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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
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その178 『しゃぼん玉とカメラ』

 気を取り直して、ストローを取り出し、ふぅと息を吐いた。しかし、しゃぼん玉は中々形にならない。もう少し力を入れるべきか。そう思って強く吹けば、小指ほどのしゃぼん玉が一瞬だけ空を舞った。

「む、意外と難しいのね」

「初めてにしては上出来よ」

 そう言って、リーサがふぅっと息を吐く。ストローの端から生まれたしゃぼん玉がみるみるうちに大きくなっていき、飛んだ。誰のものよりも大きかったと思う。リーサにできて、イユにできないのが少し悔しかった。

「…………」

 再び、イユはストローを液につける。

 そこに、歓声が聞こえた。

「すごいじゃん、刹那。初めてとは思えないほど上手」

 気になってみると、刹那のストローの端から彼女の拳ほどのしゃぼん玉が離れていくところだった。それはすぐに消えてしまったが、同じ初めてという境遇でここまでの差がつくのだ。イユは自分が不器用だと言われた気がして、すぐに向き直った。

 今度は先ほどより強めに吹く。先ほどと同じように小指ほどのしゃぼん玉が出来上がった。それを大きくすべく息を吐いていく。焦っていたのもあるのかもしれない。それは確かに徐々に大きくなっていったが、ストローから離れる前に、ぱちんとはじけてしまった。

「む……」

 しゃぼん玉がうまく作れないイユに、リーサがくすくすと笑う。

「少し焦っているんじゃない?優しく作ればうまくいくわ」

 確かにそうかもしれない。イユはもう一度容器に入れてから取り出した。始まりは同じ吹き方でいいはずだ。だが小指ほどのしゃぼん玉ができてからは、吹く力を緩めてやる。途端にしゃぼん玉が大きくなっていった。イユの吹く力に合わせて、しゃぼん玉が揺れる。力によっては割ってしまいそうで、しかしある程度のところになったらストローからしゃぼん玉を外したくもあり、その力の調整が難しい。

「大きさはそのあたりが限界だと思うわ。少しだけ強く吹いてみて」

 リーサのアドバイスを受けて、イユはふっと力を入れた。しゃぼん玉がその動きに合わせて、ストローから離れる。そして、ふわふわと風に煽られて頭上へと登っていく。

「できたわ!」

 とても綺麗だった。リーサたちが吹いたしゃぼん玉とともに、その光は虹色に輝いた。そして、すっと霧の中へと吸い込まれていく。

 その時、パシャリと何かの音がした。はっとしたイユはすぐに見つけた。

 ヴァーナーが呆然と突っ立っている。その手にカメラが収まっていた。

「ヴァーナー?!何勝手に写真を撮っているのよ!」

 慌てたリーサがそちらへ駆けつける。

 はっとしたように、ヴァーナーがカメラを抱えなおした。

「これは別にいいだろ?!」

 それからヴァーナーはイユを視界に収めると駆け付けてくる。

「お前が頼んでいたカメラだろ!お前があちこち移動しているせいで、こっちは探したんだぞ」

 完全にとばっちりだとイユは思った。

「試し撮りはしたから、あとはお前の腕次第だ。いいな?」

 ヴァーナーは手早くカメラをいじると、イユに手渡した。

 カメラを受け取りながら、頷く。

 そんな二人の様子を見てか、リーサの険が少し取れた。

「ヴァーナーがイユにカメラを?」

 日頃のイユへのあたりの強さを知っているだけに、リーサは驚いたようだった。

「えぇ。何回かリーサで試させてもらえると助かるのだけれど」

 途端に、リーサの声が裏返った。イユとしては全く意外だったのだが、リーサは写真に写るという行為を好んではいないらしい。

「え?!なんで、私?」

 イユは事情を説明しようと口を開き、ヴァーナーも余計なことを言わすかと口を開く。

 しかし二人よりも早く発言したのがクルトだった。

「そりゃ、ヴァーナーがイユに頼んでいるんでしょ。リーサの写真、撮ってこいって」

 それを聞いたリーサの顔が、氷のように固まった。ヴァーナーの顔も赤くなったり蒼くなったりを繰り返している。そしてクルトの顔はにやけている。クルトがわざと爆弾発言をしたのだと、イユでも十分に把握できた。

