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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
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その168 『ラダの相談』

 次にレパードが向かったのは、医務室だった。

 ノックをして入れば、薬瓶を持った刹那が振り返る。彼女は甲板にでていたはずだから休息してもよいのに、すぐに医務室に駆け込んで仕事を手伝っている様子だ。休んでいる場面をみたことがないほどに、働き者で心配になる。

 その刹那の背後でレヴァスが同じように薬瓶を持って軽く揺すっている。レパードに気づき、その手が止まった。

「待っていたよ。ただ医務室ではできるだけ静かに頼む」

 了承の合図に頷いて、周囲を見渡す。

 レヴァスの隣にあるベッドではシェルが足をぶらぶらさせていた。薬の調合待ちなのだろう。だがすでにその足に絆創膏が何か所も貼ってあるのをみれば、よく無事だったと胸をなでおろすしかない。

 その手前のベッドにはアグルが横たわっているのが目に入る。快方に向かっているものの、まだ動ける状態ではない。そのため今回の騒ぎでも起き上がることはできず、ずっとベッドに釘付けになっている。動けたら動けたでブライトがアグルの近くで描いていた法陣が気になるため、不謹慎ではあるが、これでよいのだろう。

 逆に、その横のベッドで起き上がっている人物がいる。紫色の髪を下の方で束ねて肩へと垂らした青年、ラダだ。

「怪我はないのか」

 ブライトとやり合ったことだけは、部屋の状態から判明している。

 レパードの声に振り返ったラダの瞳が翳っている。そこから嫌な想像しか浮かばない。

「幸い、外傷はね」

 声は比較的落ち着いていた。そのことに安堵する。

「ただ長いこと眠っていただけにみえる」

 レヴァスが発言に補足した。ブライトの言葉を思い出す。

「記憶を視られたんだな」

 ラダにしては珍しく殊勝に頷いた。

「二度と経験したくないことにね」

 それからさりげなく毛布に手を入れる。

 レパードはつい目を見張ってしまった。毛布に手を入れる前、あのラダの手が震えているのを捉えてしまったからだ。

 慌てて視線を外して、何も見ていない風を装った。とはいえ、聡いラダのことだ。バレているだろう。

「……一体何があった。航海室にいたんじゃなかったのか」

「例の『魔術師』とやり合った。そしてこのザマさ」

 ラダの話によれば、そもそも初めにやり合ったのはブライトではなく、暗殺者であるらしい。食堂へ向かうときに偶然不審な男を目撃した彼は、その暗殺者を尾行し目的がブライトだと悟った。その時に、『魔術師』の首ぐらいくれてやってもよかったのだけど、とラダが言うので、気持ちはわかると同意したくなった。だがマドンナの約束を反故にするわけにもいかない。ブライトを殺そうとした暗殺者と一戦交えることになった。

「暗殺者を捕まえられたら一番だったと思うけど、さすがに相手は殺しのプロだしね」

 手加減は一切できなかったとラダは言った。その判断は正しい。こちらはただの少し戦慣れした船員なのだ。反して、相手は暗殺者。よく無事だったというしかない。

 暗殺者に引けをとらないナイフ術。それが日ごろの鍛錬の賜物であることは、昔からラダを知る者であればだれでも知っている。何より彼はあの日の後悔をすべてその技術に充てているのだから。

「それで暗殺の失敗を悟った暗殺者は自分で毒を飲んだと」

「大体話は知っているみたいじゃないか。その通りだよ」

 暗殺者の話はこれ以上得られそうにないとレパードは察した。片づけたという暗殺者の死体を再度調べさせる手も残っているが、恐らく大した結果はでないことが推測できた。リュイスを襲った暗殺者の女。あれは恐らく素人、いやどちらかというとそもそも暗殺者かどうかも疑わしい。自身の顔を平然と見せて、ターゲットは誰であるかレパードたちに悟らせている時点で、それははっきりしていた。

 だが今回はラダの話では顔を隠していたという。おまけにその仮面には毒が塗ってあったとも。触れたものの手が爛れるほどの毒だ。顔で誰かを特定することはもはや難しいと考えたほうがよい。そしてその手の込みようからも、暗殺業を生業としている奴だろう。おまけにそれ相応の覚悟を持って挑んできている。本業の、しかも本気を出した暗殺者を相手に、素人が素性を調べようなんて無理に近しい。

 悔しいが、ブライト自身も敵を作りすぎたせいか相手が特定できていないようだし、ここは暗殺ギルドか何かに狙われたと思うだけに留めるに限る。ただ、また被害がでないように、対策だけは考える必要はあるだろう。

「それで、命の恩人相手に『魔術師』が暴挙にでたと」

 話を次に移せば、ラダが初めに自分の非を認めた。

「いや、今回は『魔術師』を脅しすぎた僕の非だろう」

 それがあまりにも当たり前のことのように言うので、レパードは耳を疑った。

「どうも僕が殺そうとしていると思われたみたいでね」

 念のために、確認をとる。

「……まさか、暗示にかかったわけじゃないよな?」

 ブライトを擁護する発言が、ラダの口から出るなんて、あり得ないことのはずだ。

 本人もすっかり自信を無くした様子で、頷いた。

「そうじゃない、はずだ。少なくとも、あの『魔術師』に好感情は抱いていない」

 ブライトが暗示を掛けるとしたら、一体どんな手を使ってくるだろう。暗示に掛かっているとすぐにわかるような手を使うだろうか。否、使うはずがない。わざわざ自分が危険だとアピールする間抜けではないだろう。

 そのことはラダも察しているのだろう。煮え切らない顔がより一層影を帯びる。

「レパード」

 ラダが意を決したように呼んだ。皆に船長と呼ばれるレパードに、ラダは決して良い感情を抱いているわけではないことをレパードは知っている。

 それでも、その時のラダの瞳は真っ直ぐにレパードを見ていた。彼がこうなる時、それがどういう時かはレパードがよく知っている。

「相談がある」

 それこそ、重々しい内容であることは十分に察しがついた。

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