、ナイフで突いた。つつかれた骨は、砕けない。

「古く、ない」

 色も砂浜にある割には白かった。砂をあまり被っていないのだ。

「新しくできたばかりの白骨ってこと?」

 刹那の言う通りならば、それも昨日ということになる。

 ここは、イユがいた場所よりはましとはいえまだ寒い。肉は滅多に腐らないし肉だけきちんと食べた行儀のよい何かがいたとしても、肉片の一つもついていないなんてことがあるのだろうか。

 ぞっとしないはずがない。ここには、理解の到底及ばない危険が潜んでいる。

「ねぇ、さっさと船に乗りましょう?」

 再び歩き始めた一行の口数は、一気に減ることになった。




 日の光が巻き上げられた砂塵を映している。その砂に目を細めながら、話をしない代わりに耳に意識を割く。

 寄せては返す静かな波の音。時折聞こえる、魚の飛び跳ねる音。そして、その魚を食らう鳥の声。聞こえてくるのは自然の音と一行の足音ばかりだ。

 あの骨は、夜にしか活動しない魔物に襲われたものなのだろうと、思いたくなる。

「外ってどこも魔物だらけなの」

 疑問が口をついてから、馬鹿な質問をしたと後悔の念に襲われる。これではまるで、今まで一度も外に出たことがないかのようだ。

「魔物は多いと思います。最も、人が多ければ魔物も寄ってこないですけれど」

 村や街には、兵士が駐在することがある。村の者で自警団を立ち上げている場合もある。銃で撃たれることが分かっていて人里にわざわざ乗り込む魔物は少ない。魔物も愚かではないということだ。

「イユ、魔物に何回会った?」

「さっき一生分あったと思ったところだけど?」

 願望を告げたのだが、否定される。

「それ、違う」

 そのまま続けようとする気配を感じて、慌てて遮る。

「わかっているわよ。冗談よ、冗談」

 放っておけば「これから、会う」などと嫌なことを言われそうだ。

 そう考えてしまって、結局脳内で嫌な言葉を聞くことになったと後悔する。黙っていると現実でも同じことを言われそうで、正直に答えた。

「数回よ。今回のと、雪原で何度かね」

「雪原……、イクシウスらしい場所ですね。何がいるのですか」

 イクシウスは雪国だ。今いる砂浜のような雪の降らない地域もあるらしいが、イユはこれまで銀世界しか知らなかった。

「狼みたいな奴よ。吹雪の中でもすばしっこいの」

 思い出して、げんなりする。狼は貴重な栄養源だったが、同時に何度も殺されかけた。

「ほぅ」と相槌を打たれて、それっきり会話が途切れる。またしても、自然の音が世界を支配する。数刻ほどそれが続いた。




 集中力が切れ始めたころ、イユの耳は人の話し声を拾った。はっきりとした会話内容はわからない。複数人の声が混ざり合って聞こえる。

 顔を上げると、太陽の光に照らされた先に一隻の船が海に浮かんでいるのが見えた。以前レイヴィートで見たときと変わらない、相変わらず大きな飛行船だった。




 船に近づくと、気がついた船員たちによって投げられたのだろう、梯子が落ちてくる。垂れ下がったそれを受け取ったリュイスが先に登り始める。刹那、イユと続いた。

 登っている途中で、船上の船員たちの声が聞こえてくる。

「リュイス、リュイスだ! 皆、刹那が連れ帰ってきたよ!」

「おぉ、無事だったか!」

 声音から判断するに、リュイスが無事だったことを素直に喜んでいるらしい。本当に龍族に仲間がいるのだと不思議な感慨を味わいつつ、イユも登りきる。

 先に登った刹那とリュイスを、数人の男たちが嬉しそうに囲んでいた。その中で特に大袈裟な仕草をしている船員に目がいく。

 背の低い、イユぐらいの年の人物だ。金髪を短く切りそろえていて、くすんだ緑色の帽子を被っている。更にその帽子に引っ掛けるようにしてゴーグルまでとりつけていた。くりくりとした青色の瞳が、所作に合わせて慌ただしく動いている。前回船に乗ったときにはいなかったと思う。男か女かよくわからない顔立ちをしている。