「ちげぇよ!どうしてそうなるんだ!」

「ヴァーナー……?」

 泡を食ったように慌てるヴァーナーに、リーサの冷たい声がかかる。イユですらその声にぞくっとした。

「覚悟はいいわよね?」

「リーサ?おい、顔がマジなんだが?ちげぇって!誤解だ!クルト、なんとかいえ……!」

「なんとか」

「おい!」

「問答無用よ!」

 しょぼん液の入った容器を持ちながら駆け付けるリーサに、ヴァーナーは脱兎のごとく逃げ出した。イユは内心同情した。今のリーサは、その手の容器を中身ごとヴァーナーにかけかねない。きっと次会ったとき、ヴァーナーは泡まみれだろう。

「クルト、相変わらず悪乗りしすぎですよ」

 リュイスの注意に

「リュイスだって止めなかったじゃん」

 とクルトは涼しい顔だ。

「まぁ、リーサも以前はあんな風に怒らなかったし。ヴァーナーからしたら本望だよ」

 そう言って、クルトの擁護をするのはラビリだった。

 実のところ、イユの作戦は、ヴァーナーに、リーサは以前までと違うことを実感してもらうために、リーサの笑顔の写真をたくさん撮ることだった。ヴェレーナの街で、カメラは思い出を残すものだと教えてもらった。だから、今のリーサの笑顔を撮れば、人形のようになったリーサの過去を上書きできる。理屈ではなく感情で、もう昔のリーサはいないと理解できるようになると思ったのだ。そうやってリーサが変わったことを実感できれば、リーサに影響を与えたイユも信用してもらえるかもしれない。今のヴァーナーは、過去のリーサに縛られているから、イユを信用する方法が分からない。だが、そのリーサが変われば、前提が覆れば、望みはあるはずだと。

 しかし、どうも現実は、笑顔ではなく怒りをその身に一心に受けることで実感することになりそうだなと思う。

 とはいえ、ヴァーナーは先ほど写真を撮っていた。イユはあとで知ることになるのだが、その時に映っていたリーサの笑顔は輝くばかりで、幸せそのものを体現したかのようだったという。

「ね。折角だから、ボクらを撮ってよ」

 クルトに言われて、イユはカメラを構えた。

「いいけれど。これ、どうやって撮るの」

 使い方を聞こうにも、ヴァーナーは逃げるのに忙しそうだ。代わりにカメラの使い方を知っていたのはクルトだった。

「簡単だよ。レンズを覗いて全員が入っているのを確認したら、ここのボタンを押すだけ」

「ほら、刹那も入って」

 クルトに教わっている間に、ラビリが刹那を引き寄せる。

「リュイスは入らないの?」

「えっと、遠慮しておきます。むしろ僕が撮りましょうか」

「後でね。撮り方を覚えたいの」

 イユが再びカメラを構えると、その先にはラビリと刹那が、後から遅れてクルトがレンズに収まった。

「じゃあ行くわよ。はい」

 合図とともに、イユはカメラのボタンを押した。

「えぇ?!イユ、早い」

 クルトがタイミングを掴みきれていなかったのか、そう文句を言う。

 仕方ないなと思い、レンズを覗いたイユははっとした。むくれた顔のままのクルト、それをみて面白そうに笑うラビリ、そしてラビリに釣られて、はにかむ刹那。初めて見た気がした。刹那があんなふうに笑う姿を。

 この機会を逃してなるかと、イユは再度ボタンを押す。

 パシャリ。小気味いいシャッター音が鳴り響いた。

「あぁ!イユ、また押した!」

「いいでしょ。下手にかっこつけたとこより、今の方が自然でいいわ」

 イユの言うことにもっともだと思ったのか、ラビリが諭す。

「そうだね。びしっと決まったのが撮りたいなら、イユもいれてリュイスにお願いしちゃえば?」

 カメラというものは中々面白いなとイユは感想を抱く。思い出が絵として残るのも変わっているが、何よりこうして皆で撮る喜びがある。リュイスにカメラを手渡しながら、イユは不思議と口の端が持ち上がっていくのを感じていた。

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