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カルタータ  作者: 希矢
第二章 『生キ抜ク』
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その14 『助くる者』

 一気に体が沈みこむ。

 耳が気泡の音を拾い、その音が頭の中で木霊する。鼻がつんとして、頭がぐわんぐわんと鳴いている。何が何だか分からない。慌てて聴覚を人並みに戻し、水上へ向かおうともがく。息をする余裕は全くなかったのだ。

 息苦しさがイユを襲う。

 足で水を蹴りつけ、手で必死に掻き分ける。空気を求めて、分厚い水の壁を押しのける。

 しかしながら、体がなかなか上がっていかない。しがみついたままだった蝙蝠たちが、イユに空気を吸わせまいとするかのように重い。苦しさに、意識がうつろいそうだ。


 負けるか……!


 何に対して負けると感じたのかも分からないままに、心の中で叫ぶ。

 折角、レイヴィートを抜けて飛行船の墜落に遭いながらも、ここまで生きてこられたのだ。ここで蝙蝠が原因で死んだとなっては情けないこと、このうえない。

 そうは思っても気持ちとは反対に、体がいうことを聞かない。意識が落ちかかってくるのをイユは感じた。

 だが、ここで気を失ったら、誰も助けてはくれないのだ。リュイスも同じように沈んでいるはずだ。引き上げてくれるような人間はここにはいない。

 危機感に、イユは息苦しさを()()()()。そうして水を掻く手に力を注ぎ込む。それが功を成したのか、水面が手を伸ばせば届きそうなぐらいには近づいた。

 ところが、最後のあと少しが、程遠い。水の壁を破りたくとも、体の動きが鈍っている。持てる力を振り絞っているのに、どうしてか動かすことができない。もどかしさと焦りで、どうにかなってしまいそうだ。

 ふいに意識がふっと途絶えるのを感じた。あと少しだった距離が遠ざかっていく。

「だめ。あと少しだから……、待って」

 そう祈る声は口に出すこともままならず、故に誰にも届くことはない。水面に向かって伸ばされた手も、空気を掴むことはできない。




 そのとき、水面から一本の手が伸びた。

 はじめ、その手は右手だけだった。それが両手になる。イユの腕を引っ張り上げようと掴んだ。

 だが、そこまでだ。なかなか持ち上がらないらしく、苦戦している。



 けれども、イユの腕を掴むその感触に、意識が引き戻された。イユは最後の力を振り絞って思いっきり足で水を蹴る。

 イユの体が水面へと浮かび上がり、手はそのままイユを引っ張り上げる。

 程なくして、水面を突き抜けた。

 恋し過ぎた空気を胸いっぱいに吸い込もうとして、むせる。口からこれでもかと水が零れてくる。その間に岩肌へと寝かせられたようであったが、乱れた息を整えるのに忙しくてそれどころではない。視界も聴力も触覚も全て、後回しだ。


 ふいに、イユの腕を握っていた手が離された感覚があった。そしてその後すぐに水へと飛び込む音が響く。

 岩肌の冷たい感触が腕に伝わってきて初めて、焦点の合わなかった視界に自身の腕が映っているのを確認できた。先ほどまで腕を掴んでいた誰かの手を、思い浮かべる。

 あの手は白く、そして小さかった気がする。リュイスの手も白いが、あそこまで小さくはない。先ほどイユを助けた人物は、リュイスではないのだ。


 それでは、今のは誰だというのだろう。


 どうにか呼吸を整え終えたイユは、辺りを見回した。

 全体的に明るいものの、まだ洞窟の内部だ。緑色のぼんやりとした明かりに包まれている。先ほど落ちてきたと思われる入口が見えた。ずいぶんと高いところにある。まだ蝙蝠たちが数匹飛び回っていた。蝙蝠がイユの元へやってくる気配はないので諦めてくれたのだと願いたいところだ。

 服にへばりついていた蝙蝠の大半も、既にどこかへいなくなっていた。もがいている間にとれたのだろう。ほっとすると同時に足元に気持ち悪さを感じて、ブーツを脱ぐ。隙間から入ったと思われる蝙蝠を見つけて、ひっくり返した。まさかと思い、肩にかけたままだった鞄の中を覗くと、こちらも蝙蝠漬けになっていた。ぎょっとして鞄をひっくり返すと、レイヴィートに侵入する時に使った飛行石の黒ずんだ欠片も一緒に出てきた。もう必要のないものだが、入れっぱなしだったのだ。