「あれ、刹那。船長は?」

 声を聞いてもわからなかった。とことん、中性的だ。

「はぐれた」

「えぇっ! 今度は船長が迷子なわけ?」

 あまりの大声にイユは顔を顰める。

「……誰?」

 この騒がしい人物は一体何者だろうと思って、口に出た一言だった。

 そうしたイユの声を聞きつけたらしく、その人物はくるりと腰に巻いた上着を翻しながらイユへと向き直る。更に首を傾げてみせた。

「船長? レパードのことだよ? 龍族の」

 しかも、ずれた答えを返してくる。

「違うわよ。あんたのことを聞いているの」

「えぇっ、人に名前を聞くときは先に自分から名乗ろうよ」

 頬を膨らませて抗議をされ、たまらずこめかみを揉んだ。感情表現が目まぐるしくかわり、忙しない。それが癪に障ったのだ。

「まぁ、いっか。ボクはクルト。見ての通りこのセーレの一員だよ」

 とうの本人はすぐに切り替えた様子で、満面の笑みを浮かべる。続いて、セーレと言いつつ帆を指で示す。どうやら今は海に浮いているこの飛行船を、セーレと呼ぶらしい。


 ――――しかし、ボクというからには、男だろうか。


「イユよ、異能者」

 何気なく返したその途端、明らかにクルトの表情が一変した。

「え? ……また?」

 戸惑いと驚きの表情を浮かべて、リュイスへと視線を向ける。それに合わせて、周囲の船員のイユを見る目つきが変わった。

 リュイスが少したじろいだのが伝わってくる。ただ、良い受け答えが思いつかないのか、何かを言う素振りはない。

 明らかにおかしな船の雰囲気に、正体を名乗ってはいけなかったのかと不安になる。

「その嬢ちゃんは、レイヴィートでリュイスと一緒に船に乗ってきた子だ。イクシウスの白船と衝突したとき、一緒にはぐれたのだろうよ」

 クルトに声を掛けたのは、黒くて長いひげが特徴的な男だった。背が低いこともあって、腹のあたりまで伸びたひげが体の面積の殆どを占めているように見える。黒服のために、腕に白い包帯が巻かれていると目立った。

 男の発言から察するに、前回船に乗ったとき会っていたのかもしれない。

 クルトはそう言われても何やら訝しむ顔をみせていたが、暫くすると考えることを放棄したようである。

「うん、船長が帰ってきてからでいいか」

 と、問題を先送りにする発言がある。

「イユをみんなに紹介、する?」

「それも船長が帰ってきてからでいいんじゃない」

 基本的に短絡的な思考の持ち主らしい。そして、どこかあっけらかんとしている。そのおかげだろうか、周囲の船員も何も追求してこなかった。

「あの、みんなは無事ですか」

 刹那に確認したはずだがまだ不安なのだろう。黒ひげの男の包帯を見ながらリュイスが尋ねる。話題を逸らす目的もあったかもしれない。

「死んだ奴はいねぇよ。重傷者は刹那の嬢ちゃんが頑張ってくれたしな」

 それを聞いたリュイスが、一安心したような表情を浮かべる。

「しかし、お前さんも……」

 男が何かを言いかけ、目を見開く。ヘリへと慌てて駆け寄っていく。

 明らかな異変を感じ、イユは男が覗いた方角を振り返る。その光景を見て、思わず見なかった振りをしたくなった。

「なんでこんなことになっているのよ」




 砂丘を走っているレパードが見える。無事だったのだと考える余裕はなかった。遠く離れたここからでもはっきりとわかる。レパードを、巨大な魔物が追いかけている。

 目に意識を持っていく。帽子を片手に抑えながら何やら叫んでいる。耳に意識を持っていくと「いい加減に諦めてくれぇ!」と叫んでいた。

 後ろに迫る魔物はレパードを囲えるほどには大きく、体全体が透き通っていた。体内に魔物と思われる肉片やら砂やら木の残骸やらが浮かんでいる。顔はない。足もない。ただただ透明なその何かは、するすると滑るように追いかけている。

