表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
144/991

その144 『復讐の相手』

 まさかここでその言葉を聞くことになるとは思わなかった。間髪入れず、女がリュイスへと突っ込むのを見て、イユはその言葉の意味を吟味する暇すら与えられないことを意識する。

 イユが隣にいたからだろう、リュイスが迎え撃つべく前へと出た。

 ナイフと剣が重なる音が闇夜に響く。

「あなたは、まさか……!」

 何か思い当たることがあったのか、リュイスが驚きを声にする。

「リュイス!」

 相手は毒入りのナイフだ。かするだけで死に至る可能性がある。助けに行こうとして、イユは横に跳んだ。

 飛竜の炎が今までイユがいた場所へと吐かれたのだ。

 僅かな熱を感じて、イユは眉をひそめる。ずるいと思う。飛竜ならいくら炎を吐いてもおかしくはない。しかし、イユが異能をさらけ出せば、周囲に『異能者』だと知らしめてしまう。だから、今のうちしかないのだ。人が集まってきていない、今のうちにこの戦いを終わらせなければならない。

 意を決して、イユは飛竜へと走った。リュイスのことも気にはかかったが、それよりも飛竜からだ。あの一人と一体をくっつけておく方が危険だと判断する。

 しかし飛竜は厄介な相手だった。迫ってくるイユを見て身の危険を感じたのか慌てて空へと逃げようとする。

「逃げているんじゃないわよ!」

 イユは思いっきり足に力を入れて跳んだ。地上から大きく離れていく飛竜に向かって、真っ直ぐに距離を詰めていく。

 追いつかれた飛竜が、イユに気付いて体を反転させる。威嚇のつもりか歯をむき出した。そしてその爪を振り上げ、振り下ろす。僅かに飛竜に追いついたイユの拳と、飛竜の爪が一瞬ぶつかった。

「つっ……!」

 異能の力を使ったのに、手の甲の皮膚が破ける感触がしてイユは声をあげかける。けれど、ただやられたままで終わるつもりはなかった。くるりと手首を反転させたイユはその爪を握りしめる。

 飛竜の驚きの声があがった。

 勢いのまま跳んだイユが、そのまま重りとなって飛竜の爪に圧し掛かる。耐えられなかった飛竜がイユと一緒になって途中まで落下した。

 地面が見えてきたところで、イユは荒業を行った。僅かながら握っている爪に力を入れると、体を九の字に曲げ、その飛竜の鼻っ面に蹴りを入れたのだ。その勢いで手は離され、イユは地面へと着地する。

 一方、捕まれて逃げ場のなかった飛竜は蹴りを避けることができなかった。蹴られたせいでふらふらになった飛竜はなすすべもなく地面へと落下していく。だが衝突寸前のところで、持ちこたえてみせた。地面は危険だと認識しているのか、再び空へと舞い上がる。

 追い打ちをかけたかったが、イユは地面へと着地したばかりですぐには跳べなかった。その間に飛竜との距離が開いていく。

「イユ!」

 イユの手の甲の傷を心配してだろう、刹那の声がする。

「平気!」

 傷ならばすぐに治る。まさか飛竜の爪まで猛毒入りとは言わないだろう。

 一方で、リュイスは女とやり合っている。勢いで振り回してくるナイフを避けながら、リュイスは言葉を紡ぐ。

「あなたは、カルタータの関係者なのですか?!」

 女の目が本気だ。リュイスを傷つけることだけを考えている。

「答える必要はない!」

 魔法を撃たせないためだろう。息をつく間もなくさらに一刀浴びせようとする。

 リュイスは右に避け、更に左へと躱した。しかしナイフを相手の敵に、懐に入られまいとするので精一杯で、防戦に追い込まれつつある。地面に打ち付けたときの痛みがいつものキレを鈍らせているのだ。おまけに女の武器は毒入りだ。一度もかすらないようにと意識を集中させれば、応戦する余力がない。

 また、女も女で怒りに身を任せているのか剣にぶつけるようにしてナイフを振り下ろしてくる始末だ。ここまでこれば体力勝負だった。どちらかの体力が尽きるまで、武器を振るい躱しを繰り返す。それが一体どれぐらい続いたのか、自然鈍る手にどうにか気力を振るい起こしリュイスと女の刃物が再三に渡りぶつかり合う。

 そこに銃声が響いた。女がはっとして距離を取る。

「おい、また性懲りもなくきたのか、ストーカー女」

 聞き覚えのある声に、リュイスはほっとしたようだ。それが声に表れていた。

「レパード!」



「レパード?」

 その時、訊きなれない名前に顔をしかめた女がいた。

「ラヴェンナ、目が覚めた?」

 心配そうな声が聞こえたが、彼女に声を返す余裕はない。目を開けたときに飛び込んできたのが、あの男の姿だったのだ。その銃弾を放つ姿に、ラヴェンナの意識は一気に覚醒した。足の痛みなどは頭から抜け落ちていた。彼女は現れた男を穴が開くほどに睨みつける。あれから一体何年会っていなかったか。お互い年をとって、だいぶやつれたものだと思う。それでも、すぐにあいつだと分かった。

「いえ、違うわ」

 分かって当然だ。何年もの間ずっと、ラヴェンナはあいつを追っていたのだ。

「ラヴェンナ?」

 不思議そうな声のことなど、耳に入っていなかった。自身の足の骨折にすら気づかず、突っ込もうとする。動かない足は体を支えきれず、前から倒れる。

 ふりほどかれた刹那が、支えようとして駆け寄った。

「ルイン!」

 ラヴェンナは吠えた。知らずラヴェンナの手は銃を構える。銃口の先に、あの男がいる。待ち続けた憎しみの対象が、ようやく目の前に現れたのだ。この喜びを一体どのように表現したものか。ラヴェンナの手は知らず、震えていた。



「邪魔をするなッ!」

 レパードに女が唸る。だが、レパードの視線は既に女にない。

 剣を構えながらも、リュイスはレパードの様子に気が付いた。飛竜と相対しているイユも同様だ。それほどに、レパードの声がらしくもなく、動揺していた。

「まさか、ラヴェ……か?」

 それがラヴェンナの愛称なのだということはすぐに気が付いた。ラヴェンナとは、やはり知り合いだったらしいとイユは思う。しかし当時者たちに一体何があったのか、そこまでは分からない。

 だが、できれば会いたくはなかったのだろう。いつかリュイスがこんなことを教えてくれる。昔の話を振り返るレパードは、いつもとても辛そうだったと。

 イユは思うのだ。異能者施設で会った女のように、リュイスもレパードが消えそうで怖いと思っていたのではないのだろうかと。だからリュイスは、レパードとラヴェンナを合わせたくなかったのではないのだろうかと。

 しかし、現実はあまりにもあっけなく二人を引き合わせてしまった。しかもそれだけではなく、この慌ただしい世界では、リュイスを狙う女も、イクシウスの兵士までもが同じ場に引き寄せられていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