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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
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その169 『分かたれた道』

 何やら忙しい様子に、イユは目を覚ました。

(朝……?)

 壁に掛けられた時計を見る。朝の5時を指している。つまり、いつもと同じ起床時間。

 それにしては騒がしい。イユはさっさと準備を済ませて、廊下をばたばたと走る足音に耳を澄ませた。どうも魔物がでたという雰囲気ではないのだが、どこか落ち着かない。おかげさまで絵本の続きを読もうにも、集中力がさっぱり続かない。半分ほど読み終わり、ようやく軌道に乗ってきたというのにだ。

 そうこうするうちに、長針は30分を知らせ、レパードが魔法を解除しに来た。

「何があったの」

 飛び出るようにでたイユは、廊下の先でレパードと一緒にいたリュイスとぶつかりそうになる。いつもの組み合わせでいつもの場所で待ち構えていたというのに、如何せん周囲の様子に焦っていたのだ。

「そろそろ補給地点に着く」

「補給地点?」

 旅立ってからまだ1日しか立っていないというのに、意外な話だ。

 リュイスが補足を入れた。

「補給地点といっても島ではないです。人が複数人滞在しているギルドの停留地点。いえ、船ですね」

 リュイスの話では、ギルドは時折島と島の間の、旅人たちが通る地点に飛行船を準備しているのだという。そこで、困っている旅人に燃料や食糧を分け与えたり、近くに出た魔物の話を伝えたりするのだそうだ。最もイクシウスがギルドに好意的なのは、インセートだけだ。だからイクシウス一帯には、インセートの周辺にある補給地点を除いて他に船はない。その為、今までお目に掛かれなかったらしいとイユは納得した。

「でも、そんなところにいて大丈夫なの?それこそ、イクシウスに見つかる危険は」

 イクシウスも同じことを考えるだろうと懸念する。イユたちは補給地点に寄りたがる。それは船に乗っている以上、いつかは必ず通らないといけない道だ。そうであるからには、むやみやたらにセーレを探すより、補給地点を見張る方が容易い。

「危険は承知だ。しかし、今回は荷物があるからな」

 レパードのいう荷物の正体を知ったのは、彼らに続いて船倉に着いてからだった。

 船倉に赴いたのは初めてだった。機関室までは行ったことがあったが、その逆、甲板の真下に位置するそこを訪れたことは今までなかった。それもそのはずで、通常そこに人は入らないのだという。何せそこには数隻の船しかない。セーレほどの大きさの船に何かがあった時、そこから脱出できるように小さな船を積んでいるのだとレパードに教えてもらう。補給地点に寄るにはその船を使うのが一番危険が少ないことは、言われてイユは理解する。

 しかし、その船倉に入った途端目に入ったのは、船員たちが集う光景だった。人がいないどころか、ほぼ全員がそこに出てきていた。そして何故か皆、最後の別れみたく沈んだ顔をしている。

「何があったの」

 イユには全てを明かされていないのだということだけが漠然とわかった。

「イユ……」

 人の間を縫って、リーサが駆け寄ってくる。彼女も暗い顔をしていた。

「リーサ、何が」

「……ラダが、船を下りてしまうって」

 イユにとってはあまりにも唐突な言葉だった。

(何故、ラダが?)

 思いつくことはあった。イユが『異能者』なのにセーレに居続けようとしている。それに内心で最も反感しているのはほかでもないラダだ。とうとう自分からこんな危険を背負い込みたくなくて出て行くことにしたのだろうと、そうアタリを付けた。となると、イユとしては憂鬱以外の何物でもない。

「レパード、この騒ぎは君が原因かい?」

 イユの隣にいたレパードを見つけてか、当のラダが人の波を抜けてやってくる。この騒ぎは、ラダ自身も想定していないことだったらしい。そうすると、責任者でもある船長に声を掛けるのは至極当然のことに思えた。

 とんでもない目印と横に並んでしまったものだとイユは早速後悔する。さっさとレパードから離れておけば、当の本人と顔合わせしなくてもすんだのに。おまけに周囲の船員の視線もラダを追うのだ。今更、逃げ場などなかった。

