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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
141/990

その141 『お化け喫茶の配膳係』

 三十分後。

「ようこそいらっしゃいました。さぁどうぞ、どうぞ。中へとお入りください」

 支配人らしき男が、入口をあけた客に挨拶をしてみせる。丁寧に礼をするその姿はとても様になっていて、不健康な顔と声とのギャップに不気味さすら感じられた。

 案内された客には連れがいない。遊園地には珍しく、一人で立ち寄ったようだ。

 その客は誘われるままに、近くのテーブルへと着く。

 一見、普通の丸テーブルだ。だが目敏い客ならば、椅子の部分に微かに赤い血が残っていることに気が付いただろう。

 テーブルの上に置かれているメニューを開こうとしたところで、客ははじめて自分の隣に音もたてずにじっと立っている少女に気づく。

 随分幼い少女だ。白い髪に、白装束。まるで雪のようだと思わされる。

 少女はずっと俯いていて長く伸ばされた前髪のせいでまるで表情が見えない。腰まで伸びた銀の髪が美しいが、こうしてじろじろと少女をみても何一つ反応しないその様は少々不気味でもある。

 客は、この少女が注文を取りに来たウェイトレスだと判断し、改めてメニューを開く。

 血文字で書かれたメニューには、怪しげな料理が並んでいる。

「ちょっといいかな」

 声をかけるが、返事は返ってこない。とはいえ、このときの客はそこまで気にしていなかった。返事が来ると思わずに声をかけていたからだ。続けて、メニューについて質問をする。

「この蝙蝠の血のスープって、辛いのかい?何味か想像がつかないんだけど」

「…………」

 ここでも、返事が返ってこない。不審に思って少女を見る。先ほどと同じように顔を伏せて自分の近くで立っている。

「いや、お化けらしさを出すのはいいんだけど、客の質問に答えないのはどうよ」

 客は思ったことをすぐ口にだすタイプらしい。少し苛立ちすら込めて、少女に訊く。

「…………」

 少女は沈黙を貫いたままだ。

 客と少女の間で無言の時間が続いた。

 念のため、もう一度聞いてみたが返事がないままだ。この喫茶店は何なのだと客は考える。

「……わかった。それなら、蜘蛛の巣紅茶でいい」

 イラストから紅茶に蜘蛛の巣柄のデコレーションがされているだけだとわかった無難なものを選ぶ。このときも、注文を取る様子もみせず、少女は黙ったままだ。

 折角来たのに紅茶だけで終わるのもどうだろう。そう思ったらしいその客は、メインのメニューを注文しだす。

「目玉スープ、お化けパイ、ホラーサラダ。以上で」

 そういった途端、注文の確認もなしに、そそくさと少女はどこかへ行ってしまう。雰囲気を出すにしても、もし注文を取り違えていたらどうするつもりなのだろうと、客は内心首をひねった。

 それから客は、この機会にとお化け喫茶を見回す。よく見れば天井には蜘蛛の巣のかかったシャンデリアの飾り。地面は白い大理石に似せた敷物に赤い絨毯が二重で敷かれている。カウンターも用意されていて、その後ろにはお酒まで置かれていた。夜のお化け喫茶は、さぞ雰囲気が出ることだろう。

 トントン。

 肩を軽くたたかれて客はどきっとする。

 はっとしてみると、さきほどの少女がそこに立っていた。手にお盆を持っていて、そこにお手拭きと水が載っている。客がぼうっとしていると、メニューを取られた。勝手に畳んでしまわれる。あっと声をあげる暇もなかった。早い。だが、優雅さを残したその動きにただ者でない何かを感じる。

 そしてーー、

「冷たっ」

 思わず声をあげてしまう客。乗せられたお手拭きが氷のごとく冷たかったのだ。そこで初めて少女がくすっと笑ったように錯覚した。表情が見えたわけではない。ただ、そう感じただけだ。

 少女は丁寧にお辞儀をすると、店の奥へと去っていく。

 気づけば近くに水も置かれていた。まさかと思って水にも手を出す。グラスがあり得ないほど冷たかった。

『雪女』。客は何を相手にしていたかようやく悟るのだった。


 雪女の次は、魔女だった。紫色の帽子に、紫のドレスを着、木の杖をついている。髪は琥珀色で緩く三つ編みがされドクロの留め具でまとめられている。左目ははっとするような美しいもえぎ色をしていたが、右目は前髪で隠れている。この格好は、魔女以外にはないだろう。定番どころだ。その手にお盆を載せているので、すぐに頼んでいたメニューがきたのだとわかった。

