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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
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その137 『会いたくなかった』

 次の日、イユは刹那とリュイスとともに買い出しにでていた。朝方は店が開いていないからと通常の仕事をこなし、お昼ご飯を食べてからの出立だ。午後から出た為か、ぼちぼちと人の姿が見える。この街は夜型なのだと改めて意識させられた。

「それで、行きたい店はどこなの」

 言うほど出歩いてはいないものの、水汲みの範囲内であれば大方の店は把握している。

「もう少し、先」

 刹那が示した先は、普段は行かない道の先だった。ヴェレーナほどの真新しさはないものの、知らない場所というのはワクワクする。この街はおかしなものが多いから猶更だ。

 それにしても、昨日の空気の重さに比べたら、こちらの方が休暇に近い。何かあったときのために警戒しろとは言われているが、尾行されている気配もなければ周りの空気もほのぼのとしているので、良い気分転換になった。

 そんなことを考えたのが、まずかったらしい。

「待ってください」

 ふいにリュイスに声を掛けられ、イユたちは止まる。何事かと問う前に、刹那共々、路地裏へと引っ張られた。

「兵士がいます」

 囁かれてはっとする。耳をすませば、確かに鎧のガチャガチャという音が聞こえてきた。一行は慌てて物陰へと身を潜める。

「アズリア様、こちらにおられましたか」

 そんな声をかけながら、先ほどまでイユたちがいたところを兵士が走っていくのが見えた。狭い路地にまでは意識がいかないようでこちらには気が付いていないのが幸いだ。

「あの兵士……、イクシウスの」

 鎧に刻まれていた文様をみて、刹那が特定する。ここはイクシウスなのだから他国の兵士が堂々と歩くことはないだろうし、考えられるとしたらそれしかない。

 イユは心臓が早打つのを感じる。兵士がこの街に紛れているのは聞いていて知っていた。だが運のよかったことに、こうやってすぐ近くで会うことは今までなかった。もし、見つかっていたらどうなるのだろう。『異能者』だとばれずに、セーレの関係者と思われないように、隠れてやりすごすことができるのだろうか。

 その答えは兵士たちのやりとりの中にあった。

「見つかったか?」

 あまりに訊き慣れた声がして、イユの肌が粟だった。それから、耳を疑った。だが、悪夢にも等しい強気な女の声には覚えがありすぎた。答えが知りたくて、イユは路地から少し顔を出した。

 すぐにその姿を捉える。鎌を携えた長身の女が、兵士と顔を突き合わせて話をしている。茶髪を上の方で一つに結んでいるところまで、イユの記憶と合致した。

「いえ。ですが、ノキの酒場の方で目撃情報が」

 さきほど、アズリア様と呼んだ兵士がそう答える。

 イユはここで初めて鎌使いの女の名前を知った。どうしてこんなところにいるのかと、疑問がイユの頭を支配する。あの女とは、レイヴィートで会ったではないか。レイヴィートに居続けているわけではないのか。まさか、船を『異能者』に落とされたことで左遷でもされたのだろうかと。

 女のきつい目がふいにこちらを向いた気がして、イユは慌てて顔を引っ込めた。心臓がバクバクいっている。冗談ではないと頭の中で叫んだ。よりにもよってイユの正体をよく知っている女が、どうしてこの街にいるのだ。

「イユ、こちらから迂回しましょう」

 リュイスに声を掛けられ、頷く。絶対に会いたくない相手だ。避けたほうがいい。

「……最悪だわ」

 何のことかと二人が不思議そうな顔をする。

「あの鎌使いの女がいたの」

 アズリアの話をすれば、リュイスも暗い顔をした。

「とにかく離れましょう」

 頷き返す以外のことが思いつかなかった。狭い路地を進み、少しでも兵士たちから離れる。

「あいつら、ノキの酒場に行くみたいだったけど」

 走りながら、兵士から得た情報を話す。

「ということは、セーレの方ですか」

 ノキの酒場とは他でもない水汲みに行くときによく通るあの酒場のことだ。つまり、セーレに近い場所に位置する。ジェイクが、単独で酒場に行けないことだけが悔やまれると何度もぼやいていたのを思い出した。結局行くこと自体をやめていたが正解だと思う。タイミングが悪ければ、兵士と鉢合わせだ。

「戻るのは得策ではないですね。僕らは顔が割れています」

「それなら、予定通り買い出しにいく。買い出しは大事な用事、外せない」

 刹那の提案に、誰も異論はなかった。

 イユは知らなかったが、刹那のいく買い出し先には兵士が入りにくい理由があった。それも決め手の一つだったらしい。彼女に誘われるまま、そのまま路地を抜けだす。ひらけた道に出たところで、兵士が出迎えなどしていないかと不安になった。だが、幸いにもそんなことはなかった。人が多すぎて兵士を探すどころではなかったのだ。むしろイユたち自身が人の波に紛れて互いを見失いそうになった。

「ここ」

 刹那が何か示している。イユは突然の人混みを抜けながら、懸命にその先を見た。

 息を呑む。大きなアーケードが目の前に聳え、その後ろで不可思議な建物たちが待ち構えていた。

「何、ここ……」

 人の流れも、そのアーケードの中へと続いている。

「イユならもう読めるんじゃないですか」

 リュイスに言われて、アーケードに書かれている文字に気づく。

「ようこそ、ランド・アルティシアへ……?」

 たどたどしく文字を読むと、リュイスは満足げに答える。

「正解です。俗にいう遊園地ですよ」

 遊園地とは一体何のことなのか、イユには分からない。だが、初めて、街の中にいて文字が読めたことに胸が高鳴った。


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