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カルタータ  作者: 希矢
第二章 『生キ抜ク』
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その15 『食事』

「はい、ごはん」

 リュイスの治療が終わった後、刹那から渡されたのは三角の形をした小物だった。手のひらサイズの何かを大きな葉で包んだ後、紐で巻き付けたものだ。

 受け取りはしたもののどうすればいいのかよくわからず刹那を見やる。刹那は「ごはん」と言った。ということは、これは貴重な食糧のはずだ。

 しかし、イユは心の中で首を傾げる。紐で巻かれているこの葉も食べられるかどうか、分からなかったからだ。


 刹那はリュイスにも同じものを渡すと、紐をほどきだした。

 それを見ながらイユも真似る。中から白い塊がでてきた。塊の中身である粒が、洞窟内の光を受け取ってつやつやと光っている。

「ライス?」

 リュイスも同じようにほどきながら、イユの独り言に答える。

「おにぎりですね」

「……?」

 眉間に皺をよせるイユを見かねてか、今度は刹那から答えがある。

「私の故郷の食べ物」

 それだけ言うと、刹那はまるで小動物のようにかじりつく。その様子を見るに、どうやら葉は食べられないらしい。

「……湿ったけど」

 何やら悲しそうに感想を洩らしている。

 イユも刹那を真似てかじりつく。やはり、ライスだった。水を十二分に含んでいるが、真っ白のライスにありつけることなどあまりない経験だ。食事は汽車で食べたのが最後だったが、それもかじりかけの干からびたパンだった。

 無我夢中で、食らいつく。食べやすくするためだろう、噛みしめる度に塩気を感じた。

 こんなものをいつも持ち歩いているのだろうか。そんな思いから、尋ねてみる。

「あんたの故郷、どこなの?」

「シェパング」

 返ってきた言葉は聞いたことのない名前だった。最も、イユはレイヴィートの都市一帯を支配するこの国、イクシウス以外のことは知らない。ただ、刹那のような恰好をした人物には会ったことがないから、どこか遠いところにあるのだろうとぼんやりと思った。

「ん?」

 ライスをかじっていると、中から赤いものがでてくる。


 なるほど、ライスだけでは栄養がないから具を中に突き詰めているのだろう。贅沢なことだ。塩が効いていて食べやすくなっているだけではないのだ。


 躊躇なくかぶりついて、思わず眉間に皺を作った。

「何よこれ」

 刹那に、首を傾げられる。

 答えを待ったが、イユの催促に気付いている様子はない。諦めたイユは再びその具に視線をやる。

 酸っぱい。ピクルスかと思ったが少し酸っぱみが違う気がする。不味くはない。というよりも、食べ物にありつくのは大変なのでこうやって提供された以上、食べられれば何でもいい。

 しかし葉の部分は刹那の様子を見るに、食べられないようだ。ということは、この見慣れない赤いものも同じように食べられないものなのかもしれない。食べ物とは到底思えない酸っぱさに、イユはそう判断しかける。

「梅干ですよ。シェパング特有の食べ物らしいです。僕もどうにもなれなくて……」

 リュイスから自身のおにぎりを見せられる。確かに、赤いものが一切入っていない。抜いてもらったものを提供されているらしい。

「イユさんも食べられないですよね」という、無言のメッセージを感じ取ってすぐさま反論する。食べる量を自分から減らすなんてどうかしている。

「別に、私は平気だけど」

 眉間に皺を作りながらでは説得力がないとは感じ、無理にかぶりつき、頬張った。

 なるほど、単独では辛いものがあるが、ライスと一緒に食べるのならばいけないわけでもない。

「気に入った?」

 無表情な刹那だが、この時ばかりは少し嬉しそうに見えた。そのぬか喜びを、イユは一刀両断する。

「そういうわけでもないわ。ただ、食べられれば何でもいいだけ」

 結論から言うとそれだけだ。味に拘れるほど贅沢な暮らしは送っていない。

「食べることは大事」

 刹那も同意を示す。

「船に帰ったら、きちんとした食事をとりましょう」

 今食べているものはきちんとしていないらしいと、リュイスの発言を聞いて思った。

 がりっと、イユの歯は固いものにかじりつく。その音に、刹那から気づいたように付け足される。

「あ、種は食べられない」

 そういうことは早く言ってほしかった。


「これもいる?」

 食べ終わった後、再び渡されたのは先ほどと同じおにぎりだ。頷きながら貰うとレパードの分だと説明された。遠慮する気は毛頭ない。二つ目にかじりついている間に、刹那とリュイスが食べ終わる。

「葉は……、やっぱり食べてはいけないのよね」

 刹那たちが葉を食べていないのをみても、名残惜しくなりついつい聞いてしまった。刹那の頷く様子に、頭では理解しつつも、どうしても惜しくなる。あとで刹那に聞いた、梅干しの種のように、種の中の実はじつは食べられるということがこの葉にも当てはまる可能性はゼロではないはずだ。

「食べても死なないのよね?」

「……食べないでくださいね?」

 リュイスに念を押されてしまっては、さすがにこれ以上何も言えなくなった。

「お腹すいていた?」

 不思議そうに刹那に聞かれ、「聞き返したいのはこちらだ」と言いたくなった。

 イユがいた環境では、食べ物は取り合いになるのが当たり前だった。まさかこうしてイユが食すのを大人しく見ているだけとは驚いた。この二人は日頃、随分のんびりとした暮らしを送っているようだ。

「……まぁね」

 ともすると、あまり口に出して聞く質問でもないだろうと判断し、話を逸らすことにする。

「それで、このまま朝まで寝るの?」

 おにぎりはもう食べてしまった。食べ物の代わりに、苔のせいで明るい洞窟の天井を見上げて尋ねる。大人しい二人からはすぐに答えが返ってくる。

「ひとまずはそうすべきでしょうね」

「布も用意ある」

 刹那は布を帯の隙間から取り出した。今度は薄鼠色の薄い布で幾重にもたたんである。

 カラフルなことだと感じつつも、準備のいい彼女に感謝する。一枚しかないが、広げると結構な大きさになった。

「念のため、見張りを立てましょう」

 リュイスのその提案に頷いた。まだ水のなかには魔物が漂っているのだ。気が付いたら三人とも魔物のお腹の中ではたまったものではない。

 リュイスは少し距離を取ろうと動き出す。最初に見張りの番をする気なのだろう。

「だめ」

 それを刹那が止めた。

「リュイスは休む」

 イユとしてもそれには同意見だ。一番この中で顔色の悪いのはリュイスである。当の本人が休まなくては、意味がない。

「初めは刹那が見張りね。時間が経ったら適当に起こして」

 指示だけすると、さっさと布に包まった。疲れが溜まっていたのだろう。すぐに意識が落ちる感じがした。


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