その140 『ラヴェンナの企み』
「は?できるわけないでしょう?!」
思わず叫んだイユに、まぁまぁとラヴェンナが笑う。
「最初ランチに誘ったときから既に考えていたんですね」
リュイスも呆れ口調だ。
「まぁね。『お化け喫茶』の臨時店員の募集なんて依頼受けた時に、あなたたちぐらいの年齢の子ならいいかななんて考えていたのよね」
どうもラヴェンナが匿ったこの場所は喫茶店らしい。しかも普通の喫茶店ではない。お化け屋敷風の喫茶店、略して『お化け喫茶』だ。何かというと、店員がお化けの仮装をして、店の注文を取ったり怪しい料理を運んだりするところなのだ。そして、ラヴェンナはイユたちにその仕事を代わりにこなしてほしいと語った。
「喫茶店もろくに行ったことがない人間に配膳してほしいって、滅茶苦茶よ」
イユとしては、全く自信がない。そもそもそんな呑気なことをしていていいのだろうか。アズリアに、先ほどの女が代わる代わる頭の中に浮かんでは消えていった。
「大丈夫よ。あなたたちぐらい若ければ、多少の失敗も可愛いで済まされるから」
そんなてきとうな言い分は信ずるに足らないと思う。
「あの人、戻ってきたらどうすればいい?」
刹那が同じことを考えているようで心底ほっとした。
「あいつの狙いはリュイスだけど、近くにいた人を殺しているのよ。しかも私たちはリュイスの仲間としてあいつに見られているのに」
イユも畳みかける。本当なら兵士のことも言いたかったが、あまり狙われているアピールをしては逆にかばってもらえなくなるかもしれないと思い自重する。それがいけなかったのか、ラヴェンナに不思議そうな顔をされた。
「あなたなら迎え撃てるでしょう?」
店員たちには聞こえないように、小声で反論した。
「力を見せたら不味いでしょ!」
「大丈夫よ。力についてはそうだけれど、どのみち仮装するのだからあなたとはばれないわ」
何故か自信満々なラヴェンナが、逆に怪しくて仕方がない。
「ほら、助けたのだからその分を返してもらわないと」
恩着せがましく言ってくるが、最初にリュイスが言っていたようにランチに誘うときからラヴェンナは狙いをつけていたのだ。間違いなくランチはこの『お化け喫茶』のことで、奢りと言いつつ働かせる気満々だったに違いないと邪推してしまう。
「大体、あなたがやればいいじゃない」
「私?」
イユの提案にラヴェンナが驚いた顔をする。それから、頬に手を当てて考える仕草をしてみせる。だが、その視線は明後日の方を向いていた。
「ちょっとそれは……。年齢的に無理があるかな、なんて」
そうして、切り替えたかのように、にっこりと笑みを浮かべる。同時にその大きな瞳はイユを真っ直ぐに捉えている。如何せん美人なために、同性のイユの目からみても破壊力だけはある。
「まぁ、そういうわけだからよろしくね」
何をどうしたらそういうわけになるのか、全くもって理解に苦しむ発言だと、イユは内心呆れ果てた。
「どうせまだあのストーカーさんは近くにいると思うし。いなくなったかどうか確認してきてあげないわよ?」
イユの様子を察してか、ラヴェンナがそんなことを言う。
いらないお世話だと言えないのが大変辛いところだった。また鉢合わせしたくないのも、本音である。
「お二人が嫌でなければ、いいのではないでしょうか」
リュイスがそこで不思議そうな顔で首をかしげる。
イユはそんな様子に、皮肉の一つでも言ってやろうかと思った。それは確かにリュイスには良いことであろう。狙われているという理由で仮装もせず配膳もしないでずっとここに待っていればいいのだから、完全に他人事なのだ。
「ただ、ギルドに言伝もお願いしたいです。僕たちのことを心配している人もいるので」
そういったことに気が利くのはリュイスならではだろう。
ラヴェンナも「あの子たちね、いいわよ」と納得する。
しかし、リュイスのせいで、どうにも話がまとまりかけている。イユは慌てて刹那に話を振った。被害者はもう一人いるのだ。
「ちょっと、刹那はいいの?何か言ってよ」
ところが、あろうことかそこで刹那は首を傾げたのだ。
「何が?」
「配膳!」
他に何があるというのだと言わんばかりに叫ぶイユに、しかし刹那は渋々と言う様子でぽつりと呟く。
「……料理出すだけなら」
そう言われてしまえば確かにそれだけだ。けれども、何故だろう。この流れがイユにはどうにも気に入らない。すっかりラヴェンナの意図どおりに動いているせいだろうとアタリをつけた。
「もう、いいわよ」
周りの反応に、イユは諦めた。万が一あの女にばれて襲われたら、ラヴェンナを盾にしてやると誓う。
「決まりね!それでは準備をしましょう」
君は皿洗いねと言われて、ラヴェンナにリュイスが連れていかれる。さすがに全く何もしないわけにはいかなかったらしい。
リュイスを連れていき終わったらしいラヴェンナは、今度は店員を引き連れて戻ってきた。その店員は血色の悪い肌に猫背の支配人風を装っている。
「ふふ。いい素材を見つけてきて下さいましたね」
枯れそうな声でそんなことを言うので、イユは思わずぶるっと体を震わせた。お化けらしさがないようでこの店員の恰好や仕草から本気具合が伝わってくる。
ラヴェンナを見やると、視線を逸らされた。さっきまでの軽いノリから一変してこの態度だ。手のひらを返された気分になって、イユは喚きたくなった。とはいえ、もう後に退けない。




