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カルタータ  作者: 希矢
第二章 『生キ抜ク』
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その17 『出口』

 砂時計を七回ひっくり返す少し前には、刹那は手元の布を畳み出していた。起こしたわけではない。勝手に起きだしたのだ。砂時計を返しながら、はたしてこれに意味はあったのだろうかと刹那の体内時計に感心する。

「おはようございます」

 刹那に揺り起こされたリュイスに挨拶をされる。眠気眼ではあるが、顔色は数時間前と比べて随分良い。

「いけそうね?」

 確認すると、頷きが返ってきた。

「洞窟の外は、すぐ」

 その場で雑魚寝をしていた一行に大した片づけはない。刹那が指を指す方向へと早速歩き出す。




「……ここから、狭くなる」

 言われるまでもなく徐々に道幅が狭く天井も低くなっていくのを感じていた。一行は洞窟の中を進んでいる。途中、ずっと寝かされていたことに対してリュイスが不満を漏らしたが、それ以外は何事もない。しかも有り難いことに魔物のいる水とは離れ、岩肌だらけの空間を歩いている。

「よくこんなところから入ってきたわね」

 感心する。イユの目の前には壁があった。刹那に言わせるとそれは床らしいのだが、傾斜しているそれは、イユからみたら壁と変わらない。

「ロープ、あった」

 持ち歩いていたので使ったということらしい。本当に準備のよいことだ。刹那の発言どおり、その壁にロープが残ったままになっている。

 刹那はそれを念入りに引っ張って問題がないことを確認すると、するするとそのロープを使って登りだした。そのあまりの起用さに脱帽する。あっという間に壁を上がっていってしまった。

「次」

 呆然としていると、刹那の催促の声が降ってくる。

 リュイスが「お先にどうぞ」と身を引いた。

「上は見ないようにしますから」

 その意味がよくわからないまま、イユはロープに飛びつく。イユの体重を加えてもびくともしないロープに少しほっとする。刹那ほどとはいかなかったが、初めてでも案外どうにかなるものだ。岩を蹴りながらロープを握る。三分の一ほど上がると背後の壁――先ほどまでの天井――、も足掛かりにできるようになった。そのおかげもあり、どうにか上まで辿り着く。

 その先で刹那が待っていた。小さい手を差し伸べている。

 自身の体重を受け止められるものか心配になったイユは、手を借りながらもロープを握る左手に力を込めた。足も岩壁を思いっきり蹴り飛ばし、ほぼ自力で駆け上がる。

 最後はリュイスだった。翼があるのでリュイスにロープは必要なさそうだが、律儀に這い上がってくる。ひょっとすると、翼を出すにはこの空間は狭いのかもしれない。

「ありがとうございます」

 刹那が伸ばした手を借りて、リュイスも同じように登りきる。そこでげっそりした顔で感想を漏らした。

「……すごく狭いですね」

 リュイスの感想に、イユはひどく同感だ。見渡した光景に心底げんなりする。今いる天井は屈む必要はないものの、途中からはイユでも屈まないといけない高さになっている。よく見えないが、更にその先はもっと低くなっていそうだ。そして、左右には道はなく、ほぼ一本道だ。両側を壁に阻まれた閉塞的な空間に、息が詰まりそうだった。刹那ほど小柄ならこの狭い洞窟を辿ることは容易いかもしれないが、イユたちはそうはいかない。

「ここからあとどれくらいなの」

「ここ抜けたら出口見える」

 出口。その言葉を希望に、頑張ることにする。

 今度も刹那からすいすいと入っていく。はじめは苦も無く歩いていた刹那だが、その彼女でさえも途中からは歩くというわけにはいかなくなった。腹ばいになって地道に進む。

 刹那の後ろはリュイスだった。何故かしんがりを嫌がったので、刹那、リュイス、イユの順番となっている。

 ひょっとすると、蝙蝠に襲われたときにしんがりに懲りていたのかもしれない。そう思ったイユが理由を聞くと、「刹那はズボンを履いているから」との訳の分からない返答があった。

 イユも前方の二人と同じように、這いずりながら道の先を進む。床も天井も、ひんやりと冷たい岩肌をしていて、イユの肌から体温を奪っていくようだった。そのうえ、時々鋭く尖った部分がある。擦り傷を作らないようにしながら、ゆっくりと確実に進んでいく。

「……刹那?」

 ふいにリュイスの声が聞こえ、動きが止まった。

 刹那の返事はない。

 イユは耳を澄ます。返事の代わりに、すっと刃物を抜くような音を拾う。何が起こっているのか知りたいが、残念ながら前方の様子が確認できない。リュイスが邪魔だ。

「何? なんなのよ?」

 誰も質問に答えない。次の瞬間、風を切る音とともに何かの悲鳴が聞こえた。人の声ではない。どちらかといえば魔物の断末魔に近い。ぞわっと鳥肌が立った。今のイユは腹ばいなのだ。この状態で魔物がやってきたら対処ができない。