「正直、迷惑だ。こんなに騒がれて出て行くことになるなんて」

 ラダは眉間にしわを寄せてみせるが、元が美男子なせいであまり困った様子には見えなかった。だがラダの表の顔は信用しないことにイユは決めている。

「悪いが、噂を広めたのは俺じゃない。あの時話を聞いていた他の誰かだろ」

「……シェルかな」

 ラダの言葉とともに、船員の視線がある一点へと集中する。忍び歩きで逃げようとしていたシェルが、そこにいた。元凶のイユどころでない目立ちっぷりで、何故だかほっとしてしまった。

「ぎくっ!」

 おまけに露骨な効果音を言葉にし、それだけでは乗り切れないと思ったのか「あわわわ!」とお決まりの騒ぎ文句を述べてみせる。最終的に、視線に耐えられなくなって「すみませんでした!」と謝った。

 相変わらず騒がしい奴だ。思わずイユの口の端があがった。

 今度のシェルは言い訳をつらつらと述べ始める。

「いや、だって、ラダにぃまでいなくなったら嫌だなーって、それでキドにぃに話したら……」

 近くにいたらしいキドが露骨に慌てた顔をした。

「違っ……!別に言いふらしたわけじゃ……!」

 ほかっておいたら言い合いになっただろう。

 それを察してか、ラダはやれやれという仕草をしてみせる。

「まぁ過ぎたことはとやかく言わないさ」

 イユの中で、シェルの評価が一つ付け加わった。シェルの口は、軽い。

「だけど、本当に船を下りるのかよ」

 キドが納得をしていない顔で、ラダを見やる。それに合わせて船員の視線がラダに移った。皆も同じことを考えているらしい。イユには意外だったが、ラダは皆に愛されているようだ。

「ああ。……ここにはもういられない」

 どうして。そんな顔でみている者が何人か。イユと同じく事情を知らない者も多いのだと気づく。

 そんな中、ラダがイユを振り返った。

 思わず、握りしめていた手に力がこもる。

「君について、一点誤解していたことがある」

 その言葉からは、毒も何も感じとれなかった。それだけに、イユには訝しい。ラダは一体、何を思ってイユに声を掛けたのだろう。セーレに居られなくなった理由がイユだと伝えたいのだろうか。イユはごくりと息を呑む。何を突き付けられてもいいように、ラダの前で精一杯胸を張って身構える。

 ところが、答えは予想もしないものだった。

「記憶を視られることについて、僕は簡単に考えていた。ただ人に、自分の過去と話すのと何も変わらないのではないかって」

 よく見れば甲板にある手すりの一部には、うっすらと霜が降りている。それなのにイユの握った手は汗をかいていた。

「自分がやられて初めて、そんな生易しいものではないと知った。それで君が本気でセーレにいたいとのだということに気が付いた」

 イユは自分の喉がからからなのに気が付いていた。一方で頭の中は動いていて、そうか、ラダも同じ目にあったのかと漠然と思った。あの感覚は思い出すだけで、身の毛がよだつ。

 そんなことを思ったのがいけなかった。自分の足が小刻みに震えていることに気付く。

(震えるな)

