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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
145/991

その145 『息つく暇もなく』

「いたぞ!捕まえろ!」

 周囲から兵士が集まってくる。

「ちょっと!遊園地はギルドの管轄じゃないの!?」

 イユの悲鳴に似た文句に、兵士の一人が返した。

「これは暴動だ!ギルドとの友好の証として、我らイクシウスが力を尽くそうぞ!」

 なんという無茶苦茶な建前だろう。あまりな発言にイユは一瞬言葉を失う。

「この……!」

 女が悔しさを滲ませた声を出した。時間切れだと気がついたようだ。

 イユに向かって走りだすので、悪夢が蘇る。以前、無理に逃げようとした女を追いかけたが為に、烙印がばれ毒に侵されたことは、あまりにも記憶に新しい。

 思わず飛びのいたイユのすぐ近くで、飛竜が構えの姿勢をして待っていた。

 すかさず飛竜に跨いだ女が空中へと飛び出す。

 兵士の何人かが止めようと近づいたが、飛竜の羽に叩きつけられただけだった。

「待て、逃がすな!」

 兵士の大多数が女へ向かって走り出す。中には空を飛ぶ機械を所持している者もいて、空へと追いかけまわし始めた。

 だが、全員ではない。残った兵士がこちらへくるりと向き直る。

「僕達は、被害者なのですが……」

 リュイスの最もな発言に、足を止める兵士はいなかった。今ここにいる兵士は全員で七人。固まってくれればよかったのだが、皆ばらばらなところにいる。これでは異能でまとめて叩き伏せることができない。おまけに兵士たちは銃を所持している。この距離から撃たれたらさすがに全てはよけきれない。

「伏せろ!」

 唐突にレパードが叫んだ。

 瞬間、目の前に紫の光が炸裂する。凄い音と光に、視力も聴力も吹き飛んだ。目を瞑っていなかったら、完全にやられている。

「こっちです!」

 右も左もわからないでいるイユの耳元近くで、リュイスの声が響いた。そのままリュイスに腕を引っ張られて、イユは大人しくついていく。こういう時、リュイスの方がしっかりしているとの判断だ。代わりに意識を他にやる余裕ができたことで、皆のやりとりの声を拾った。

「ちょっと!」

「黙っていろ」

 これはラヴェンナとレパードの声だ。

「今はこうするしかないんだ」

 どこかレパードの暗い独り言に、イユは思わずびくっとする。異能者施設にいた女の最期の願いを思い出したのは、あの時と声音が似ていたからだろう。それほどに、レパードの口からは絶望の響きが漏れていた。

「待て!」

「させない」

 兵士の声の後、斬りつける音が響き、今度は刹那の声が聞こえる。

 今イユたちがいる数歩先から聞こえると分かったイユは、光の中をただただ走った。光を抜ければ、視界の先に、刹那が見える。更にその先には、ラヴェンナを抱えて走るレパードがいた。先ほどまでの重い空気は気になるところだが、屈辱的な表情をしつつも大人しく抱えられているところをみれば事態が収束するまではとりあえず問題なさそうだ。

「どうしてここに?」

 声を張り上げれば、

「お前らが遅すぎるからだ」

 とレパードから一言返る。

 まさか、言い出しっぺの船長自体が単独行動で探しに来るとは思わなかった。そんなイユの視線に気づいたわけではないだろうが、付け足した。

「イクシウスの国王が崩御した」

「「は?」」

 ラヴェンナとイユの声が重なる。

 あまりにも唐突な言葉に、イユは戸惑った。

「出航だ。それを伝えに来たんだ」

 そこで初めて、以前レパードが言っていた言葉を思い出す。

『あいつらが混乱したときを見計らって出ようと思っている』

 まさか、混乱する予定とはこのことを指していたのだろうかと、イユは呆然とする。いくらなんでも、一国の王が亡くなることを指していたとは思えなかった。そもそも、イユにとって国王とは雲の上の人過ぎて今まで関心がなかったのだ。既に分かっていたということは、国王は重い病気にでもかかっていたのだろうか。イユの持ちうる情報ではそれぐらいしか予想できない。

「……まぁ、混乱したときに脱出のはずが、既にイクシウスの兵士に追われているがな」

 レパードのぼやきに、刹那も珍しくため息をついてみせた。

 その後方でまた一人、兵士が追いかけてくる。むやみやたらの射撃はないのが救いだ。ぱっと周囲を見る限り、避難したようで観光客の姿はない。それでも、園内で万が一のことがあるとまずいと判断しているのだろう。

「とにかく、遊園地を出ましょう」

 入口が近づいてきている。アルティシア像の周りの噴水がライトアップされているのが見えた。紫、赤、青、緑、黄色。順々に色が変わっていく。こんな時でなければ感動できただろうが、今のイユたちにはそれらは情報としてしか認識できなかった。

「待て!」

 何度目かになる声を聞きながら、イユたちは噴水広場を横切る。ついでとばかりに、イユは走りながら噴水の水に手を入れた。兵士の方へと思いっきり手を動かす。

 いたずら程度だが、水をかぶった兵士たちがたじろぐ気配がした。雀の涙ほどだが、それでも足止めにはなるはずだ。

 ようやくアーケードが近づいてくる。このアーケードを出るために、今日は一体どれほど苦労したことだろう。

「ご利用ありがとうございました。また来てね」

 走り抜けるとともに、声が聞こえた。ヴェレーナのオウムと同じ、録音だろう。この時間は人の通りに合わせて鳴るらしい。

「ご利用ありがとうございました。また来てね」

 後方のアーケードから、音声が連続して聞こえてくる。原因は、考えるまでもない。

「こっちはだめだ」

 レパードが一行に注意喚起をする。渡ろうとした階段から、兵士が雪崩れ込んできたのだ。仕方なく別の道へ行こうとし、イユの足が止まった。

 鎌を背に背負った女の姿を見つけてしまったからだ。しかもその後ろに何人もの兵士がいる。指揮をする身なら、一番後ろにいてくれればよいのにと思ったが、その言葉を声にだす暇もなかった。

