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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
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その165 『情報が漏れている』

「ねぇねぇ、あたしはどうなるの?シェイレスタには本当に行かない?」

 吞気な声に、レパードは疲れた頭を抱えたくなった。先ほどまで戦艦のことを考えていたのだが、そういえばここに問題児がいたのだ。

「船長、その件で報告したかったのですが」

 キドが恐る恐るといった様子でブライトを見ながら口を挟む。大体察しはついていた。今航海室にいるのは、レパードとブライトを除けば、副船長のクロヒゲに通信士のキド、操縦士のベッタの三人。いつもいるはずのラダがいないのだ。勿論、非常時でなければ休憩中であることも考えられるのだが、ラダの性格上このような事態になれば必ず出てくると知っている。

「その『魔術師』のいた部屋で、見知らぬ男が一人死んでいました。その脇になぜか目を覚まさないラダもいて……」

 まず聞くのはラダの容態だろう。

「幸い、傷はないようです。今は医務室にいます」

 くるりとその『魔術師』に目を向ければ、慌てたように目を逸らされた。

「何かいうことはないのか」

「大丈夫、大丈夫。何もしてないよ」

 そんなわけはないだろうと思った。

 胡乱な目を向けられていることに気づいたのか、ブライトは観念したように向き直る。それだけでは足りないと思ったのか、少し思案した後、両手をすり合わせて、上目遣いまでしてみせた。

「ちょーっと、気絶してもらっただけだって。ほんとだよ?」

 レパードは内心溜息をついた。全く鼻持ちならない。

「……縛り付けてもこれなら、もうずっと眠ってもらうか」

 殺さないだけ寛容だろうと、心の中で自身の寛大さを褒めてやりたくなる。

「ちょっとちょっと、何か危ないこと考えてない?!ほんとだって、害のあることはしていないって!」

 ブライトの慌てた様子からは嘘は感じられないが、レパードは基本的にこの『魔術師』を信用しないことに決めている。

「ちょっと暗示をかけただけだってか?」

「そ……、うじゃないって!」

 釣られて頷きかけたのが、大層怪しい。

「大体、正当防衛だよ」

 眦を下げてブライトは悲しそうに言った。

 レパードはその態度に対し話半々に聞いている。大体、今更どの口がそんなことを言うのだろう。人を人と思わない『魔術師』の言葉に惑わされるぐらいならば、気絶させるのもありかと真剣に考える。

 ブライトは、そのレパードの顔に思うところがあったのだろうか、ようやく白状してみせた。

「……最近の記憶は少し視たけど、本当にそれだけだから」

「それ、それだけって言えるものではないだろ」

 全く人をなんだと思っているのだろうとレパードは怒りを通り越して呆れ果てる。しかも白状したことがどこまで本当かどうかわかったものでない。レパードの瞳の裏に、イユの姿が浮かんだ。暗示にかかったかもしれない。その疑惑の対象者が、広がった。

「え?ちょーっとここで、君たちがヴァーナーをからかっているのを視ただけだよ。あと、なんか古い写真かな?それを引き出しにしまうのを視たかな」

 それがあまりに生生しいのがいけなかったのだろう。何の写真か、察せられたのが特に。

「……っあんたなぁ!人の記憶をぺらぺらと」

 キドが顔を赤くして、ブライトに掴み寄ろうとした。間にベッタが入らなければ、子供相手といえども容赦しなかっただろう。

「どいてくれ!一発ぐらい殴らせてくれたって」

「だめだ、冷静になれって。……あれでも、マドンナ直々の依頼の、護送対象だぜ」

 ブライトは、キドの反応をきょとんとした顔をしてみている。

 レパードには、キドの気持ちは十分に理解できた。ブライトはさらっというが、記憶を視られるというのは決して心地よいものではない。各々、見られたくない過去の一つや二つ持っているものだ。ブライトはこと記憶を視るという行為に関して、どこか感情が欠落しているようにしか見えなかった。

「……それで、見知らぬ男というのは?」

 ブライトに詰問したところでまともな回答は得られない。諦めてクロヒゲに訊く。

「分かりやせん。ただ、暗殺者の部類でしょう」

「暗殺者?」

 物騒な言葉だ。

「死体を処理しようとしたジルの奴が、怪我を負いやした。死体を触った手が爛れたんでさぁ。レヴァス医師に診てもらったのでやすが、どうもそいつの皮膚に猛毒が塗ってあったみたいで」