 はっとしたのは、魔物が思ったより近くまで迫っていることに気づいたからだ。走るといってよいのか、動きが早い。

「ちょっと、逃げるわよ! さっさとして!」

 呆然と見ているだけの船員たちを叱咤する。

「ちょっと、聞いているの!」

「け、けれど船長が……」

 クルトが困った表情を浮かべている。船長を置いていって良いものか、悩んでいるようにもみえた。

「レパードは飛べるからどうにでもなるでしょう。早く逃げるのよ!」

 イユの叱咤に慌てたようにして船員たちが動き、ひげの男が指示を飛ばし始める。

 イユは魔物へ向き直った。船については素人だ。離陸にあたり、やれることはない。代わりに状況をよく見ようと目を凝らす。

 ちょうど、レパードが走りざまに銃弾を叩き込むところだった。

 しかし弾はまるで吸い込まれるかのように魔物の体内へと収まるだけだ。あの魔物は、どのようなものであれ体内に取り込んでしまうようである。

 レパードが更に銃弾を叩き込む。

「どうせ効きはしないのに、何をやっているのよ」

 聞こえないだろうが、思わず呟いてしまう。知らず知らずの間に、手に汗を握っている自身に気がつく。

 ところが、レパードが手で空を切るような動作をした途端、青白い閃光が地面を走り魔物に向かって囲い込む。

 この超現象は、リュイスと同じ魔法だろう。青白い閃光にどういった効果があるのかは分からないが、魔物はその場に留まりぷるぷると体を震わせている。

 その隙にと走り続けるレパード。だが――、

「危ない!」

 つい、叫んでしまう。

 魔物が体を激しく痙攣させたかと思うと、水のようなものをレパードに向かって飛ばしたのだ。

 声が聞こえたのか気配に気がついたのか、間一髪のところでレパードが横に避けるのを確認する。避けたその場所から白い湯気のようなものが湧き上がって、ぞっとした。普通の水でないことは自明だ。少しでも掠ろうものなら、怪我ではすまないかもしれない。

「この距離ならどうにか……」

 いつの間にか隣にいたのはリュイスだ。右手を突き出して拳を握りしめている。意識を集中させているのが伝わる。魔法で援護する気なのだろう。


 ふわっと、イユの髪が持ち上がった。

 リュイスの手へと風が集い、そしてそっと手が開かれる。飛行船で扉を壊したときと同じだ。

 けれど前回のように、風は真っ直ぐに魔物に向かって吹きつけはしなかった。代わりに渦を巻くように砂浜へと舞い上がり始める。砂が巻き上げられ、だんだん大きくなっていく。


 竜巻だ。


 実際に見たことはないけれど、その言葉が頭に浮かんだ。益々風を呼び、砂を集めていく。飛行船程の大きさになると、魔物へとぶつかっていった。あの大きさならば、さすがの魔物も無事では済まないだろう。

