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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
179/990

その179 『『魔術師』の裏事情』

 休憩時間はあっという間に終わってしまった。そのまま夕食の時間に入った一行は、同じメンバーで食堂に向かう。

「お、ラビリ。戻ってきてたのか」

「キドじゃん、久しぶり!」

 廊下を歩いている最中にも、通りすぎる船員たちはラビリを見て声をかけていく。皆がラビリのことを知っているのだと、改めてイユは意識した。

 重い扉を開け、食堂へと入る。既に何人かの船員たちが食事を摂っている。そのテーブルに並んでいるものをみて、ラビリが声をあげた。

「今日は、鶏の香草焼きがあるんだね!」

「何、好きなの?」

「私の大好物だよ!」

 空いているテーブルに陣取ったラビリは、誰よりも早く食べ物をもらうと早速鶏肉を頬張る。

「やっぱり、美味しい!」

 イユも、負けていられるかとすぐに後に続いた。口に放りこんだ途端、香草の香りが鼻孔をくすぐる。カリッとした皮の感触が歯に心地よい。そのままかぶりつけば、今度は柔らかい肉が口の中で確かな弾力を伝えてくる。時折、ピリリと舌に刺激がくるのが肉料理を飽きさせない工夫なのだろうとイユは思った。

 鶏肉の隣の皿には、赤と緑の彩色が美しいサラダが並べられている。その手前にあるのは、真っ白く光るライスだ。いつもこんな美味しい料理を提供できるセンとマーサにはつくづく頭が上がらない。

「凄い食べっぷり。いつもこうなの?」

 ラビリが、イユを見て感心したような声を出した。

「そうですね。いつもこうです」

 リュイスが答えると、それに対してリーサもクルトも頷く。

「悪い?」

 そんな皆の反応に、イユは思わずむくれる。

 それを見て、ラビリが笑った。

「悪くないよ。お屋敷の人たちはあんまり食べないから、久しぶりにほっとしたっていうか」

 お屋敷と言われて、イユは思い出した。確かラビリは『魔術師』の弟子入りをしていると言っていたはずだ。

「『魔術師』の屋敷なら、さぞ居心地が悪そうだわ」

 粗相をしようものならどんな目に合うかわからない。そんな想像を抱いたイユに、ラビリは首を横に振る。

「そうでもないよ。普段は私と大叔母様とお手伝いさんの三人しかいないから」

 ラビリはそれだけでは足りないと思ったのか、補足した。

「私が仕えているフランドリック家は、『魔術師』の中では立場上弱いから」

 イユはさらに記憶を引っ張る。確かラビリが覚えているのは占星術だったはずだ。

「占星術は嫌われているのよね?そのせい?」

「まぁ、それもあるけれど。どっちかっていうと、フランドリック家は過去にやらかしているからそのせいかな」

「やらかしている……?」

 ラビリは考える仕草をする。どのように伝えるか悩んでいるようだ。

「えっとね、もともとフランドリック家はインセートと風切り峡谷の二つの領土を支配していた大貴族だったんだ」

 数日間滞在したインセートの名前が出て、イユは少し考えた。インセートはイクシウスがギルドに土地を貸しているようなものだ。ラビリの話が過去形ということは、ギルドに土地を貸す前はフランドリック家のものだったということになる。

