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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
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その139 『最悪の再会』

 刹那も一人の店員へと声を掛けに行く。彼女は日頃静かではあるものの、こういう場面では意外と人混みにも臆せず、積極的だ。

「バザーはですね」

 刹那を見失わないよう一定距離を保ちながら、リュイスが説明をする。

「ギルドが始めた市場です。ここで稼いだお金は全て身寄りのない子供や生活に困った人たちに寄付されます」

 子供と聞いてイユが連想したのは孤児院だ。そしてイユが知っている孤児院といって真っ先に浮かぶのが、ハナリア孤児院だ。

「そう、ハナリア孤児院にもここで稼いだお金が渡っているはずです」

 リュイスの肯定が入って、点と点が繋がった気がした。ちょっとした発見である。

「終わった」

 刹那が会計を済ませ終わったようで、戻ってくる。購入した物は帯にしまいこんでいるようで、僅かに膨れ上がっている。

「目的のものは買えましたか」

 リュイスの質問に、刹那はこくんと頷いた。

「品揃え、良い。旅人向き」

 刹那の発言を受けて、イユはちらっと並んでいる品を見てみる。ナイフに、薬草、魔法石。奥にあるのはロープだろうか。ヴェレーナの街もさまざまなものが売っていたが、このバザーとはまた趣が異なる。ここは遊園地内にも関わらず、ギルドが経営しているからか旅人向けだ。

「そろそろ行きましょうか」

 リュイスに促されながらも、正直なところ、イユとしてはもう少しバザーを見て回りたい気もした。だが、イユの手持ちも少ない。見たところで、まず殆どの品物が買えないだろう。今度、ギルドから仕事を貰わなければならないと考える。

「そうね」

 仕方なしに、人混みを抜けたその先で、イユの目は丸くなった。慌ててリュイスを引き留める。

「どうしました?」

 まだ気が付いていないリュイスに、イユはすぐには即答できない。それほどに、ありえない人物が今目の前に立っていた。

 その女は、イユたちに気づいていないらしく、紫の髪を僅かに掻き上げて仲良く店員と談笑なんてしている。けれども、刹那が身に付けているような異国風の衣装は、以前見たときのままだ。あのときは夜だったのではっきりと確認できなかったが、こうしてみると桜色のそれは、血で汚れた世界とは無縁の代物に思える。朱色で縁取りもされていて、刹那が着ているものよりも一段上質にすら感じられる。だからか、その姿だけを切り取れば、それは異国の姫が和やかに談笑をしているようにも映る。

 似合わない。イユの知っている印象では、問答無用で斬りかかってくる女だ。イユの記憶と大きな乖離があるせいで、よく似た別人かとも思った。そもそも、こんなところにいるはずがないのだ。

 しかし、時折聞こえてくる笑い声が、あのとき聞いた女の声と合致していて、否定したいところだが、今ここに確かにあの女がいるのだと愕然とさせられた。

 イユの視線に気づいたリュイスも、あっと声をあげかける。その反応は最もだろう。むしろ、あの相手はイユよりも、リュイスのことを狙っていたのだ。

 どうしてこんなところにいるのかと、浮かんだ疑問の答えを持ち合わせているはずもなく、イユは心のなかで天を仰いだ。全く、一体今日はなんという日なのだろう。いろいろな人に会いすぎる。

 警戒心がイユに動けと命じるが、衝撃が強すぎてすぐには動けなかった。代わりに、あのときの恨みが沸き上がってくる。あいつのせいで、イユはセーレの船員に烙印のことがばれたのだ。

 そう、あのとき、リュイスを襲った女だ。さすがに人混みだからか、今日は飛竜を連れてはいないらしい。

 二人してじっと見つめすぎたからか、女が振り返る素振りをみせた。

 イユは反射的にリュイスの腕を引っ張る。木の葉を隠すなら森の中だ。再び、人混みの中へ入りこむ。

 遅れて、女に気付いた様子のなかった刹那もついてきた。

「まさか、お前はっ!」

 女の声を耳が拾って、ばれたと気が付いた。冗談ではない。こんな人混みのなか、猛毒入りナイフで斬り付けられたらどうすればいいのだろう。

 あの女にそれをしない理性があればいいが、リュイスが狙いと言いながら、ほかのセーレの船員は死んだのだ。最悪の事態を覚悟する必要はあった。

「待て!」

 女の追いかけてくる気配と声がする。

 大変困ったことにイユは異能を見せずには戦えない。こういうとき、素手であることを後悔する。武器を持っているリュイスと刹那がいればどうにかなると思うが、そもそも目立ちたくなかった。

 人の波の間を潜り抜けながら先へと急ぐ。何事かと人々が慌てるが、そこまで気にしていたら気がもたない。とはいえ、混雑していることもあり満足に走ることもできない。

「あら、あなたたち」

 そんな中で声を拾った。先ほど会ったラヴェンナだ。悪いが彼女と話をしている時間はない。そのまま通り過ぎようとして「こっちよ」と声を掛けられた。

 慌てて止まって彼女を探す。右に左にと視線を動かしてから、その姿を捉える。イユたちに見えるようにだろう、腕を伸ばして手招きしているところだった。

 一瞬、イユは躊躇う。絶好のタイミングに現れたラヴェンナに、警戒心が沸いたからだ。

 躊躇しているイユを見かねてか、今度はリュイスがイユに代わって先陣を切る。どうもラヴェンナについていくことにしたらしい。

 イユは彼の判断に従うことにした。どのみち延々と人混みを縫い続けることなど、できない。

 ラヴェンナについていきながら、視界に大きなテントが入ってきたところで、彼女の意図が読めた。彼女の先導に従って、テントへと入る。

「さぁ急いで」

 テント内に入った途端、視界が薄暗くなった。全く見えないわけではないが、明かりが絞られているらしい。

「悪いけど借りるわ」

 ラヴェンナが近くに現れた男にそう言って、テント内を突き進んだ。テーブルと椅子がいくつか並んでいるその中を突っ切っていく。奥にはカウンターが用意されていた。そこへいくようにとラヴェンナが指示する。

(まさか、こんなところに隠れろというの?)