 そのとき、かたんと船が揺れた。たまらず、ヘリへと掴まる。船がゆっくりと動き出すのを感じた。見上げると船員たちが見張り台へと登って、何か作業を行っている。

 離陸できたのだろう。リュイスの魔法とは異なる風がイユの髪をかき乱す。

 安心したところで振り返って魔物を探し、絶句した。

「ちょっと、全然効いてないわよ!」

 すっかり砂色になった魔物が、懲りずにレパードを追いかけている。竜巻が起こす風すらも、あの魔物は取り込んでしまったのだ。

「しつこすぎる奴は、嫌われんぞ!」

 レパードの叫び声が聞こえる。声の感じから疲労しているのが伝わってくる。

 一方の魔物は疲れ知らずらしい。じりじりと確実に距離が縮まっていく。

 海から浮き上がった飛行船が高く上がるにつれ、レパードたちの姿がだんだんと小さくなる。吹き付ける風の音も同時にひどくなってくる。

 隣にいるリュイスが、再び意識を集中させ始めたのが分かった。

「あわわ、大丈夫かな。船長」

 先ほどまでは他の船員と一緒にいたクルトが隣にやってくる。気がかりで仕方がないようだ。

 視線をクルトから魔物へと移す。眼下で両者の距離が狭まっている。確信した。あれは、追いつかれる。

「レパード!」

 リュイスが叫ぶ。その途端、風が一気に下から上へと吹き上げた。髪やドレスが上へと持ち上げられ目を開いていられなくなる。ヘリにしがみついて、耐えた。そして、見失ってしまったレパードを探す。その姿は意外とすぐに見つかった。

 先程確認した位置から大して変わっていない。代わりに、レパードの背中に翼が見える。飛んで逃げるつもりなのだろう。

 同時に、魔物が水を飛ばす瞬間が目に入った。たまらず声を上げそうになり、すぐに呑み込む。レパードが空を飛びながらも、くるっと回転して避けたのを見たからだ。そのあとは一気に空を登ってくる。

 魔物が悔しそうに何度も水を飛ばしているのが、確認できた。幸いにも、魔物に空を飛ぶ手段はないらしい。

 ほっとしたところで、レパードが風に乗って船へと迫ってくるのが思った以上に早いことに気がついた。慌ててヘリから体を離す。

 次の瞬間、イユが先程まで掴んでいたヘリを飛び越えるレパードの姿が目に入る。船の内側へと転がるように倒れた。

「レパード、良かったです!」

 リュイスの心底嬉しそうな声。

「船長、心配していたんだからね!」

 クルトも気の休まった顔をしている。

 しかしレパード自身はすぐには二人に答えられずにいた。両手両膝を床につき、乱れた息を整えるのに忙しそうだ。落ち着くと、真っ先にイユを指差す。

「ったく、お前のせいだぞ!」

 全く思ってもないことを言われた。

「はぁ? なんでよ!」

 レパードに対してイユは何も迷惑をかけていないはずだ。むしろ、迷惑をかけられた覚えがある。飛行船に置いてけぼりにされたことを思い出してふつふつと怒りが湧いてくる。今の今まですっかり忘れていたというのに、思い出してしまった。


 ――――この男、本当に嫌な奴だ。


「お前が飛行船に残るからリュイスを探す羽目になって……、いてぇ!」

 丁寧に事情を説明するので、たまらず蹴りとばした。

「誰のせいよ、誰の!」

「俺のせいじゃねぇぞ!」

 確かに飛行船に残る羽目になったのはレパードのせいではない。飛行船を墜落させる原因を作ったのがイユ自身だったような気がして、ばつが悪くなる。とはいえ、イユを置いて行ったのは事実だ。それは許せない。

「あんたのせいよ、あんたの!」

 はっきりと言い切る。

 言い終えたところで初めて、周囲を船員たちが取り囲んでいることに気付いた。船長の無事を喜んでよいのか、この騒動を止めるべきか、一同困った顔を浮かべている。

「なによ」

 文句があるならかかってこればよい。

 そう思って睨みつけると、レパードから制止の声が上がる。

「やめろって。おい、自分の立場が分かってないだろ」

 立場と言われてレパードを見やる。確かに船長に対して問題のある態度だろうかと考え、すぐに訂正する。間違ったことは主張していないのだから、それぐらいは大目に見るべきだろう。それよりむしろ、不味そうなのはもう一つの問題だ。

