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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
155/992

その155 『さよならインセート(終)』

「ほら!こっち、こっち!」

 ブライトに急かされ、イユは慌てて彼女についていく。女との距離が離れたためか、僅かに力が戻ってきている。それに、ブライト自身も普通の人の速度で走っているので、イユでも追いつくことができた。

 走り続けるイユをみてか、レパードやリュイスも、仕方ないという様子で、ブライトの後を追っている。

「まさか、『魔術師』」

 抱えられたままのラヴェンナが、先ほどの出来事から驚きを声にする。『異能者』や『龍族』がいる中に、まさかそんな存在が現れるとは思ってもいなかったのだろう。

「どういうこと」

 レパードへの詰問は納得の反応だった。

「話はあとだ」

 レパードの言葉に、ラヴェンナが悔しそうに唇を噛む。

 イユたちが走り続ければ、ようやくノキの酒場が見えてくる。さらにその先に、セーレがあるのを捉える。

 これだけの騒動があったからイユは内心心配していたが、見た限りではイクシウスの兵士たちに襲われた様子はない。少なくとも外見は出発前と全く変わらない。

 力が戻ってきたからと、目にも意識を持っていく。

 見張り台で、双眼鏡を持ったシェルが見えた。手を振って、甲板にいる船員に合図を出している。

「はい、おまけ発動」

 ブライトは走りながら、ナイフで線を描く。

 その途端、法陣が完成し、小さな光が溢れ出た。それは追ってきた兵士たちに殺到する。

 思わずといった様子で兵士の何人かが足を止めるのが、分かった。

 光はあっという間に霧散してしまったが、イユは驚きを隠せない。先ほどと言い、本来『魔術師』の法陣は描くのに時間がかかるのが難点だったはずだ。それをいとも簡単に覆してみせる。この程度は、ブライトには朝飯前ということのようだ。

 だがその分、手の甲には無数の傷がついている。これ以上、傷をつける場所はないようにも見受けられた。

「出航準備、完了です!」

 セーレからは声が響いた。「準備完了」の声が何度も木霊する。いつでも発てるように動いているらしい。そして、そのことを船長たるレパードに伝えるべく、船員たちが叫んでいるのだ。

 イユが伝えるまでもなく、その声はレパードの耳にも聞こえたようだ。

「船を出せ!」

 レパードは叫びながら、どこにその力が残っていたのだろうかと思う速度で走り出した。

 負けてたまるかとイユも速度を上げる。異能さえ回復すれば、遅れはとらない。

「ちょっと、待って!待ってったら!」

 魔術については天才的だったブライトだが、体力となると話は別らしい。何やら喚きながらも、どうにか最後尾についてくる。この分なら、大丈夫そうだ。

 最初にリュイスが、次にレパードとラヴェンナが、それからイユが船へと入り込む。

 ふわりと体が浮く感じがして、セーレが動き出した。

 間髪入れずに刹那が入り込み、浮いたセーレを必死に掴んでブライトが這い上がってくる。それに手を貸しながら、イユは船内を見渡す。

「なんか、いつも慌ただしいよね」

 まず初めに目に入ったのは、呆れ口調で立っていたクルトだった。

「全くその通りよね」

 イユはそう返しながらも、考えてしまう。

 むしろ慌ただしい今この時が常であり、インセートにいられた時間が異常だったのではないのかと。あの日常は、ギルドとイクシウスという妙な関係の間だからこそ守られた秩序のなかにある。だが、こうして追われることになった以上、それも終わりを告げる。日常は終わり、平穏は戻ってはこない。シェイレスタにたどり着いても、追われる身の上である以上、それはきっと変わらない。

