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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
170/992

その170 『もがきたくて』

 ラダが去っても、セーレでの仕事は続いていく。船は警戒を続けており、今はマレイユが見張りについている。リーサの手伝いも終わってしまい、本来なら休憩時間を与えられるイユは、無理を言って医務室に出向いた。

「君が再びここに来たがるとは思わなかった」

 扉を開けた途端、レヴァスのその声に出迎えられた。

「患者としてではないけどね」

 返しながら、イユは周りを見回した。

 レヴァスが椅子に腰かけてレポートを取っている。その手前のベッドで座っているのがジルだ。

 その手に包帯がまかれているのをみて、ぎょっとした。イユの頭に、魔物に食われそうになったシェルのことが甦る。機関部員のジルにそんな危険はないと思っていただけにぞっとしたのだ。

「その手、どうしたのよ」

 ジルは落ち着き払った顔で答えた。

「少し火傷をしただけだ」

 ジルは普段機関室に籠っている。だから、イユに考えられる火傷の要因は一つだった。

「機関室って熱も扱うの」

 ジルは嘘をつかなかった。ただ真実を伏せて、イユの質問に回答する。

「あぁ。飛行石の中身は、人の手など簡単に焦がすほどの高熱だ」

「あれってそんなに危険なものだったの?!」

 飛行石に触れたことがあっただけに、イユは仰天した。

「普通に触る分には問題ないですよ。飛行石の中身を取り出すのは至難の業ですから」

 イユに続いて医務室に入ったリュイスが、ジルに代わって答える。

 イユは専門家が特殊なことをしようとして失敗したのだと結論付けた。イクシウス戦艦に襲われた時の無茶な飛行ぶりを思い返せば、その手の危険も考えられる話ではある。そう言えばあの時通信で答えたのはジルではなくてライムだった、とまで記憶を引っ張り出したイユは、甲板部員とは別に機関部員も機関部員で大変だったのであろうと考えをまとめるに至った。

「それで、イユはどうして医務室?」

 奥の方から包帯を持ってきた刹那がそう訊ねる。

「実は、お願いがあるのだけれど」

 イユはゆっくりと切り出した。

「応急処置のやり方を教えてほしいの」

 イユの視界の端に、ベッドの隙間から僅かに覗いた金髪が映った。アグルは大怪我を負ってからまだ復帰には至っておらず、今は眠りについている。そして、シェルが魔物に食われそうになったこと。先ほど知ったばかりだがジルの火傷の件も明らかになれば、危機意識を抱かないわけにはいかない。異能はイユに生きるための力を与えたが、その範囲はあくまでイユ個人にしか使えない。だからこそ、イユには力、或いは知識が不足していた。

 そのうえで、ラダの言葉もある。『君はこれからどうするんだい』と問いを投げられた。その問いに対する答えの一つにあがったのが他者を救うための『応急処置』なのだ。

「そろそろ言い出す頃かとは思っていた」

 レヴァスの答えは、イユの決意に反してあまりにもあっさりとしていた。

「刹那。教えてやってくれ」

「いいの?」

 そう問い返したくなったのは、刹那たちの多忙さを知っているからだ。そもそもイユとしては刹那が休んでいる姿を見たことがない。せいぜいが食事を摂っている時だろう。

 答えたのは刹那ではなくてレヴァスだった。

「構わないだろう。船員には全員に応急手当の講義を設けている。リュイスもそろそろだと判断して、イユをここへ連れてきたんだろう」

 リュイスを振り仰ぐと、少しばつの悪そうな顔をしていた。

「えぇ、まぁ」

「ちょっと、そんな話聞いてないわよ」

 確かにリュイスも応急処置をしていたことがある。怪我をする機会の多い船員たちに応急処置について学ばせているのは冷静に考えれば当然のことだろう。

 ただ、イユとしてはそれを自分が学べるのはもっと後のことになると勝手に考えていた。今回は無理を言ってお願いしにきた腹づもりだったのだ。

 それなのに、

「イユから言い出されたので、水を差すのも悪い気がして黙っていました」

 とリュイスに言われてしまっては立つ瀬がない。

「まぁ、いいわ。教えてもらえる?」

 気を取り直したイユに、刹那がこくんと頷く。

「折角だから、ジルで勉強。ちょうど包帯取り換えの時間」

 そう言って包帯を持ち上げてみせる刹那に、ジルの顔が引きつった。



 応急処置を一通り学び部屋に戻ったイユは、絵本を取り出していた。気が立っていて、大人しく眠るということがどうにもできそうになかったからだ。字の勉強も、今日学んだばかりの応急処置も、船の仕事も、こなしてきたように思えて、イユはいまだ無知だ。だからこそ、少しでもその先へと進みたかった。焦っている自覚はあった。焦ってしまう要因がラダの言葉にあることもわかっていた。それでも、落ち着いていることができなかった。

 だからいけなかったのだろう。

 絵本のページをめくると、そこに角を生やした魔女が描かれていた。彼女は獰猛且つ邪悪な笑みを浮かべて、その絵に描かれていた蛙を踏みつぶさんばかりだった。

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