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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
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その164 『優しさの弱さ』

「船長。見たところ、イクシウス戦艦はいないみたいだ」

 シェルの報告で、イユはようやく自分の仕事を思い出した。同じように周囲を探る。確かに船の一隻どころか、鳥の一羽も見つからなかった。せいぜいが、あちらこちらに小島が点在しているだけだ。魔物の影もない。長い夜の終わりが、ようやく窺えた。

「各員、警戒レベルは維持するが、交代で休みを入れるように。何かあったらすぐに航海室に連絡しろ」

 レパードの指示で、一気に船員たちの緊張がほどけたのが伝わった。

「シェル。休憩はどうするの?」

 ほっとしたイユが訊けば、シェルは答える。

「ねぇちゃんは先に下りて。リュイスにぃちゃん、疲れているだろうし」

 言われてから思い出す。一応、リュイスは監視役なのだ。監視役を休ませるためには、イユも休むしかない。

 とはいえ、見張り台でシェルと行動している時点で、監視も何もない気はした。だが、ラダやヴァーナーのような船員もいるので、ここは大人しく従うことにする。

「シェルは休憩しないの?」

 首を横に振られた。

「レンドにぃちゃんあたりに頼むよ。呼んできて」

 そうと知れば、安心だ。かすり傷とはいえ、シェルは魚の魔物に食べられそうになったわけだし、さすがに休憩なしは酷な気がしたのだ。

 イユはすぐに梯子を下りはじめる。

「お疲れ、イユ」

 下りきったところで、ミンドールが声を掛けてきた。

「お疲れさま」

 返す合間に、リュイスがやってくるのが視界の端に入る。

「リュイスも」

 気になって、付け加えてから、改めてリュイスの様子を確認する。

 外傷はない。だが、その顔には覇気がなく、どこか青白い。目も少し虚ろで、明らかに疲れが出ていた。「いえ」と言うだけで、リュイスの反応も、心なしかいつもより鈍い。

 これはやはり、休ませてやるべきだろう。

「レンド、シェルと見張りを交代してやってくれ」

 イユの言伝の前に、ミンドールはさっさと指示を飛ばす。

「君たちは休憩だ。いざとなったら呼ぶからよろしく頼むよ」

 いざというとき。それは再び魔物に襲われたり、イクシウス戦艦に追いかけまわされたりするときだ。そんなときは二度ときてほしくないと望みながら、イユは自室へと向かった。


「……レパードはまだのようですね」

 自室の前に立ったイユは、リュイスの言葉を聞いてげんなりしてしまった。全くこういう時に不便なのだ。リュイスを早く休ませようにも、レパードが来ないと休めないときた。

「部屋に入って待ちましょう。椅子ならあるし」

 立って待つよりは座っていた方が幾分か休憩になるだろう。そう思って提案したのだ。

 ところが、リュイスが首を横に振る。

「大丈夫です。部屋の前に立ってないと、レパードが気づかないかもしれませんし」

「それこそ大丈夫よ。私、耳は良いから」

「いえ、しかし……」

「いいから、入るわよ」

 イユの有無を言わせぬ物言いに、リュイスはとうとう押し負けた。

 イユが部屋を開けて、リュイスを通す。

 部屋の持ち主自身が入れと言ったにもかかわらず、「失礼します」と律儀に挨拶なんてするところは、疲れていたとしても変わらないらしい。

 二人で部屋の中に入ったところで、椅子を用意して座らせる。せめて飲み物ぐらい出せたらよかったが、あいにく食堂までもらってこないといけない。それこそレパードとすれ違いになる危険がある。そこまではできないだろう。

「すみません」

 何度目かになるリュイスの謝罪には、相変わらず覚えがない。

 とはいえ、座らせて正解だった。レパードは中々来なかったのだ。そのうちに、リュイスがうとうとし始める。やはり相当疲れていたらしい。

 しかし、眠いならベッドを使うかと提案したところ、思いっきり首を横に振られてしまった。別に気遣う必要はないのにと、イユは首を捻る。とはいえ、確かに見張り役が寝ていたら見張りにはならないだろう。

