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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
171/992

その171 『絵本の正体』

「イユ、起きたか」

 ノック音がして、ドアノブに掛けられた魔法が解除される。

「えぇ」

 返しながらも、イユは重い体を起こした。ゆっくり扉を開けると、レパードとリュイスが二人で待っていた。

「……何かあったのか」

 顔色が優れないことがばれたのだろう。イユは首を横に振った。

「別に、何でもないわ」

 レパードは何か言いたそうな顔をしているが、イユは取り合わなかった。そのままリュイスへと声を掛ける。

「行きましょう、リュイス」

「あ、はい」


 レパードを置いて、リュイスと廊下を歩きながら、イユはようやく重い口を開いた。

「リュイス、お願いがあるのだけれど」

「どうしました?何かあったのですか」

 イユは首を横に振った。

 イユが暗いことにはリュイスも気が付いているのだろう、心配そうに覗き込まれる。

 イユは、リュイスの瞳に、絵本をもらって嬉しそうにする自身を見た気がした。その自身に言ってやりたくなる。なんでそんな顔を、よりにもよってリュイス相手にしてしまったのだと。

 イユは鞄から絵本を取り出した。

「この絵本、捨てたいわ」

 唐突なイユの発言に面食らったのだろう、「どうしてですか」とリュイスが問う。

 絵本の中身を知らなければ当然の質問だろう。だがリュイスは知っていると思っていた。知っていて、イユに絵本をくれたのだろうと。だから、解せなかった。

 イユは昨晩読んでいたページを開く。そこには、蛙にされてしまう王子の絵が載っている。

「リュイスは、この絵本の内容を知っていたのよね」

 やはり、リュイスは頷く。

 イユは王子の絵の隣にいた魔女を示した。そう文字を読むまでは魔女だと思っていた。

「『なんと、魔女の正体はあの恐ろしい『龍族』だったのです』って書いてあったわ」

 絵本には続きがあった。魔女には鋭い牙があったとか、醜い翼があったとか、『龍族』だと仄めかすような誹謗中傷が書かれていた。

 今まではこの文字が読めなかったから知らなかった。だがこの絵本がイユの記憶にある家族との思い出だとは知っていた。忘れていたと思っていた懐かしさ。それが文字を読めるようになるにつれ取り戻せるのではないかと、いつしかそんな淡い期待を抱いていた。それと同時に今を生きる為に必要な字の勉強にもなり、リュイスたちに近づける一歩だとも思っていた。それは憧れの人としての生活の一部でもあった。

 そして、とうとうイユはこの絵本を読めるようになってしまった。

「……私、こんな絵本を懐かしいと思っていたのね」

 この絵本を読んで証明された。やはりイユの家族は『魔術師』だったのだ。そして、『龍族』を非難するような本を、子供だったイユに読み聞かせていた。

 こんな本、イユは読みたくなかった。イユは今や『異能者』なのだ。そして『龍族』のリュイスとともにいる。リュイスたちを否定する本を懐かしいと思っていたなんて、ぞっとした。イユの頭に、またラダがチラついた。ラダだって批難するだろう。危険かもしれないのにセーレにいたがるどころか、そのセーレにいるリュイスたちを悪人扱いする本を大事にしているのだから。そこまでイユの顔の面は、厚くなれなかった。

 ところがイユから差し出された絵本を受け取ったリュイスは、イユに絵本を返してみせたのだ。

「いえ、絵本は捨てないで最後まで読んでみてください」

 あり得ないことまで言ってのける。

「なんで?」

 リュイスはにっこりと笑うだけだ。

「何言っているのよ。この絵本はあんたのことを……」

 知っていますとリュイスは言う。でもそれはどの本でも一緒ですよと。

 そうかもしれない。確かによくよく考えてみれば、世の中に出回っている本の殆どは『龍族』を褒め称えなどしていないだろう。リュイスは諦めているのだろうか。世の本の全てはそういうものだと。だからそんなことが言えるのだろうか。だがそれでも、この本を大事にしている自分を想像すると、イユは気持ち悪くなった。それなのにーー、

「僕はこの絵本、結構好きですよ」

 それは本当にそう思っているからこそ見せられる、優しい表情だった。

「わかったわ、最後まで読んでみる」

 そこまで言われては引き下がるしかない。一体結末には何がかかれているのだろう。リュイスは何を読んで、この本を好きだというのだろう。読んでみないことには結論はでない。

「それより、甲板に出てみませんか。目的地が見えてくる頃ですよ」

 目的地と聞いて、イユの関心が移った。

「そういえば、次はどこにいくつもりなの?」

 シェイレスタとは異なる場所、北というのだからイクシウス方面に向かっていることは知っている。だがイユの記憶でいくら地図を思い起こしてもどこに行くつもりかさっぱり分からなかったのだ。

「どこだと思いますか」

「何よ、ヒントはないわけ?」

 地名も何も知らないイユにそのクイズは反則だ。

 むっとするイユに、リュイスが「サーカス」とヒントを出した。

 意外な単語に、イユは振り返る。シーゼリアが浮かんで頭から追い出す。リュイスが敢えて口に出すのだ。そんな不吉なイメージのものではないはずだ。

 サーカス。その単語から連想する。空中ブランコ、炎の輪をくぐるライオン、踊り子。どれも地名には結びつかない。奢ってもらったポップコーン、それから風船を咥えた……。

 そこで、イユは思い出した。確かに、そこで地名を耳に入れた。

「風切り峡谷ね」

 飛竜の発祥の地。そして、クルトの姉がいるという。

「正解です」

 敢えてシェイレスタに行かずに今その地へと赴く。意味がないとは思えなかった。

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