 近づいて違うと気づいた。

 カウンターの後ろに掛け布がしてあってさらに奥に道が続いていたのだ。とにかく、我先にと中に入り込む。

「奥は行き止まりだからそこで待っていて」

 ラヴェンナはそれだけ言うとそこにとどまった。ついてくるつもりはないらしい。先ほどの男に声をかけている。匿ってくれるよう頼んでいるのかもしれない。

 言われた通り、奥は行き止まりになっていた。衣装棚らしきものがあり、衣服が散乱している。黒を基調にした衣服が多い。しかし、どの衣装も一般的に着るようなものではなく、どこか風変わりだった。

「信じてよかったんでしょうね?」

 ここはテントだ。しょせんは布でできている。袋小路ではあるものの、その気になれば壊して出るのも手だと考えながら、イユは周りを確認する。

 まず目に入ったのは、ドクロの絵が描かれたシャツだ。衣装棚に入りきらないらしく、半分以上飛び出している。その隣に同じように飛び出しているのは動物の耳を模したカチューシャだ。色と形から察するに黒猫のつもりだろう。棚から飛び出したまま床にまで散乱しているのは、汚れた包帯だった。その包帯の末端に、口紅が落ちている。容器に紫色のカラーテープが巻かれているが、その意図までは分からなかった。

 棚の上には、鏡が置いてある。何度か手で鏡面を触ったのか、指紋が無数についていた。その鏡面に、不審顔を崩さない琥珀色の瞳の少女、つまりイユ自身が映っている。更にその背後で、刹那とリュイスの心配そうな顔が浮かんでいた。

「ここはお化け屋敷でしょうか」

 イユの質問には答えられなかったらしいリュイスが、別のことを尋ねてくる。

「何それ」

「お化けに仮装して客を驚かせるアトラクションです」

 と簡単な説明が入った。

「イユ、聞こえる?」

 刹那に訊かれたイユは耳に意識を集中させた。早速、あの暗殺者の女らしい声を拾う。既に追い付いているらしいと、ぞっとなった。

「その奥に入りたい」

「恐れ入ります、お客様。ここは関係者以外立ち入り禁止となっております」

 返す声は店員のものだ。かばってくれる気はあるようだが、あの女が強引に入ってこないとは言えない。全く気が休まらなかった。

「……それならば、私も関係者になろう。通せ」

 意外な切り口から女が責めてきた。

「ダメよ。この依頼は私が受けているの。仕事を横取りなんて、ナンセンスよ」

 これは、ラヴェンナの声だ。イユは首を傾げる。依頼とは一体何のことだろう。

「ッだが……、この中には……!」

 あの女が歯噛みしているのが、目に映るようだ。

「あなたが何を探しているのか分からないけれど、仕事の妨害はやめてちょうだい。ギルドの品位が問われるわ」

 あなたもそのクチでしょうというラヴェンナに、「白々しい!」と言わんばかりに睨みつける女の様子が想像できた。

 ところが、意外にもその予想は覆る。

「いや、邪魔をして悪かった」

 押し殺した声を出しながらも、大人しく引き下がったのだ。船員を襲う暴挙にでた女のことだ。てっきり押し入られると思っていたイユはほっとすると同時に訝しむ。

 しかし、女と思われる人の気配も一つ消えると、この事実を素直に受け入れざるを得なくなってくる。そこまで頭に血が上っていたわけでもないらしいと、自身を納得させた。

 イユの様子を見ていた二人も、それを受けてほっとした顔をする。

 暫くして、ラヴェンナが入ってきた。

「ストーカーは帰ったわよ」

 本人が訊いたら怒りそうな呼び方である。

「助かりました。ありがとうございます」

「事情は訊いてもいいかしら?」

 三人で顔を合わせる。隠すつもりもないが、実のところ訊かれたところでわかるものでもなかった。

「どうも僕が狙われているみたいようなのですが、理由は自分でもよくわかりません」

 いきなり毒入りナイフで襲われて死にかけたとイユも主張する。

「穏やかでない話ね」

 毒と聞いてラヴェンナも警戒した様子を見せた。

「ただ、これは勘だけれど、ギルドの一人でしょうね」

 ギルドと言えば、ラヴェンナにセーレに正直悪いイメージはなかった。だが、確かに以前リーサが言っていた。警戒はすべきだと。

「暗殺ギルド?」

 その名を口にしたが、

「さぁ?そこまでは」

 と、ラヴェンナは首をかしげてみせる。確かに彼女でも知りようがないことだろう。

「それよりも」

 ラヴェンナが意味深な顔でじろじろとイユたちの顔を見る。

「何よ?」

 同じように視線を浴びた刹那も首をかしげる。

「あなたたちは狙われていないのでしょう?それなら、今助けた報酬をいただかないとね」

 その意味ありげな微笑に、何か企んでいたのだと思い知らされた。


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