「船長、この……、イユだっけ? 迎えいれるわけ?」

 クルトの不安そうな声が、船員たちの胸中を語っているようだった。レパードもまた、何か納得した顔に変わる。

「レパード……」

 リュイスの小さな呟きが聞こえたのだろうか、盛大なため息を吐く。

「今さらあの島に下ろすわけにもいかねぇだろ」

「あ、当たり前でしょう!」

 焦って思わず叫ぶ。

「冗談じゃないわ。魔物に殺されろと言いたいの」

 と、声高に続けた。

 けれど、反論するイユに何故か周囲からの視線が冷たく突き刺さる。今まで人の輪の中にいた経験はないイユも、さすがに気がつく。

「自分の、立場ねぇ……」

 異能者が龍族を乗せている船員たちにまで嫌われているとは思ってもいなかった。

「とりあえず、だ。落ち着くまでは保留だ」

 レパードが付け足す。

「正直、疲れているんだよ。魔物に一晩中追い掛け回されてだな。あとにしてくれ」

 そう言って手を横に振る。納得したわけではないだろうが、レパードの口調に少し空気が和らいだのを感じた。

 船員たちが大人しく解散していく。

「ったく、しょうがないなぁ、船長は。じゃあ昼食の席にでも」

 クルトも合わせて帰っていこうとする。そこをレパードが引き留めた。

「あぁ、クルト。ついでにマーサを呼んできてくれ」

 クルトはおどけた様子で敬礼の仕草をしながら船の中へと入っていく。おちゃらけていると思ったが、レパードたちは慣れっこなのか気にしていない様子だ。

 一気に人がいなくなる。

「レパード、怪我ない?」

 船員たちの群れの外にいたらしい、刹那が駆け寄ってくる。その場は四人だけになった。

「平気だ。危うく溶かされるところだったがな」

 溶かされるという言葉に背筋が冷たくなる。

「何よそれ」

「言葉通りだ。あの液体にやられた魔物が白骨になっていた」

 白骨と聞いて浮かぶのは、砂丘にあった魔物の骨だ。あの骨は、ひょっとしなくても先程の魔物の仕業だったのだろうか。

「世の中ろくでもない奴ばかりいるわね」

 ぞっとして、感想を漏らす。

「それには同感だ」

「……なんで私をみるのよ」

 人の顔を見てため息までつかれたのだ。すかさず、睨み返してやる。

「さぁな」

 険悪な雰囲気になってきたと感じたのか、リュイスが止めに入った。

「やめましょうよ」

「喧嘩、だめ」

 刹那も首を横に振っている。

「別に喧嘩じゃないわ。ただ、気に入らないだけよ」

 レパードがどうこうではない。船員の雰囲気だ。

「一回乗った船にこんな風に否定的にみられるなんて思っていなかったわ」

 素直に述べると、レパードが何を思ったのか自身の帽子をくしゃりと掴んだ。赤い羽根がそれに合わせて揺れる。

「まぁ、イユからしたらただの成り行きかもしれないわな」

 気になる言い方をされる。どういう意味か問いただす前にレパードから発言がある。

「とにかくだ。事情はあとで聞く。できるだけ望みどおりには運んでやる」

 希望は聞いてもらえると分かり、内心ほっとする。

「ただ、大人しくしていてくれ。余計なことは言うな」

 それぐらい別に問題ないだろうと流していると、リュイスからの不安そうな視線が刺さった。何故だろう、納得がいかない。

「あと、あれだ。着替えてこい」

 思いもよらないことを言われる。

「ごめんね、遅くなっちゃって」

 振り返れば、いつの間にか恰幅のよい女が歩いてくるところだった。

「マーサ。悪いがこいつの面倒をみてくれないか」

 マーサというらしい。栗色の髪を後ろで一つにまとめた、上品でおっとりした雰囲気の女だ。クルトが頼まれていたことは、イユに関係があることだったらしい。

「まぁまぁ!」

 マーサはイユをみて驚きの声を挙げた。

「女の子がこんな格好をして、どうしたの!」

 果たして自分はそれほどひどい格好をしているのだろうかと、イユは服を見る。

 穴だらけのカバン、破れた上着。ほつれたドレスに、歯型の付いた靴。見た目は確かにひどいが、着られない程でもない。

「昼時に食堂に連れてきてくれさえすれば何をしてもいいからな」

 レパードの声が小さくなっていく。話を聞き終える前に、イユはマーサに引っ張られていった。

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