「そもそも、イユは『魔術師』が領地を所有していることも知らないのではないですか」

 話についていけるようにだろうが、若干リュイスに馬鹿にされたように感じて、イユはむくれる。

「今の話を聞けば大体想像できるわ。イクシウスの『魔術師』たちはそれぞれの島を所有しているのでしょう」

「やっぱり、知らなかったんだ」

 イユの言葉に、クルトがぼそりとそう言った。

 失礼なことこの上ない。睨みをいれるイユに、クルトが補足する。

「イクシウスじゃ『魔術師』でも大貴族だけが領地を持つことを許されているんだよ。それ以外は、基本的に国管轄」

 イユは記憶を遡った。

「インセートは国が所有。ということはイニシアは?レイヴィートも誰かが所有しているのかしら」

 その質問に答えたのはラビリだった。

「レイヴィートはイクシウス国が所有、イニシアはレイドワース家だったかな」

 すらすらと答えてみせるあたり、その辺の事情は常識なのかもしれない。イユは内心呑み込むのに必死だ。

「よくわからないのだけれど、土地を所有するのって何か良いことがあるの」

「大ありだよ。国王の代わりに税の徴収ができるんだもの。その島で培った技術や知識だって、その『魔術師』が好きなようにできるんだよ」

 想像する。ある『魔術師』が一つの小さな島を所有して、その島の住民からお金を搾り取る。そこにある食べ物も、技術も全てがその『魔術師』のものなのだ。好き放題できる。そう考えたイユの次に浮かんだ光景は、異能者施設の中の牢だった。あの牢の中にいる人々と同じように、『魔術師』が島の住民を扱うこともできる。そう考えた途端、鳥肌が走った。

「……それは、確かにあいつらにとっては良いことね」

「それで話を戻すと、フランドリック家はシェイレスタが立ち上がった時に、インセートをシェイレスタに明け渡そうとしたんだ」

「は?」

 言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

 そんなイユを知ってか知らずか、ラビリが細かく説明をしだす。

「当時の領主のディバンドという人が、シェイレスタに肩入れしたみたい。自分の領土を差し出す代わりに、シェイレスタで今より良い地位を貰おうとした、とか」

 自分の領土を好きにできるということは人に差し出すということもできるのだと、イユは辛うじて呑み込んだ。しかし、それはイクシウスという国への裏切りではないか。

「それに反対したのが、今の大婆様の亡き夫でもある人。この人の活躍で、インセートはシェイレスタにとられずにすんだんだ」

 ラビリの話は、極力、イクシウス側に寄った話になっている。ここでギルドの名が出てこないのが、イユとしては気にかかった。

「でも、フランドリック家という単位でみると、売国奴と言われてもおかしくないでしょう。だから、フランドリック家の立場は弱くなり、インセートも国が所有。残っていた風切り峡谷の所有権だけが認められる形になったんだよ」

「インセートに今ギルドが絡んでいるのはどうして?」

「ギルドはフランドリック家同士の諍いを止めてくれたんだよ。国力としてみればイクシウスの方が強いよ?だけれど、インセートから近いシェイレスタを味方に付けているディバンドの方が明らかに有利だから、大婆様たちは苦戦していたんだって」

 そういう風に絡むのかと、イユは思考する。大きな単位でみると、大国であるイクシウスが若い国であるシェイレスタに領土を奪われそうになることはどこかおかしい気がする。しかし、身内に裏切り者がいたら話は別だ。そして、ギルドが仲介することで、その裏切り者にやられそうになっているフランドリック家を助けることができたというのであれば、辻褄は合う。

「そうやって聞くと、『魔術師』にもいろいろあるのね」

 リーサが空になった皿を重ねながらそう感想を述べた。

「それで、今は数人しかいないわけね」

 力がなくなった『魔術師』に、進んでついていくものもいないのだろう。だからこそ、ラビリはそのフランドリック家を選んだのだと察した。他の有力な『魔術師』では恐らく入り込みにくい。しかしフランドリック家ならば話は別だったと。

「そうそう。だから、久しぶりに和気藹々とできるなって思ったんだ」

 そう言って、ラビリは口元を紙ナプキンでぬぐってみせた。

「それで、姉さんはこの後どうするの」

「とりあえず、明日まではいるつもりだよ。部屋、誰かが使っているとか言わないよね?」

「大丈夫。ボクが時々資材とかを置いているぐらいだよ」

 それを聞いたラビリの顔が引きつった。

「それって、寝る場所がなくなっているって言っているのと同義だよね」

「姉さん、それどういう意味?」

 互いの言葉に、遠慮がまるでない。だからこそ、親しいのだと伝わってきた。

「ふふ、相変わらず仲良しね」

 リーサもどこか嬉しそうに笑う。

 その笑みを見たラビリがきょとんとした顔をした。

「どうしたの?」

「あ、ううん。何でもないよ」

 クルトがそんなラビリに言う。

「食べ終わったんだし、そろそろ引き上げよう?ご馳走様でした!」

「ご馳走様でした」

 ずっと聞き役に徹していた刹那が、そういって手を合わせた。

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