「……いらっしゃいませ。商品を持ってきたわ」

 真面目な言葉のようでどこかずれた台詞に、客は魔女らしさをだそうとしてそういっているのだと呑み込んだ。

 お盆から、テーブルへと品が置かれていく。

 初めに置かれたのは、紫色のスープだ。見るからに毒々しく、同時に鮮やかだ。おまけに白い眼玉のようなものが浮いている。恐らく白玉を黒色で着色したのだろう。どことなく不気味な可愛らしさがあって、女性客ならば喜びそうだ。

 客は、今度女性を遊園地に誘う予定があった。今回は下見のために噂の喫茶店に入ったのだ。幸い、このメニューの見た目ならば、盛り上がることは間違いないと心の中で合格点をつける。しかし、見た目だけがすべてではない。女性は味も、そして何よりカロリーにもうるさい生き物だ。前者はともかく後者については食べても検討がつかない自信のある客は、配膳係に質問をすることにした。雪女とは違い無口な設定ではないのだから、きっと答えてくれるだろう。

「このスープは、何のスープなのかな」

「目玉スープよ」

 速攻で返事が返ってきたが、望んでいる答えとは違う。とはいえ、客の質問も悪かっただろう。客は、そう考えて言い直す。

「えっと、何を使っているんだい。この紫色は……」

 魔女は不機嫌そうな声で言った。

「知らないわ。飲めばわかるんじゃない?」

 てきとうすぎる。思わず、客は心の中でそう呻いた。

 呆然としていると、魔女はスープを置いたことに満足して、そのまま帰ろうと反転する。

「……あ、ちょっとスプーンは」

 客が声を掛けたおかげで、その体が再び向き直った。

 そしてそこで初めて魔女は、そのことに気がついた顔をする。

「スープぐらいそのまま口をつけてもいいのに」

 客に対して随分な物言いの魔女だ。ひょっとしてこれも、そういう役なのだろうかと客は首をひねる。しかしそれでは一体、誰に話せばまともな答えが返ってくるのだろう。

 固まっている客を見かねたのか、魔女はドレスのポケットからスプーンを引っこ抜くと、テーブルに置いた。

「ではゆっくり食べなさい」

 それから何故か満足そうな顔に変わった魔女が奥へと入っていってしまう。




「……ねぇ、本当に良かったのですか」

 心配そうな顔をしているのはリュイスだ。先ほどの二人の接客を盗み見て、唖然としている。

「よくわからないけれど、店長的にはあれでアリなのよね?」

 支配人風の男は店長だったらしい。男の言う通りに彼女たちは動いているらしいが、一体店長がとんでもないのか、二人がずれているのかこの場合どちらなのだろう。リュイスは不安を隠せずに店長の様子を見てしまう。怒っていたら何かフォローを入れなくてはと思ったからだ。

 幸いなことにという解釈でいいのか、店長がどういうわけか満足げな様子だった。

「接客は初めてというから、いっそ素で行ってもらおうと思ってね」

 店長の語るところによると、どうも彼女たちに接客なるものを何も教えずに表に出したらしい。

「……私、変だった?」

 戻ってきた刹那が三人の様子を見て不思議そうな顔をする。

「どうしてずっと無口だったのかしら?」

 気になったのかラヴェンナが訊いた。

「何もしらないから」

 どうにも客に聞かれてもそもそも何のことかよくわからなかったから黙っていたらしい。

「いいよ。喋らない雪女なんてすごく味が出ていた」

 何故か店長は満足そうなので、リュイスはもう突っ込まないことにした。

「何よ。皆してこんなところで」

 イユも帰ってくる。前髪がうっとうしいのか何度か手で払っていた。

「その髪は、つけ毛なのですよね」

リュイスの質問に「そうよ」と返すのはラヴェンナだ。

「刹那のもいい感じに違和感ないし、我ながら大した人選だわ」

 店長の反応を見て強気になったようだ。さきほどまでリュイスと同じような顔色だったとは到底思えない代り映えだ。

「君もよかったよ。初仕事にしては素晴らしい」

 店長の評価を聞いて、純粋に嬉しそうな顔をするイユ。

 頼むから他の喫茶店もこれが普通だと勘違いしないでほしいとリュイスは願った。


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