 ぐったりとした疲労感を感じつつも、蝙蝠の重さが体から取り除かれたおかげか、少し軽くなったように感じる。足の重さからいってもう一度水に飛び込む気持ちにはなれないが、手ぐらいは動かせそうだ。


「さっきの人は、誰?」


 はじめに浮かんだ疑問に立ち戻る。飛び込んだきり、帰ってきていない。恐らく、リュイスを助けに行ったのだ。

「そうだわ、リュイス……!」

 一緒に落ちたのは間違いない。だからリュイスもきっと水の中だ。そして、それが分かっているからこそ誰かが水に飛び込んだ。


 落ちたとき、果たしてイユはリュイスの手を掴んでいただろうか。


 残念ながら、思い出せない。自身の頼りなさにげんなりしたところで、水の音が聞こえて、はっとした。

 すぐに音の出処を探す。透明な水面に翠の髪は意外と目立つ。簡単に見つけることができた。

 リュイスはぐったりした状態で、抱えられている。見たところ意識はなさそうだ。そして、抱えているのは刹那だ。白い不思議な格好の衣装がさながら花のように水に浮かんでいた。


 何故、ここに?


 純粋な疑問が半分、訝しんだ感情が半分あった。冷静に考えれば、探しに来たというのが良い線だ。

 しかしイユの中で、刹那はイユたちを見捨てた子供という位置づけだった。あのときレパードが墜落しそうな飛行船に戻ったところで事態が覆ったと思えないが、事実として見捨てられたのだから決して気分は良くない。だからこそ今頃になって、のこのこ助けに来るはずがないと感じていたのだ。

 とはいえ、心の中の葛藤に時間を割いている場合ではない。

 刹那はどうみても子供だ。小さな細い腕で、一所懸命リュイスを持ち上げているわけだが、それで精一杯だ。誰かが助けないとなかなか陸に上がれそうにない。

 刹那のもとへと駆け寄ろうとして、イユはさらにまずい事態に気がついた。

 水が不自然に波打っている。そして、刹那のいる場所から少し離れたところに黒いつるつるしたひれが、確認できた。




 自身の身体が寒さ以外で震えたのを感じた。入口にいた一体だけでは済まなかったことに、身体が縮こまった。

 水面を潜る巨大な魔物がまっすぐに刹那に向かって迫っていく。

 刹那は、リュイスを抱えるだけで精一杯だ。当然逃げる余裕はない。

「まずいわ」

 そう言うだけなら簡単だった。手立てが思いつかない。今から泳いで助けに行ったところでどうにかなるものではない。

 いてもたってもいられず動かした足が、何かに触れた。下を見ると、そこには地面に転がっている蝙蝠の死骸がある。彼らとは水の中を一緒に潜った仲なわけで、残念ながら息が続くかどうかで生死を分けることとなった。散々噛みつかれたことも忘れてはならない。現にイユの足はすでに傷だらけで血が滲んでいる。しかも、またしても服がびしょびしょに濡れてしまった。

 意を決すると、イユはそれを掴み、全力で投げた。それは、異能の力を受けて弧を描きながら魔物に向かって飛んでいく。


 そして、水の中へと飛び込み消えた。――――それだけだった。


 外したのか、水の中に入ったせいで威力が衰えたのかどうかがわからない。当たったとしても、たかだか蝙蝠の重みでは、魔物にとって豆鉄砲に当たった程度の衝撃しかないのかもしれない。

 元より何も思いつかないところで見つけた手立てである。構わず、二、三と放り投げることにした。二発目は大きく脇を反れた。そして、三発目は――――、


「当たったわ!」

 気持ちが昂ったあまり、言葉になって外へと漏れる。魔物が大きく仰け反ったのだ。

 刹那がその隙にと言わんばかりに手足をばたつかせて泳いでいる。リュイスは、ぐったりしたままだ。

 魔物は態勢を崩しながらも、狙いを変えていない。


 イユは立て続けに投げた。四、五、六……、六発目は当たったが、他はなかなか当たらない。七発目を当てようとして、手元に何もないことに気付く。あんなに重かったのに、水面まで引き上げられた蝙蝠の数の少なさに愕然とした。

