その138 『ランド・アルティシア』
「この中で、バザー、やっているの」
また知らない単語がでてきた。
分かっていない顔のイユに、見せたほうが早いと二人が急かす。チケット売り場で券を買って、三人でアーケードをくぐっていく。途端に楽しげな音楽がイユたちを出迎えた。等身大のぬいぐるみが歩いてくる。それを見つけた子供たちが一斉にぬいぐるみを取り囲んだ。その先では、体中に商品を背負った売り子が人々に声を掛けて回っていた。
新しい世界。そう称してもいいこの場所で、さきほどの兵士たちへの恐怖など、吹き飛んでしまった。勿論、警戒を緩めたわけではないが、にぎやかな雰囲気にむしろ気圧されながら進んでいく。
僅かに進むと、大きな噴水広場がイユたちの前に現れる。憩いの場になっているのであろう、ベンチに座って休む老夫婦に、風船を手に両親に何やら報告している子供、お菓子を食べるカップルもいた。
その広場の真ん中に、琴を弾いている女神の石像がある。女神像の名前だろう、その下に小さく『アルティシア』と文字が書かれているのが読めた。
「遊園地と同じ名前?」
文字が読めることに誇らしげになって訊けば、リュイスが考える仕草をした。
「イクシウスの初代女王の名前……だったと思います」
文字が読めるどころかその知識を披露してみせるリュイスに、イユは唖然とする。まだまだ勉強しないといけないことは多いらしい。
「ちょっと、イユに似ている?」
刹那の感想に、改めて女神像を観察する。ウェーブのかかった髪が腰までなびき、足元まで伸びるワンピースは清楚だ。年は30ぐらいだろうか。その目は女神と呼ぶに相応しい慈愛に満ちている。一方でどこか凛とした表情が、その人物の意思の強さを表しているかのようだ。とはいえ、ごつごつした石をいくら眺めてみたところで、それ以上の感想は沸いてこないイユとしては、全くピンとこない。
「あぁ、わかります。雰囲気が少し似ていますね」
「そう?」
リュイスにまで言われては、そうなのかもしれない。けれどイユ本人には、やはりよく分からなかった。
それにしても遊園地に初代女王の石像とは、ギルドに土地を貸しているなんて言いながらも、ここは改めてイクシウスなのだと意識させられる。
「でも、遊園地の人はギルド寄り」
刹那がそう言ってイユを安心させる。兵士たちはここには立ち寄ろうとしないのだと。
「むしろ、ギルドがつくった遊園地ですからね。イクシウスを立てるためにこの名にしたともいわれています」
マドンナの顔が浮かび、妙にしっくりきた。彼女ならば涼しい顔をしてそれぐらいの機転は利かせそうだ。
話題の女神像の近くでは噴水から水が僅かに吹き上げている。気になってのぞき込んだイユに、リュイスが止めた。
「濡れますよ」
顔を引っ込めた途端、イユのすぐ近くで水が吹き上げる。リュイスの注意がなければ危うく顔面びしょぬれだっただろう。
「こっち」
刹那に促されてついていく。
その先に、大きな歯車の形をした建物がある。船からみたときに見つけた建物だと気づいて、こんなに大きかったのかと驚いた。確か、シェルの話では、観覧車だと言っていたはずだ。
反対側には高い塔があり、そこから時々悲鳴が聞こえた。何事かと思うが、リュイスも刹那も素知らぬ顔なのでイユも平静を装う。どうも気にしなくてもいい類のものらしい。
途中、大きな船もあった。不必要なほど大きく揺れている。リュイスに訊けば、バイキングだという。あの船に乗ってわざとひどい揺れを体感するのだと聞いた。イユからしてみれば、全くもって訳が分からない。
「ねぇ、あれは」
イユが指したのは、謎の生き物が何匹もぐるぐると回っている装置だ。
「メリーゴーランドです」
「何のためにあんなことしているの」
ずっと回っていて何になるのだろうと思いきや、
「あれが楽しい人もいる」
と刹那が答える。
今までのインセートも十分イユを驚かせてきたが、ここまでくるともう、驚きを通して呆れてしまった。一体ここはどうなっているのだと思う。
「そろそろ」
巨大なコーヒーカップがぐるぐると回っている装置を通り越した頃、刹那がそう言った。
目の前で人が大勢いるのを見て、気づく。ヴェレーナの市場そのものだと。いや、正確には少し違う。ヴェレーナの市場では、人々はしっかりとした店を構えていた。だがここでは地べたに敷物を布いてその上に商品を載せているだけだ。だが、大勢いる店員たちがさまざまな商品を売っているという点は何も変わらない。
そうかとイユは納得する。これがバザーなのだ。
「あら、久しぶりね」
聞き覚えのある声がして、はっとした。人通りの中から見知った顔が出てくる。すらりとした体型に美しい金の髪が相変わらず印象的だ。
「ラヴェンナ。お久しぶりです」
「サーカス騒動ぶりね」
まさか、こんなところで会うとは奇遇である。
「誰?」
知らないという刹那に、紹介した。
「あなた、いつみても女の子を引き連れているのね」
「……妙な言い方はしないでください」
ラヴェンナの感想に、リュイスが嫌な顔をする。
「ラヴェンナは何を買いに?」
買い物をするところだとわかったイユは早速聞いてみた。
「これよ」
ラヴェンナはちらっと腰の銃を見せる。
「たかだかバザーだと思って甘くみるとダメよ。ここでしか出ないものも多いから」
そう言ってとんとんと銃を叩いた。
「魔弾?」
何かに気づいたらしい刹那の答えに、正解だと嬉しそうにする。一方で、首を傾げたまま、よくわかっていないイユに説明をいれた。
「バザーじゃ、魔法石がふんだんに手に入るのよ」
イユには、その説明だけではまだ分からない。
イユの戸惑った顔に気づいたのか、ラヴェンナは魔弾の説明に入る。
「銃弾に魔法石を入れると、いろいろな力を放てるようになるのよ。あなたもそのクチでしょう?」
刹那は頷いて、一枚の札を見せた。
そういえばとイユも思い出す。リバストン域で、刹那は壁に札を貼り付けていたとき、魔法石が入っていると言っていた。確かそれで強度が増すのだ。
「あなたもシェパング出身?」
刹那の質問に、ラヴェンナをまじまじと見てしまう。彼女の服装には、刹那のような異国さはない。
だが、ラヴェンナは引っかかるような言い方をしながらも、肯定してみせた。
「生まれはね」
それから思いついたような顔をする。
「そうだわ。これも縁。もしこれから用事がなければ一緒にランチでもどう?」
もちろん奢るわよ。とウインクまでしてみせる。
イユたち一行は互いに顔を合わせた。
「すみませんが、僕たち。この後予定が……」
外での行動は警戒しろと言われている。おまけに先ほど兵士を目撃したばかりだ。もったいない気もしたが、最もな判断だった。
「そう、残念ね」
また会いましょうと言って、ラヴェンナは再び人混みに溶け込んだ。




