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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
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その166 『荒れた部屋の調査』

 道中で出くわしたのは、リュイスと、よりによってイユだった。ブライトの部屋の隣、つまりイユの部屋から出てきたのだ。恐らく、足音を聞き付けたのだろう。

 イユのことをすっかり忘れていたとレパードは後悔した。一度ブライトを連れずに赴くべきであった。

「ブライト!」

 嬉しそうに駆けつけるイユに、ブライトは手を上げて答えてみせる。

「イユじゃん、やっほー」

 これが仲睦まじい女の子同士の会話だったら安心できたのだが、現実はそうではない。計算高いブライトはそこにリュイスもいることを確認すると、同意を求めるようにイユたちに助けを求めた。

「ねぇ、聞いてくれる?このおじさん、デリカシーないの」

 そのまま続けようとするので、レパードはつい突っ込みを入れた。

「誰がおじさんだ、誰が」

「死体と一緒に寝ろっていうんだって」

 物騒な言葉に、二人の顔色が変わった。

 まぁそうなるよなとレパードは天を仰ぐ。仮に暗示にかかっていなくても、この言葉に驚くなというほうが無理だ。

「大袈裟なことを言うな、死体は片付けてある」

「誰かが、亡くなったのですか」

 すかさず、リュイスが質問を入れる。

 まず心配するのはそこだろうとレパードも思う。セーレの誰かが欠けたのではないかという不安は、こういう場合に真っ先に浮かび上がる。レパードたちは残念ながら、死に接する機会が多い。だから万が一にも仲間が死んだことはないだろうという楽観視は、決してできなくなっている。人はいつもふいに死ぬものだ。

「セーレに被害はない。恐らくこいつ狙いの暗殺者だ」

 その言葉に、イユの顔が曇った。

「ブライトの……」

 そう零してから、レパードに向き直る。

「そんな場所に戻したら危険なんじゃないの」

 イユがブライトの身を案じているのはすぐに分かった。

「どこにいても同じことだ」

 それでも、レパードはそう言うに留めた。

 不満なのだろう、イユは怪訝そうな顔のままだ。

「それで、とりあえず部屋の惨状を見に来たんだよ」

 そんな中、既に惨状を知っているはずのブライトが、目的を告げる。

 レパードは内心頭を抱えた。ここまできたら間違いなく二人ともついてくるだろうと思ったからだ。

 案の定、そのつもりになったらしい二人は互いに顔を見合わせて頷きさえしてみせた。常に一緒にいるからか、最近二人の鼓動が合ってきたようにも思えてレパードとしては不服だ。リュイスが暗示にかかっているイユと慣れ親しむのは、レパードとしては不安要素にあたるのだ。

「イユは部屋で寝ていろ」

 レパードの言葉に、イユは難色を示した。ここまで聞いて他人事にはしたくなかったのだろう。だが、リュイスとの関係以外にももう一つめんどくさいことがあるのを思い出したのだ。つまり、ブライトの部屋にはブライトを括り付けるために用意された椅子がある。ブライトを縛った状態で隔離していたなどと知られるのは、間違いなくイユの反感を買うことになる。そうなっては、今後いろいろと面倒だ。

 何か言ってやれとレパードはブライトに目で合図を送った。ブライト自身の言葉ならば、イユも納得するはずだ。

 ブライトは、少し考えたそぶりを見せた後、イユに笑いかけた。

「イユは疲れたでしょ。部屋に戻って休んでいたらいいよ。あたしも部屋を見たら寝るし」

「え……」

 イユはまるで捨てられた猫のような顔をしてみせた。なんだかその顔を見ていると仲間外れにしているようで、罪悪感すら湧いてくる。

「分かったわ」

 しかしその表情も一瞬のうちに引っ込んだ。自室の扉を開けてすんなりと中へと入っていく。ブライトの言うことであれば、やけにすんなりと受け入れるようだ。

 レパードは、すぐに意識を集中させてドアノブに魔法をかける。本人の気持ちが変わらないうちにと、急いだ。

 とはいえ、本当のところを言うと、初めてイユがイクシウスの烙印を押されていることを知った時にかけた魔法に比べれば、はるかに弱いものをかけている。あれは、つきっきりでドアの前に立って意識を集中させていたので、正直体に堪えた。今は、ただドアノブの先に静電気をためているだけだ。これでも触るとそれなりに痛いらしく、大抵の人物は好き好んで触らない。最も異能の力で蹴破りでもすれば、恐らく効果はないだろう。だが幸いにもイユはそのことに気が付いていないのか、いつも大人しく待っている。それに何より、暗示をかけた張本人が、イユは出られないと考えることこそに大きな意味がある。今の魔法をかける様子をブライトに見せることが何よりも大事なわけだ。

「これでよし、と。リュイスは休んでいていいぞ」

 ついでのように、リュイスにもそう進言してみせたのだが、見た目より頑固なこの少年は首を横に振ってみせた。

「僕は部屋の様子を見てから休みます」

 そう言いながら、誰よりも先にブライトの部屋の扉を開けた。

 リュイスに続いて中に入ると、僅かだが血の匂いが掠めた。

 なるほど、ブライトが嫌がるのもさすがにわかる。とはいえ、匂いは残っているものの血自体は見た限りでは拭き取られていて、死体も当然ない。ただ、部屋の中央にブライトを括りつけていた椅子が置かれていて、その近くに千切れた紐が落ちていた。