 見やると、魔物は変わらず刹那に向かって泳いでいる。距離が狭まってきていた。

 何かないかと周囲を探す。意味もなく地面の岩を引っ掻いたところで、飛行石の黒ずんだ欠片が目に入った。迷わず、それを投げつける。

 魔物が大きく傾く瞬間を捉えた。見事、背びれに命中したのだ。

 刹那が近づいてくるのが確認できる。もう投げるものは手元にない。躊躇わず、イユも水の中に飛び込んだ。刹那に追いつき、一緒にリュイスを引き上げにかかる。

 ふと見ると、魔物がイユたちへと向かってきていた。これは、二人がかりでも間に合いそうにない。

「明かり、持ってない?」

 リュイスを引っ張りながら刹那に声を掛けられる。その内容には、何を呑気なことを言っているのだろうと、訝しまずにはいられない。

「リュイスの魔法石が残っているかもしれないけれど」

 イユの答えを聞いた刹那が、潜った。

 リュイスの重みが一気に両手に伝わる。

「ちょっと、何考えているの!」

 ただでさえ間に合わないのに、更に引き上げる速度が遅くなる。もう二人とも放り出して、自分だけ逃げてやろうかという気分になる。わざわざ助けて、死ぬ危険を冒す必要はないだろう。

 刹那が再び浮かび上がってくる。手に、魔法石を持っていた。

 魔物が近い。迫ってくる。

 近くで見て、はじめて分かった。この魔物には魚にある鱗が一切ないのだ。背びれや尾びれといった形はあるが、どの表面もつるつるとしている。そして、顔が見えない。水から飛び出た皮膚は艶々と光るが、目はなく鼻もない。

 口をがばっと開けられて、唯一口だけはあるのだと気がつかされる。大きな魔物の大きすぎる口だった。ぎざぎざとした鋭い歯を見せつけられ、生臭い息を吹き掛けられる。異様な生温さに、イユの歯が鳴った。


 手を離せ。


 心の声が聞こえる。


 リュイスを抱えている手を離すのだ。そして先に逃げる。そうすれば、リュイスたちが食べられている間にイユだけが逃げることが出来る。死なないで済むのだ。

 さぁ、取り返しがつかなくなる前に、早く――――


 声に頷きかけたとき、視界の端で刹那が何かを投げたのが分かった。

 遅れて、投げられたそれがきらりと光る。魔物の体にぶつかり、衝撃を受けて赤々と燃え始める。

 魔法石だ。

「今!」

 声に、はっとした。慌ててリュイスを陸へと引き上げる。魔物の悲鳴のような声が聞こえてきた。火に弱いのかと思ったが、そんなはずはない。何故なら、はじめに遭遇したときこの魔物は魔法石にぶつかっていき何事もなく水の中に潜っていった。


 では、どうしてなのだろう。


 疑問を抱いたが、先にリュイスだ。何とか岩場に引き上げる。ほっと息をついた。

 ところが、隣で同じように引き上げた刹那は、息をつく間も惜しむように何やら地面をこすり始めている。

「急いで」

 短く告げられる。

 てっきり逃げろという意味かと思った。火が効いているのは一時的だから、すぐに逃げろと。そうでないと気付いたのは、刹那がこすっていた地面が光っていたからだ。

 目を凝らして気が付いた。光っているのは、地面ではなく岩についている苔だ。ぼんやりと淡い緑色の光を放っている。

 刹那はその苔をはがすと、遠くの水面へと投げる。弧を描いて飛んだそれは、小さな音を立てて水飛沫とともに沈んでいく。

「早く!」

 刹那の声で我に返る。慌てて同じように苔を取り除く。投げるのはイユの専売特許だ。出来る限り遠くへと投げつけた。




 岩の苔があらかたなくなった頃になってはじめて、イユは魔物が襲ってこないことに気がついた。

 苔を投げた辺りに尾びれが見える。しかも一つでない。二つ、三つ。あの大きさの魔物が何体もいるのだと知って、ぞっとした。

「一体、なんなの?」

 答えを求めた問いではなかったが、刹那から返答がある。

「光の苔が好物なの」

 言わずもがな、先ほど投げた苔のことだ。魔物があれを餌にしているらしい。

「光っていると、苔だと勘違いする」

 刹那は、リュイスの手に握られたままになっている剣の柄を指差した。

 気を失っているというのに握ったままのリュイスに驚きだ。

「刀の反射した光が原因。鞘に、入れ戻した」

 そこまで言われて、イユは理解した。

 あの魔物とはじめて会ったとき。あれは、好物だと勘違いした魔物が炎の光に反応してやってきたのだ。

 そして、先ほど刹那が襲われたとき。それはリュイスが手に握ったままの剣の刀が光を反射させていたのが原因だという。だから刹那は一人潜ってリュイスの剣を鞘に入れる必要があったのだ。