 リュイスが動き出す。

「どうなっているわけ?」

 説明を求めると、ようやく答えが返ってきた。

「この先に、蝙蝠がいるみたいです」

 蝙蝠と聞いて、数刻前の出来事を思い出す。げんなりどころではない。蝙蝠の群れにはできることならもう一生会いたくないと思っていた。

 とはいえ、恐らく刹那が先行して戦っているのだろう。ずっと任せっぱなしにするわけにはいかないので気は進まないまま、リュイスの後をついていく。

 蝙蝠の羽の音が何度も聞こえる。その中を、リュイスが這いずりながら出て行った。

 リュイスの後ろ姿の代わりに、ずっと先に岩があるのを確認できた。それだけでこの先が広い空間であるのが分かる。ようやく狭い通路からおさらばだ。斬撃の音が聞こえるその中へと、イユも参戦する。

「昨日は大人しかったのに」

 這い出ながら、刹那の愚痴を拾う。体を押し出すようにして強引に出た。

 見渡した場所に多数の翼を見つけて、おもむろに納得する。どこからどうみても、数刻ぶりの蝙蝠の群れである。だが幸いにも、それほど大勢いるわけではない。あの時の十分の一にも満たない数だ。

 近くにやってきた蝙蝠を払いのけて、刹那に聞く。

「出口は?」

 ここまできてしまえば、もう蝙蝠なんぞどうでもいい。先ずは何よりも外にでることだと、イユは気持ちを強くする。

「上」

 言われて初めて上の方が明るいことに気が付いた。眩しい太陽の光がそこから射している。その出口から待望の青空まで確認できた。ロープはかかっていなかった。代わりにでこぼことした岩が使ってくれといわんばかりに飛び出ている。行きの刹那は、岩壁を伝って下りたのだろうと推測できる。問題なのは、蝙蝠が邪魔なことだけだ。

「行きましょう」

 刹那が先行して近くの岩へと飛び乗った。そのままくるっと回転しながら手元のナイフで蝙蝠を斬りつけて遠くの岩まで飛び移る。次は近くの岩へと渡るのかと思いや、真上にある岩に手を当て、体を百八十度捻ってみせた。すとんとその岩へと着地すると、間髪いれず今度は岩壁に飛びつく。足がその壁についたと思ったら、そのままはじくように近くにあった岩の隙間へと飛び移ってみせた。あの動きは、まるで猿だ。

 イユもそのあとをついていく。足に力を込め、跳躍する。一気に上までの距離をつめて岩へと着地。刹那を追い抜いて先に上へと向かう。

 こぼれる光が眩しい。視力を調整しながら蝙蝠を振り払いそのまま上へと飛んだ。一瞬、あたりが真っ白になったような錯覚が生まれる。目の前にあった地面へと転がり、思いっきり息を吸った。

 自然の香りだ。じめじめとしたあの狭い空間にはない香り。太陽の光がさんさんと降り注ぐ。

 場所は、砂浜だった。白砂に無数の岩が点在している。周りを見渡したが、イユたちが初めに入った洞窟の入口がどこにあるのか見当もつかなくなっていた。出口と入口には、実際に歩いた洞窟内での時間から考えて相当な距離が空いているのだろう。

 後方から気配を感じ、振り返る。刹那が洞窟から顔を出すところだった。眩しそうに眼を細めながらも這い上がってくる。

 そのあとを強烈な風が吹きつけた。蝙蝠が数匹洞窟から吹き上げられてくる。何匹かは地面に叩きつけられ、何匹かは上空へと退避した。

 蝙蝠の後を追うようにして、リュイスが飛んでくる。背中に翼を生やしている。個体差はないのか、レパードの翼とそっくりだ。

 着地すると、さながら鱗粉のように、翼が光に包まれる。僅かな残滓を残して、消えていった。

「その翼も魔法なの?」

 翼を生やすというよりは、背中に現れるという感じだ。

「似たような感じです」

 曖昧な答えが返ってきた。リュイス自身も理解していないのではないかと思う。

「イユは出し入れしない?」

 刹那が不思議なことを言い出した。

「は? 私には翼なんてないけど?」

 何故か考え込むような仕草をされる。

「イユは異能者?」

 今更な質問だ。

「それがどうかしたの?」

「変身、しない?」

 何が言いたいのだろう。口数が少なすぎて推察できない。

「刹那」

 戸惑っているとリュイスが珍しく咎めるような口調で呟いた。それからイユに捕捉を入れる。

「以前、一緒に船に乗っていた異能者がいろいろなものに変身できる力を使う人だったので……」

 変身と言われて浮かんだのは、人が赤い飛竜に化ける瞬間だった。

「あぁ、確かにそんな力を使う奴もいるわね」

 一人だけ、心当たりがあった。だが一人だけだ。

 正直、珍しい力だと思う。あれは、自分の存在を想像した生き物に変えられる力なのだ。

「異能者によって力の種類、違う?」

 知らなかったのか、刹那が聞いてくる。

「そうよ。私の力は能力の調整なの。悪いけど、飛竜になって空を飛ぶことはできないわよ」

 どこか納得した顔をされた。基本的に無表情であるのだが、よく見れば表情に若干の変化があることに気付く。

「だから、傷治せる」


 まさか今まで変身の異能で見た目だけ治していたとでも思われていたのだろうか。


 刹那の合点がいったところで、一行は彼女の先導で船までの道を歩き出した。

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