その146 『国葬』
「マーレイア様、よろしいですか」
声に振り仰いでみせたのは、一人の少女。顔は透けるように白く、髪は金糸の如く煌めいている。だがその蒼い瞳は、どこか陰りを秘めていた。
「えぇ」
そう言ってすくっと立ってみせるその姿は、さながら黒い精霊のようだった。無駄のないしなやかな肢体が、喪服すらも彼女を美しくみせるのだ。
その様にどこか納得の表情をみせた男の一人が、手で指図をした。
それに合わせて、彼女の前の棺桶がそっと閉じられていく。
(さようなら、お父様)
棺の中の人物は、穏やかな表情を称えて眠っていた。これが病人の顔だろうかと、マーレイアは訝しむ。或いは、父は解放されて嬉しかったのかもしれない。その心がこの表情を生んだのだろう。しかし、他の者と違いマーレイアたちは海にその骨を還されることはない。死して尚、空の世界に縛られ、レストリアの民を見守り続けるという使命がある。それは、見え方によってはまるで、魂ごと空という牢屋に繋がれてしまったかのようにもみえた。
そんなことを思ったのがいけなかったのか、あっという間に蓋がされていく。父の顔を再び見返す暇も悲しみに浸る余韻すらも与えられなかった。棺が運ばれていくのをただぼんやりと眺める。
今、マーレイアを支配しているこの感情は何だろう。哀しみか、この未来に対する重圧か。それとも、自身への無力感だろうか。
「マーレイア王女殿下……いえ、マーレイア女王」
国葬が終わった後、真っ先に声を掛けてきたのは『魔術師』の男だ。わざとらしく言い換えるあたりに、いつものこの男らしさを感じた。
「さぞ、お辛いことでしょう。心中お察しいたします」
平伏してみせる男を、マーレイアは見下ろしていた。
「お立ちなさい、フェンドリック公。私は、王家の職務を全うするだけです」
その言葉に、大袈裟に声を挙げてフェンドリックは立ち上がる。
「はっ、さすがはマーレイア女王でございます」
「……私はまだ正式に女王になったわけではありません。その呼び方は控えるように」
注意だけはして、下がらせる。
「フレデリック」
執事を呼び、小声で用件を申し伝えた。
「用は終わったはず。私は一人になりたいのです」
察していたのだろう、マーレイアは比較的すぐに自室に戻ることを許された。自室では、天窓から白い光がマーレイアを出迎える。その真っ直ぐな輝きに、ふぅっと溜息がでた。
(もう、うんざり)
わざとらしく平伏するフェンドリックの姿が浮かび上がって、思わず腕を抱きしめる。何が、『お辛いでしょう』だ。よくもしゃあしゃあと、『心中お察します』などと言ってのけるものだ。彼らをはじめとする貴族たちの大半が、そんなことを微塵も思っていないだろうに。
マーレイアは知っている。彼らの殆どが国王の陰口を叩いていたことを。
(本当に、病死なのかしら)
何度でも疑ってしまう。彼らは言うことをきかない国王が邪魔で仕方がなかったはずではないかと。次の国王が年端のいかない娘ならば思うようにできると、それぐらい平気で考えそうだ。それらは全て何の根拠もない想像だが、間違っている気はしなかった。
(偽りだらけね)
『魔術師』も、国王の死も、王家の存在すらも。その想像が事実ならば、まさしくマーレイアは界隈だ。実際、マーレイア自身が無力な娘であることを自覚しているだけにこれから先の出来事が思いやられた。
トントン……
控えめなノック音が憂鬱な思考を打ち破った。
「何です?」
マーレイアの自室に近寄ることが許される者は同性であるメイドだけだ。執事のフレデリックですら、それを破ることは出来ない。
「マーレイア様。マーレイア様に面会の申し出がございます」
早速かと呆れるしかない。そこまでして、取り入りたいのか。
「私は休んでいるのです。お断りして」
きつく言い返せば、「承知しました」と返った。ところがここでメイドが付け足したのだ。「お相手はサロウ様なのですが本当によろしいのですか」と。
意外な人物に彼女の目が大きく見開かれた。