 そして、刹那が明かりを要求したとき。恐らく好物だと勘違いする隙が欲しかったのだろう。

「魔物の好物って、人の肉だけだと思っていたわ……」

 刹那はイユの半ば呆けた独り言に答えながらも、リュイスへと近寄る。

「例外もいる。あの魔物は苔しか食べない」

 何故苔を食べるだけであの大きさになるのかは問い質したいところだ。

 刹那の手から青白い光が漏れた。不思議な傷を癒す力だ。なるべく手を丸めて光を外に漏らさないようにしているのを見て、慌てて魔物と刹那の間に割って入った。これで少しでも好物の光が見えなくなることを祈りたい。

「リュイスは、助かるの?」

 水に濡れた翠の髪が白い肌に張り付いている。服はあちらこちら破れていて、ぼろぼろだ。そして、リュイスは、ぴくりとも動かない。

 手伝いたいところだが、イユの力では自分しか治せない。

「助ける」

 一言呟いた刹那の言葉に、強い意志を感じた。初めて会ったときは、感情豊かではなくどこか幼い雰囲気を漂わせていたが、意外とそうではないのかもしれない。

 邪魔をするのも憚られ、大人しくしていることにした。待つだけは苦手だ。そう思ってから、自身の傷を全く治していないままだったことに気がつく。治癒力を引き上げ、怪我を治し始める。蝙蝠に噛みつかれた箇所だけではない。逃げるときに擦りむいて怪我をしたところが無数にある。知らない間に傷だらけだ。

「血も、拭く」

 手を止めた刹那が衣服に巻かれた帯の隙間から布を取り出し、イユに手渡した。透かすと反対側が見える、薄くて青い布である。

「別に見た目は気にしないわ」

「血がついていると、魔物が寄ってきやすい」

 そう言われると、イユとしては拭かないわけにはいかない。足を中心に体を一通り拭く。上着も脱いだ。下に着ていた服にまで歯型がついている。長袖を二枚着込んでいてまだ良かったと思う。多少は噛みにくくなっていたことだろう。

 水に突っ込んだおかげと、軽傷の集まりだけあって、血はところどころ滲んでいる程度だった。船で背中から撃たれたあの血の痕は乾いてしまっていたらしく、水に濡れても尚完全には取れそうにない。

 血の匂いを消しきることができないのは気がかりだったが、いくら温度を感じなくできるとはいえ、この寒い洞窟内でドレスを脱いでしまうのはさすがに憚れた。

 とはいえ、血を拭き取るにあたり濡れた体も拭くことができた為、寒さによる体力の低下は防げたと感じる。そこまで意図して渡したかどうかはわからないが、布を持っていた刹那に感謝だ。

 その刹那を見やると、まだリュイスの治療に没頭していた。手から漏れる光を防ぐためか、手に布が被せられている。それにしてもあの力が、異能でないのがいまだに信じられない。

「ぅ……」

 呻き声が聞こえ、はっとした。

「リュイス!」

 リュイスの瞼がぷるぷると震えている。その様子を眺めていたら、突然むせ始めた。苦しそうにしつつも、水を吐き出している。

 ひとまず、ほっとする。こうなれば、もう大丈夫なはずだ。

「あれ、刹那……?」

 目を開けたリュイスは、間抜けな声を出した。

「探した」

 刹那の一言だけで現状が呑み込めたらしい。

「そう、助けてくれたのですね」

「イユも手伝った」

 リュイスは振り返って、イユに頭を下げる。

「ありがとうございます」

 刹那とリュイスが二人揃ってイユに視線を向けている。正直、気まずさを感じた。

「わ、私も助けられただけだし」

 リュイスの瞳に、しどろもどろの少女が映っていた。


「リュイス、布ある?」

 刹那は布を取り出す。今度のは、白だ。可愛らしい花の柄が入っている。

「私の布、使っちゃだめなの?」

 一通り拭いたとはいえ、まだ手元にある布は使える。差し出そうとすると、刹那に首を横に振られた。

「だめ。分けた方が衛生的」

 仕方なく、使い終わった布を畳み始めると刹那に言われる。

「その布は、ここに捨てておく」

「まだ使えるわよ?」

 水はずいぶん吸ってしまったが、乾けば問題ない。

「でも、だめ。血の匂いのするものは持っていかない」

 説明されて、理解した。確かに、血の匂いをするものを持っていったら何のために血を拭いたのかがわからない。服に血が残ったままだったとしても少しでも襲われる危険を減らそうとするのは、分かる気がした。

 話している間にリュイスが手足を拭いている。血は水に浸かったために滲んでいる程度だが、手の甲にびっしりと歯型がついていてぞっとした。後ろを走っていたのだ。イユ以上に狙われたらしい。

