その174 『集落へ』
イユたちが水と食糧の調達のために船を離れている間に、レパードも刹那を引き連れて集落へと出ていた。森を抜けて小道へと出ると、途端に霧が薄くなる。そのおかげか、集落の入り口にぶら下げられた街灯の明かりがぼんやりと灯っているのがみえた。
「あそこが入り口だ。来たことはなかったよな」
刹那に尋ねると、すぐに頷く気配が返ってくる。
「ない。セーレの前は、殆どシェパング」
その刹那の発言に、彼女がいた前のギルドのことが思い出される。
「……悪かったな。さっきは」
通じていないのか、刹那が振り返って首を傾げる。
「思い出させただろ」
刹那には、ブライトを襲ったという暗殺者の特徴について語ったばかりだった。しかも、その暗殺者が取り付けていた仮面も見せた。というのも、刹那であれば暗殺者の正体に目途がつくのではないかと思ったからだ。しかし、彼女は首を横に振り、そして余計な傷を負わせただけに終わった。
「気にしてない」
どこか素っ気ない口調は、レパードを責めているようにも感じる。だがきっとそれは、レパードの自己嫌悪が穿った見方をさせているだけなのだろう。刹那がどこかさっぱりと過去を切り捨てていることも、同時に知っている。
「行く」
「あぁ」
刹那に促され、レパードは再び歩き始めた。
小道に生える草がチクチクとレパードを刺す。その草に、刹那の代わりに非難されているような気がした。我ながら神経質になっていると認識する。
刹那は以前、暗殺ギルドにいた。だがそのギルドは壊滅し今は存在しないとのことだった。孤児院にお金を渡すために次の食い扶持を探していると語った。何件か当たったが、他のギルドには受け入れてもらえなかったとも言っていた。
それもそうだろう。普通は、暗殺ギルドにいたと話す人物を自分のギルドに入れたいとは思わない。拾っても同じ暗殺ギルドだろう。
レパードも内心受け入れるか迷ったものだった。とはいえ、自分の事情を包み隠さず話す刹那のことを考えると、同じ日陰者同士、暗殺ギルドに行かせるぐらいなら自分たちが受け入れてもいいと思った。それに実際のところ、喉から手が出るほど人手が欲しかったという事情もあった。そして、刹那ほどの適任はほかにいなかった。
受け入れると、刹那は働きすぎなほどに働いた。医療にも長け、魔物にも全く引けを取らなかった。前のギルドからくすねてきたという魔法石も大変重宝した。刹那がいなければとうの昔にセーレは墜落していただろう。そう言ってしまっても過言でないぐらいに、活躍している。
しかしそうであるからこそ、レパードは今度も刹那をあてにしていることに罪悪感が沸く。刹那はセーレの中で最年少の子供なのにだ。いや、子供だからこそ今回は連れていく条件となっている。そして同時に風切り峡谷にしかない薬を購入できるだけの知識のある者で、そして他の諸々の理由で、刹那しか該当者がいなかった。
せめてあとで休暇をやらねばと考えながら、レパードはとうとう近づいてきた集落へと意識をやる。
「旅の者か」
見張りをしている男が声を掛けてきた。鎧こそ着込んではいないものの、背の高さほどはある槍を携えている。飛竜を模した仮面を着けているせいで、表情は見えない。だが、声だけで判断するに、レパードとあまり変わらない年齢だろう。
「あぁ」
歩みを止めない二人に、男が「待て」と声を掛ける。
「集落の慣習に従い、お前たちに問う。心して答えるように」
レパードは、またかと苦々しく思った。ここは、こういうところが一々鬱陶しいのだ。
「お前たちは、何者だ」
レパードはあらかじめ考えておいた内容を話し始める。
「俺たちは見ての通り親子だ」
早速刹那を連れてきた理由の一つが引っ張り出される。いい年した男二人だとどうしてもこういう場面では怪しまれる。しかし子供がいれば話は別なのだ。
ふとレパードの頭に、イユとリュイスを子供だと思われた時の苦い記憶が蘇る。それに比べれば、刹那はイユたちよりももっと幼い。話として通らないこともないだろう。
「何故この峡谷に来た」
男は質問を続ける。仮面越しなので、レパードたちをみてどう思ったのかはよくわからない。
「この峡谷にしかないという、命の妙薬を求めてやってきた。入手したらすぐに立ち去るつもりだ」
その薬は、実際に刹那が購入することになっている。帰りにこれ見よがしに見せられるわけだ。
「武器は所持しているか」
レパードは銃を引き抜いてみせた。
男がそれを受け取って、確認する。
「見ればわかると思うが、弾は入っていない。友人の形見でな。手放せないんだ」
今のレパードは実弾を使わない。弾の代わりに魔法を込めて、撃っている。
男も素人ではないから、すぐに分かったのだろう。銃にそれらしき汚れもないことを確認すると丁重にレパードに戻した。
「そうか。形見の品を、失礼した」
気にしていないという仕草をするレパードの代わりに、刹那が前へ出る。
「私も、持っている」
そう言って刹那がナイフを見せる。
子供がナイフを持っていると知れば、普通ぎょっとするだろう。だから、レパードは先回りした。
「用心のために持たせているんだ。道中は魔物が出ることも多いからな」
男がそれに頷いて、受け取ってみせる。
刹那のナイフは、花を描いた刀身に花弁をあつらえたような柄をした、個性的な代物となっている。専門家が見れば業物とわかるそうだが、幸い子供が持つにふさわしい可愛らしさを備えている。用心といっても見栄えを重視するあたりに、子供らしさを感じたのだろう。男はそれをすぐに返した。
「武器の確認は終了した。船はどうしている?」
これも想定される質問だ。レパードは後方を振り返って、霧を指差した。
「あの先の岬に停めてある」
風切り峡谷に赴く飛行船は大体そこに停めるらしい。だからきっと今も誰かの物があるだろう。
誰がどの船に乗ってきたかまでは確認されないので、これで十分だ。
「承知した。集落に入ることを許可する」
レパードは内心胸をなでおろした。
「あぁ」
「一つだけ聞いてもいいか」
安堵したところに、男がそう言ってきたので、心臓が跳ねるかと思った。
「何故、子供だけがシェパングの装いをしている」
確かにそれは抱かれてもおかしくない疑問だろう。
「誇り、忘れないため」
刹那の発言は、シェパングの人間の常套句だ。
レパードはそれにあやかる形で、付け足した。
「せめて娘にはと思ってな」
その様子に、男は納得したようだ。
「そうか。そなたたちに、飛竜の加護があらんことを」
飛竜は、この風切り峡谷にとって非常に大切な生き物だ。それを知っているからこそ、レパードもセーレに乗っている間に霧を払うような愚策は取らなかった。
そして、その飛竜の加護を祈られたということは、どうも、本当にただの親子だと思ってくれたらしい。
「じゃあね」
刹那が子供っぽく手を左右に振って挨拶をする。
男は、手を振り返してみせた。