 レパードは、知らず乾いていた唇を舐めた。少しセーレを留守にしている間に、大変なことが起こっていることが察せられた。

「ジルは無事なのか」

「幸い、すぐに処置は済ませました。毒を舐めたわけじゃないので平気だそうでやす」

 無事と聞いてほっとする。少なくともセーレ側に死傷者はでていないらしい。それから、状況を簡単に整理した。何せ、全く訳の分からないことが起きている。ブライトを隔離していたはずの部屋で、どこからともなく入ってきた暗殺者が死んでいて、ラダは倒れているときたのだ。おまけにその暗殺者に狙われたと思われる当人は部屋から逃げて、レパードたちと遭遇しているわけだ。一体、何が起きたというのだろう。

「……正当防衛といったな?」

 ブライトを見やると、頷き返された。あれは、わざと呟いたのだ。恐らく自分のした行いが正しいことを立証するために撒いておいたつもりなのだろう。そうとくれば、そこに追求するのは時間の無駄だ。必要な情報だけを問い詰める。

「その暗殺者に覚えは」

 ブライトは首を横に振った。

「ないない。あたしとしてもどこの国のか特定したいところだけど、死なれちゃね」

 記憶を視るという魔術は、どうも死者には通用しないらしい。暗殺者は、暗殺に失敗した後、記憶を読まれないために自死を選んだのではないか。レパードはブライトの証言から、漠然とそう推測した。分かってはいたが、ブライトには敵が多い。セーレに侵入する暗殺者とは、全く余計な危険を持ち込んでくれたものだ。

(これは今回、死者がでていないのは運がいい以外の何物でもないな)

 いや、そうだろうか。レパードは考え直す。運がいいのは間違いない。だが、その暗殺者はこれほど大勢のセーレの船員がいる中で、よく見つからずにブライトのいる部屋を特定できたものだと思うのだ。そこで一つの可能性にたどり着く。

 そう、いないとは言い切れない。セーレの船員の殆どは『魔術師』に好感情を持っていない。いくらマドンナの命令と伝えても、人は理屈だけでは生きていない。心の内で憎しみをもつ者が暗殺の依頼をだすことぐらい考えられる。

 ブライトは脇が甘い。確かに、ブライトが死んだことがばれたら、それにより死ぬかもしれない存在がいる。それはリュイスをはじめ一部の船員にとっては人質になるかもしれない。だが、イユの生き死にをどうでもいいと思っている人物ならばどうであろう。

 そこまで考えて、嘆息した。少女一人の死を気にしない船員がいるなんて、考えたくもない話題だ。それにいくら憎んでいるからと言って、自分のいる船に暗殺者を招き入れる船員がいるとも思いたくない。

 とはいえ、そう考えなければもう一つの最悪な想像に繋がる。つまり、ブライトを殺したいと思っている第三者の意図を引いた、内通者がいるという考えだ。

 考えてぞっとした。今までならイユが真っ先に怪しいと思われていた候補だろう。第三者はイクシウスで、ブライトを消したいと思っている最も有力な国だ。

 だが、今は違う。イユはブライトの暗示にかかっている。だからイユはシロだ。そして、次に怪しい人物については、手紙のやり取りでどこまで詳しく書いているか次第だろう。

「……暗殺者は置いておくとして、部屋は」

「女たちがいるのでさすがに死体は片づけましたが、まだ殆どそのままです」

 キドが不満そうな顔を隠せないまま、そう答えた。

「わかった、とりあえず見てみよう」

 ここで考えても埒が明かないしなと内心付け加える。先ほどの可能性は、確証のもてない内は自身の中に留めておくに限るだろう。

 レパードの視線に気づいたブライトが、訊かれてもいないのに「何々」と口を開く。無邪気な表情を装っている風に、お前のせいだと言いたくなった。

「……お前も来い。他に部屋もないしな」

 どちらにせよ、航海室に置いておくのは危険すぎる。

「え……、まさか女の子に人が死んだ部屋にいろって言っている?」

 今更女の子とか言い出すクチかと思ったが、声には出さなかった。

「船長、一人で大丈夫でやすか」

「あぁ」

 必要なことを聞きだしたら気絶させるつもりで、レパードは頷いた。

「道中に出くわしたどいつかを同行させる」

「わかりやした」

 クロヒゲの返答を聞きながら、ブライトの首根っこを掴んで、引っ張っていく。

「えー!いやだー!デリカシーない!なさすぎぃ!」

 ブライトの文句を喧しく思いつつも、目的の部屋へと急ぐ。

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