 イユは自身に叱咤した。今怯えてどうする。人の目があるこんなところで、弱みを見せてどうすると。何度も言い聞かせた後、イユはしゃんとラダを見た。

 そんなイユの葛藤を知ってか知らずか、ラダが優しげな目をして問いを投げる。

「君はこれからどうするんだい」

「え?」

 聞き返したのは、間違いではないはずだ。イユはラダが言いたいことが本当に分からなかったのだから。

「僕は、大切なものを自分が壊す可能性を一刻もなくしたいんだ。だから、ここを去る」

 周囲を見回して、ラダが宣言する。ラダの大切なもの。それは、イユと同じものだと気づかされる。そのうえで、ラダは選んだ。

「暗示にかかることの恐ろしさも、十分身に染みた。だから、出て行くよ」

 血の気が引いた。いっそのこと、批難してもらった方がよかった。いや、『異能者』が嫌だからセーレを出て行くと宣言してもらった方がまだ救われた。

 イユと同じ体験をして、同じ思いをして、それ故にラダはセーレを去ることを選んだのだと、そう彼は言い放ったのだ。そんなラダに、イユは何も言えなかった。何の言葉も紡げなかった。ただ俯いて、震えまいと手を強く握りしめているだけだ。何かいってやるべきだった。だが、何と言えばいいのだろう。イユはセーレを捨てられないのだ。どれほどセーレの皆が恋しくても、一緒にいるという喜びに、壊してしまうかもしれないという不安が負けてしまう。それを痛感している。

 イユにはラダのような選択はできない。

「それで、荷物の方も運んでおけばいいのかな」

 何も答えないイユのことなどもう眼中にないのか、ラダは再びレパードに向き直った。

「悪いな」

 近くにいたミスタが抱えていたラヴェンナをラダに引き渡す。

「これも」

 さらに刹那が拳銃をラダに渡した。

「起きた時に撃たれそうだね」

 吞気なラダの感想に、「まぁ目を覚ます前に行方をくらますのが得策だな」とレパードの声が返す。ラダがラヴェンナを抱えて、一隻の船へと進む。

 船倉からゆっくりと扉が開く。外から風が駆け込んできてイユの顔にばっとかかった。

 空の向こう側には雲がかかっていた。その先に、ぼんやりと船のような形が見える。あれが補給地点なのだということは、レパードとリュイスの話から推測できた。しかし、その様子をみても、イユはどこか遠くの世界で起きていることのように感じていた。

 クルトが不思議そうな様子で声を掛ける。

「ねぇ、いきなり女の人を抱えて下りたら、いくら何でも不審がられない?」

 そこをラダが

「まぁ、魔物に襲われて気絶していた女を拾ったから頼むぐらいのノリで通すかな」

 と返す。

「ちょうど僕がセーレから下ろしてもらう約束だったから、引き受けることにしたというのがいいだろうね」

 ぺらぺらと虚実を作り上げていく。

 その様子に何人かの船員が声を挙げた。

「「ラダ」」

 変わらない青年の態度に、思うところがあったのだろうか。船員たちは思い思いに声を掛けた。

「元気でいろよ……!」「無茶はするなよ」「馬鹿、暗示が何だよ……お前って奴は」

 悲しまれている。涙さえ浮かべている者もいる。イユがラダに持っている感情とは別の気持ちを、皆が向けている。隣のリーサさえ暗い顔をして。

 ひどく場違いな気がした。イユだけなのだ。この哀しみを共有できないのは。イユが共有したのは、過去の記憶を視られたという状況だけ。そして、その後異なる選択をした今となっては、余計に親近感など湧きはしなかった。

「ああ、皆ありがとう。レパード、一応あんたにも世話になった」

 最後は、レパードにそう挨拶をした。

「何かあったらギルドを通せ。船を下りてもお前はセーレの人間だろう」

 セーレの人間。それが授けられるのは、イユではなく船を出るラダなのだ。

「分かっている。それでは」

 船に乗り込む寸前、最後にちらっとラダと目があった。表の顔のラダは、特にイユに対して何とも思っていなさそうだった。だが裏では、イユを責めているのだろう。

 本当にセーレが大切ならば、セーレを壊すかもしれない可能性を捨てるべきだ。彼はそう伝えたかったのだろうから。ひょっとすると彼自身が去った後に残る最後の危惧を、ラダ自身の行動をもって消し去りたかったのかもしれない。

 だとしたら、お生憎さまと返すべきだったのだ。だが突然問われた時には何も言えなかった。ふいな問いかけに反論できるほど、イユの心は落ち着いていなかった。ここにいたいという思いを正当化するには、言い訳を形にするだけの時間が必要だった。

 けれど、今これならいうことができる。イユはきっとラダを見つめ返した。思い当たったこれが、きっと最後の機会だ。

「さよなら」

 私は別の道を選ぶ。それが伝わっていればいいと思った。

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