「状況は」

 レパードは、クルトの隣にいたミンドールに報告を求める。

「乗員全員、集合完了です。『魔術師』が一度逃亡しましたがこうして戻ってきましたし」

 事態が事態だからか、こういう時ミンドールは敬語を使うようだ。

「イクシウスの艦隊は」

「数刻前に大半が帰りましたから、見渡す限りにはいません」

 国王の崩御で、招集がかかったようだとミンドールが推測を述べる。

 レパードの策も、イレギュラーさえ起きなければあながち悪くなかったのだろうと思わされた。

「問題は陸の奴らか」

 話をする間にも、船は瞬く間にインセートから離れていく。

「追いつかれる前になんとか巻きましょう。目的地に変更はなしでいいですか」

「いや」

 レパードがちらりとブライトを見た。

 ブライトは体力の限界だったのだろう、地面に這いつくばって、まだ荒い息をついている。だがそれでも、視線に気づいて顔をあげた。

 レパードは向き直って、宣言する。

「目的地は、北だ」

 話が違う。イユは、真っ先にそう思った。セーレはシェイレスタに向かうのではなかったのか。北ではイクシウスに戻ってしまう。マドンナの命令はどうなったのだ。

 驚いたのはブライトもだったらしい。

「シェイレスタと真逆じゃん!」

 驚きすぎたのか、ごほごほとむせる。

「わかりました。急がせます」

 ミンドールは、近くにいたレンドに手で指示をした。クロヒゲに伝えろということであろう。

「ちょっと、それって……」

 文句を言おうとして近づいたイユだが、それよりも前にラヴェンナが行動を起こした。

「いい加減、下ろして」

 むっとした口調に、察する。

 確かに船員たちに抱えられている姿をじっと見られ続けるのは、イユだったら耐えられまい。

 悪いと思ったのかレパードも下ろそうとし、そこで動きがあった。

 イユの目にもかろうじて、ラヴェンナが右手で銃を引き抜こうとするところを捉えられた。

 だがその前に、レパードの手がラヴェンナの手首を捻る。すかさず左手も縛り上げると、身動きがとれないように固定した。ちょうどレパードに背を向ける形だ。

 再びラヴェンナが手を動かそうとしたが、それもがっちりと抑え込められてしまった。

 イユはレパードに腕を握られたことを思い出す。あの時は痣になった。恐らく、今回も同等の力が入っているのだろう。

 ラヴェンナの顔が苦痛に歪む。

 足が僅かに動いたのをみて、気が付いた。きっとレパードを蹴ろうとしたのだ。だが、足の怪我で痛みが走った。

「悪いが、こいつらを逃がすまでは死ねない」

 その声はあまりにも小さくて、異能を使えるイユや近距離にいたラヴェンナにしか届かなかったのだろうと思われた。

 そして、それを聞いたラヴェンナの目が見開かれる。すぐにその目が細められた。

「逃がしたら大人しく殺されてくれるわけね?」

 ぞっとするほど冷たい声だった。二人に何かあったことはアルティシアでの様子で十二分にわかっている。だが普段とは打って変わったその声に、シーゼリアが重なった。

 イユはついレパードの顔を見てしまう。どんな表情をしているのか、何を答えようとしているのか想像がつかなかったからだ。

 しかし、レパードは表情を顔に出さず、何も答えなかった。代わりに「刹那」と声を張り上げる。

「ラヴェの銃を預かっておいてくれ。傷はつけないようにな」

 呼ばれた刹那は言われた通り、ラヴェンナの腰にささっている銃を抜いた。

 ラヴェンナの苦渋の顔とレパードの言葉を吟味し、イユは呆然とする。撃たれていたかもしれないのに、相手の銃を傷つけないようになどと、よくも注意できるものだ。イユがシーゼリアに会ったときは、そんな気遣いはおろか、何もできなかったというのに。

 そもそもと、イユはそこで首をひねった。言及する余裕がないからここまできてしまったが、この二人は一体どのような関係なのだろうと。図らずもリュイスの気遣いは正解であったと、ラヴェンナの瞳を見れば確信できる。だが、短い間とはいえ付き合ってみたのでわかる。ラヴェンナはそんなに悪い人間ではない。少なくとも『龍族』や『異能者』に固執しない珍しいタイプの人間だ。それがレパードには憎悪のこもった目を向ける。気に掛かった。

「あ、船長!」

 突如、見張り台からシェルの声が響いた。

「どうした」

 声を張り上げるレパードが、逃げているようにも映ったのは一体なぜであろう。

「イクシウスの戦艦が」

 船は先ほどから速度を上げている。その為、風の音が激しい。そのせいで全てが聞き取れなかった。とはいえ、肝心な言葉は聞き取れたので、イユもヘリへと身を乗り出す。有り難くないことにそれはすぐに見つかった。

 一隻の船がイユへと向かってどんどん大きくなっていく。それをみて、レイヴィートを思い出した。あの時はあっという間に白船に追いつかれて、乗り込まれる羽目になった。

「聞こえない、もう一度頼む!」

 苦い思い出を生かし、せめて白船に太刀打ちできる手段を用意できていればよかった。非常に残念なことに、そんな手段は思いつきもしなかった。

(あら?)

 イユは更に目を凝らして、違和感に気づく。大きくなる船がぶれて見えたのだ。

 その原因を察するととも同時に、シェルの声が響いた。

「イクシウス戦艦二隻、すごい勢いで追いついてくる!」

 思い出よりも障害が大きくなっていることを、痛感せざるをえないのだった。

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