 イユの発言のせいですっかり目が覚めてしまった様子のリュイスに、イユは聞いてみることにした。

「風を操る魔法は、やはりそれなりの集中力を使うものなの」

 リュイスはこくんと頷く。

「風に限らないとは思いますが、ずっと同じ力を使い続けるのは疲れますね」

 本当はイユの力でも同じことがいえるのだろう。ただ、同じ力を使い続ける機会が今までないだけだ。

 イユは想像を働かせて、リュイスの疲れ具合を推し量る。恐らく、意図的に深呼吸を続けようとするのと同じなのかもしれない。1回や2回ならば何ともないが、それを100回以上続けるとなると疲れてくる。これがただの呼吸ならば、無意識でも行えるだろう。しかし魔法や異能はそうはいかない。無意識で発動してしまった力が、場合によって暴発してしまうことがある。

 そこまで考えてから思い当たった。イユの力はよくよく考えれば、無意識で発動している場合もあるということに。

 例えば毒を服用してしまったときだ。体の治癒力を高めようとすれば、無意識に毒にも抵抗している。あとは大怪我を負ったときもそうかもしれない。痛みを感じないようにしていたことは、鎌使いの女、アズリアに異能を封じられて初めて気が付いた。

 だからその気になれば、無意識下でも異能を使うことはできる。

 そして、これまでのことを振り返る限り、魔法も異能も似ているのだから、できる可能性は高い。

「そうすれば、もっと集中力を使わずに使えるようになるとは思うのだけれど」

 イユは自身の考えをたどたどしく語った。それができさえすれば、疲れなくなるはずなのだ。とはいえ、その無意識と意識の線引きが難しい。一つ間違えれば、暴発して大惨事だ。思いつきで言ったイユにも、その線引きまでは語れそうにない。

「イユの考え方は、合っているとは思います。ただ、僕にはそれができるようになる自信がありません」

 イユの前ではいつも完璧なリュイスが、そうやって無理だと発言したことに、意外にすら感じられた。それだけ疲れているということだろうか。

 不安を抱きつつも、「どうして」と聞くイユに、リュイスは少し視線を反らす。それから時間を空けて、ぽつりと呟いた。

「僕は一度魔法を暴発させたことがあるんです」

 きっとそれは本人にとって語りたくない過去なのだ。それが分かるぐらいには、リュイスの顔は蒼白だった。

 イユはリュイスに休んでもらいたくて、椅子に座らせたのだ。追い詰めるためではない。だから、無理に話す必要はないと止めたくなった。

「ランド・アルティシアで会った女性は、僕を仇だと言いました。多分、暴発のことを言っているんだと思います」

 仇という響きに、イユは固まる。それは、イユにも決して他人ごとではなかった。

「あのとき、カルタータが襲われたとき、僕が放った魔法で、きっと、大勢の人が亡くなりました」

 リュイスは言葉を紡ぎ続ける。

「だから、ついセーブを掛けてしまうんです。もう二度と暴発を起こさないように、強く意識してからでないと魔法が放てなくなっています」

 それがリュイスの弱さなのだと、イユは知った。優しすぎて後悔をしすぎて、踏みとどまってしまう。

 しかしこの状況を、果たしていつまでも続けられるものなのだろうかとも思う。今回は無事に雲の原を抜けることができた。だが今後同じような問題が遭遇したとき、リュイスは今のような魔法の使い方でこの先やっていけるのだろうか。

 いや、そもそもそこまで考えるのが傲慢なのだろう。本来、人間はこのような魔法の力など備えていない。力があるからといってそれに頼ってしまうのが、既にリュイスに甘えている証拠だろう。その結果がリュイスが過去に起こしたという暴発に繋がるのではないのだろうか。

 そこまで考えて、イユははたと気が付いた。確かにあの時あの女は言ったのだ。カルタータの、皆の仇だと。そして、リュイスも先ほどそう言った。散々聞いていたわけだ。

 それなのに、イユはこの事実と結びつけていなかった。

 確認するように、リュイスに問う。

「ねぇ、その話だとあの時の襲ってきた女って、カルタータ出身で間違いないの?」

 リュイスは、そうであろうと頷いた。

 カルタータ出身者が、リュイスの命を狙う。同じ境遇の者たちなのに、手を取り合うことができないという現実を、イユはこの時になって初めて噛みしめる。そして、ただただ愕然とした。

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