「貴様は……!」

 間の悪いことに気づかれたのだ。

「この道はだめよ!」

 大慌てでイユは向きを変える。そうかと気づいた。あのアズリアをはじめとする兵士たちは遊園地外で待機していたのだ。とはいえ遊園地のすぐ目の前で佇むわけにもいかないから、少し先の道でご丁寧に固まって待っていたのだろう。それでは当然、遊園地から出てきたイユたちと鉢合わせするに決まっている。

「逃がすな!」

 踵を返して遊園地に戻る道を走ったが、すぐにアーケードから兵士がでてきたのが目に映った。その数が多い。舌打ちしたくなる。おまけに背後にも何人かの兵士たちが追いついてきている気配がする。

「囲まれたわ!」

 いかんせん、レパードはラヴェンナを抱えて走っているのだ。おまけに刹那は、普通の人間だ。リュイスやイユほど体力に自信があるわけではないだろう。囲まれもする。

「観念してもらおう」

 勝ち誇った兵士の声に、イユは意を決した。

(強行突破!)

 そう思ったのも束の間、遊園地側に走り出そうとしたイユの体が一瞬で重くなった。見えていた気配が眩み、意識が途切れる。

「イユ!」

 気づけば、崩れ落ちそうになった体を寸前のところでリュイスに支えられていた。

「異能が……」

 制御できなくなって初めてイユは自身の体が相当に疲れていることを知る。肺に満足いくほどの空気が入っていないことにすら気づいていなかった。呼吸が自然と荒くなる。合わせたように視界が霞んだ。

「不味いぞ、おい」

 リュイスに支えられて呼吸を整えている間にも、兵士たちは集まってきているのだろう。今のイユには周囲を見渡す元気もなかった。それに回す労力よりも一刻も早く休息が欲しい。

 そのイユの耳にも、突然届いた音があった。それは花火の音に近かった。兵士たちの驚きの声があがる。

 見上げたイユは驚きに目を見張った。突如、階段の方から水が雪崩れこんできたのだ。慌てた兵士が態勢を崩している。さらにそこを狙って、火花が周囲に炸裂した。

「何だ」「突然、火花が……!」

 兵士たちの喚き声からも、イユたちどころではなくなったことが伝わってくる。何が起こったか知らないが、この機会は逃すべきではない。

「今よ!」

 イユは悲鳴をあげる足を無理やり動かして、階段に向かって走った。遊園地では閉じ込められてしまう。どのみちアズリアに異能を封じられたのだから、あの女を避けることもない。

「イユ、手を」

 声と同時に、手を引かれてリュイスが先導する。そのすぐ脇を刹那が走る。階段でたじろいでいる兵士の懐へと走り、鎧の隙間に的確にナイフを一閃させた。

 水はイユたちにも変わらず襲い掛かろうとしたが、リュイスの魔法だろうか、風を感じたと同時に目の前にくるはずの衝撃が和らいだ。水が一行を避けていく。足元だけは僅かに水が滴るが、それだけだ。

 そのおかげで何とか階段を登っていける。レパードがラヴェンナを抱えながらも数人の兵士へと当て身をくらわすのが先に見えた。ラヴェンナは痛みを堪える顔をしているが、それは足が折れた人間にしては気丈な方であろう。

 火花に気を取られていた兵士たちがまとめて階下へと落ちていく鈍い鎧の音が響く。その中で、反射的にだろう引き金を引いた者がいたらしい。銃声が街中に響いた。

 遊園地内の避難は完了していても、街の中までは無理だったらしい。ただでさえ兵士で混乱していた街に、どこからともなく悲鳴があがった。

「落ち着け!取り乱すな!」

 アズリアの声が聞こえる。それはすぐ近くからだったが、兵士たちの混乱の収拾に忙しいのだろう。姿までは見えない。

 これを利用する手はないと、イユたちはさらに階段を登る。その先で、大勢の人々が悲鳴をあげながら駆け回っていた。

「落ち着いて、落ちついてください!」

 その声を張り上げたのは兵士か、ギルド員か。もはや何も効力はなかった。

「こっち、こっち!」

 その混乱に思わず足が止まった一行の前に、聞き覚えのある声が届く。

(まさか)

 驚いている場合ではない。イユは同じように動揺した顔をしているリュイスを引っ張って、声の方へと走り出す。

 声は路地裏から聞こえていた。

「待てって、イユ」

 レパードの静止の声も耳に入らず、イユは一心に進む。その瞬間だけは、何故か疲れも体の重さも気にならなかった。

 その先で、ぐにゃりと空間が歪む。

(何?)

 声をあげる暇もない。イユは思わぬ感触に、たたらを踏んだ。

 それから、前を向いて初めて声の主が目に入った。見間違えようのない姿。イユの記憶にある少女とは少し汚れていたものの、相変わらず元気そうだった。

「はーい、皆、大変お待たせ!ブライト・アイリオールの登場だよ!」

「久しぶり」とイユに向かって、その『魔術師』はウインクすらしてみせたのだ。


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