 その切れ方に、片づけをしていた船員も気になったのだろう。わざと残してあることが推測できた。

「お前、刃物でも持っていたか」

 そう問いたくなるほど、ブライトの手首を締め付けていたはずの紐が綺麗に切られている。力づくで解いたのならば、こうはならない。

「魔術を使ったのでしょうけれど、どうやったのですか」

 手首を縛ってしまえば、法陣は描けないと踏んだのだが、どうもこの『魔術師』に常識は通用しないらしい。

「えっと、『頑張って』?」

 力押し理論にため息もでなかった。

「そりゃ、随分努力したこった」

 言葉通り『頑張った』とわかったのは、椅子に近づいてからだ。椅子の僅かな部分に、爪で引っ搔いた跡ができていた。それが法陣を描いていて、納得する。なるほど、今度からは爪の状態もチェックしないといけないらしい。

 椅子から離れた場所では、ナイフが落ちていた。床に、3本。それぞれが別々の場所に落ちている。

「ラダのものだな」

 近くに法陣が描かれているのも見つける。それから、拭き取られたとばかり思っていた血をここで見つけた。浴室に入る手前の壁に、血で法陣が刻んである。明らかに、ここで魔術を使ったと分かった。

(ラダと闘ったのか)

 暗殺者と一戦交えたのは、想像がつく。だが、実際にラダのナイフが飛び散っていれば、相手はそれだけに留まらなかったのだろうことも把握できた。

(ここで、ブライトの言い分を聞いたところで正当防衛と返ってくるのがオチか)

 事実はともかく、それで通すつもりだろう。

「それで、暗殺者に襲われたお前はどうやってのこのこと俺らの元に来ることになったんだ?」

 一番しっくりこないところを追及するが、答えるつもりは毛頭ないらしい。

「うーん、かくかくしかじかって感じ?」

「おい」

 全く訳が分からない誤魔化し方だ。火花ぐらい飛ばして脅してやりたいが、リュイスがいるので控えざるをえないのが悔しいところだ。イユに暗示を掛けられた時にはさすがに黙っていたリュイスだが、基本的に魔法や暴力で脅すのは反対の平和主義者だ。叱られるに決まっている。このあたりを計算してリュイスに声を掛けたのだとしたら、相変わらずの念の入れ方だと呆れてやりたい。

 しかし、本当に奇妙なのだ。自分の命が狙われていると気づいて、つい魔術を使ってしまったとする。いつでも魔術が使えることがばれた時点で、ブライトは本来何をすべきだろう。まさか、危険が迫っているかどうかもわからないレパードたちを探して船を出ることではあるまい。

「それにしても、暗殺者ですか……。物騒ですね」

 リュイスが感想を洩らす。

「お前も、妙な女暗殺者に付け回されていたがな」

 しかも、まだ追い回されてから一日と経っていない。

「そうですね……」

 何か言いたげな顔でレパードを見やりつつ、リュイスはそう頷いた。

 それで何となくレパードも言いたいことを察する。誰かに命を狙われているのはリュイスだけではなく、レパードも同じだ。

「いやぁー、人気者は辛いね!」

 殺されるほどの人気とは、それはよほどだろうと皮肉に思いつつ、レパードは大袈裟に部屋を見回した。そろそろリュイスには帰ってもらわないと、困る頃合いだ。

「もうこの部屋を見ても得るものはないな」

 そう呟きながら、レパードは部屋の棚から適当に紐を見繕う。気絶させるにしても、どのみち紐で縛るためだ。

「リュイスはいい加減に休め。いざという時にいないと皆が困るからな」

「それは大事!また船に追いかけられた時にリュイスの魔法がないと困るよね」

 ブライトの声もあり、必要な情報も得られないと悟ったのか、今度はリュイスも大人しく頷いた。正直なところまだ話したそうな顔をしていた。だが、この場にブライトがいたのが逆に良かったのであろう。ブライトに情報を与えてはならないと思ったのか、追及はしてこなかった。

 だが、レパードはリュイスの言いたいことに気が付いている。命を狙われるのはリュイスやブライトだけではない。同じようにまたレパードもある人物に命を狙われている。それは何故なのかと。

「じゃあねー!」

 吞気に手を振ってリュイスを見送るブライトに、やれやれと溜息をつく。追い返す手伝いをしてもらったことに、感謝でもすればよいのか。リュイスを追い返した時点でどうなるかわかっているのだろうに、あくまで明るい態度のブライトが相変わらずよくわからない。無言で紐をかけはじめるレパードに、ブライトは下手な鼻歌まで歌っている。死体のあった部屋にいるのは嫌だといっていたはずだが、そこは我慢するということらしいと勝手に解釈した。

「あ、待って」

 大方絞め終えた後で、ブライトが声を掛けた。

「何だ」

 レパードはこっそりと唾を飲み込む。リュイスが言及しなかったことについて、ブライトが突っかかってくるのかと思ったのだ。勿論、この『魔術師』にはたとえ無関係の情報でも塵一つ渡してやりたくはない。そのためにリュイスもブライトを前に口は開かなかったのだから。だが、それとは別に、どう口にしたものか迷う感情がレパードの中で燻っているのだ。

「……あたし、次のご飯はカレーがいいかなって」

 意外な言葉に、すっかり呆れるよりほかになかった。

 安堵するとともに、どうやら死体のあった部屋でカレーを食べたいらしいと、ブライトのいうことを頭の中でぼんやりと繰り返す。よくも、人のことをデリカシーのないおじさんだといったものだ。カレーなんて言葉が出てくるのだ、やはり死体のあった部屋にいたくないなどというのは本人にとっても戯言だったのだろう。

「考えておいてやるよ」

 かろうじてそう答えて、お別れの挨拶にと魔法を送った。

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