「治癒、あとでもう少しかける」

 刹那の呟きにそうしたほうがよいとイユは思った。

「はい、あの……」

 少し戸惑った顔を、リュイスにされる。

「何?」

 きょとんと首を傾げる刹那。同感だった。

 言いにくそうに、リュイスが言う。

「服の下も拭きたいので、後ろ向いていてもらえませんか」

 刹那がこくんと頷いたのを見て、イユもそれに従った。水面を覗く。光る苔は食べ終わってしまったらしい。魔物の姿はなくなっていた。ゆらゆらとした波紋が時折浮かぶだけで、驚くほど静かだ。

「よくここが分かったわね」

 刹那に聞いてみる。

「偶然」

 イユは訝しくなり、刹那を見やった。

 ところが、蒼の瞳はどこまでも深く、何を考えているのかさっぱりわからない。説明不足が伝わったと知ったのは、刹那の補足があった後だ。

「レパードと一緒にリュイスを探してた」

 レパードが探しにくる。そうリュイスは言っていた。その通りだったらしい。しかし、現状目の前にいるのは……。

「でも、あんた今一人よね?」

 刹那はあくまでさらりと告げる。

「はぐれた」

 理解できずにぽかんとしていると、話を続けられる。

「気づいたらいなくて、一人で歩いていたら洞窟見つけた」

 試しに入ってみたらイユたちが蝙蝠に追われて落ちたところだったらしい。

「いいの?」

 意味が理解できないのか、首を傾げられる。その動きに合わせて髪から水が一滴落ちていった。

「何が?」

「何がって」

 仮にも船長とは思えぬ扱いに、同情すべきかどうか悩む程だ。

「それなら、レパードを探しにいくつもりですか」

 振り返ると、拭き終わったらしいリュイスが布を畳んでいた。畳み終わると地面に置く。どうせこの布はここに捨てる。意味のない行為だと思うが、癖なのだろう。

「一度、船戻る。レパードいるかも」

 闇雲に動き回るほうが危ないと言いたいようだ。

「そう、ですね」

 レパードを探しにいかないと聞いてほっとした。危険な洞窟のある島で人探しなんてとんでもない。

「あの、船の皆は……」

「無事」

 リュイスも刹那の答えにほっとした顔を浮かべる。

「そうと決まれば、さっさと戻りましょうよ」

 そう言って立ち上がろうとした瞬間、目の前が真っ暗になった。

「イユさん!」

 腕を掴まれる感触がする。視点が定まらない。落ち着けと自身に言い聞かせ、呼吸を深くしてじっとする。

 やがて落ち着いてくると、腕を支えているのは刹那だと分かった。寄り掛かるようにしてひとまず地面へと座り込む。

「……なんで?」

 現状が理解できなくて思わず呟いてしまう。異能を使っている。痛みも何もないのだからいけると思っていた。

 自分で自分が分からずに戸惑っているイユに、刹那が朗らかに告げる。

「二人が動くの、まだ早い」

「なんでよ」

 刹那がリュイスを指差す。

「顔、青い」

 青白い光の洞窟だから、気にしていなかった。しかしそう言われてよく見ると、リュイスの顔は洞窟の光を差し引いても十分に青白い。

「どうも、蝙蝠に血を吸われすぎたようです」

 リュイスのその言葉もいつもより力がこもっていない。

「でも、さっきまで……」

 理解はできても、まだ釈然としなかった。リュイスはともかくイユは、蝙蝠を投げたりリュイスを引き上げたりと、散々動いていたのだ。それは全て気が張っていたからできたことだというのだろうか。

「ここで休む」

 突然の宣言に、ぎょっとした。

「嫌よ」

 ここにはあの魔物がいるのだ。少しの間ならともかく、長居はしたくない。光っていると勘違いされたものならすぐに魔物の腹の中なのだ。そこようなところで休むなど、正気の沙汰ではない。

 再び立ち上がろうとしたイユに向かって、刹那が口を開く。

 てっきり止められるのかと思った。「動くのは早い。ここならまだ安心だ」などと言われるものと。

 ところが、それは斜め上から来た。

「今は夜」

 洞窟内にいるとわからないが、そうらしい。

「それが何?」

「夜は魔物がよく動く」

「それで?」

 何を言われようが、断固反対してやろう。強い意志を持って刹那を見る。

 刹那は相変わらずの無表情だ。見返して、淡々と発した。

「外の魔物、人間の肉が好き」

 素直にその場に座る以外、どのような方法があったというのだろう。少なくともイユにはそれしか思いつかなかった。


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