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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
135/991

その135 『向き合う覚悟を示して』

「ヴァーナー、いいかしら」

 扉を叩きながら、イユは声を掛けた。食事を早々に切り上げたイユは、リュイスに無理を言ってヴァーナーの部屋の前まで連れてきてもらっている。そのリュイスには、我が儘を言って少し離れてもらった。というのも、イユの行動を見ていたらすぐに止めに入られそうだからだ。

 そういうわけで、ヴァーナーから返事がないのをいいことに、イユは扉を叩き続けた。

「うるせぇ!」

 耐えられなくなったらしい、ヴァーナーの怒鳴り声が扉越しに聞こえてくる。

 勿論、イユの目的はヴァーナーに扉を開けさせることなのでお構いなく叩き続ける。遠くにいるリュイスに呆れた顔をされていると思うが、ここが忍耐勝負のしどころなのだから仕方がない。

「うるせぇって言っているだろ!」

 堪忍の緒が切れたヴァーナーが扉を思いっきり開ける。

 これでようやく、まともに会話ができるようになった。

「昼間の話の続きだけれど」

 すぐにイユは切り出した。おちおちしているとすぐに扉を閉められかねない。無駄話も前提も一切省いて、必要な言いたいことだけを速やかに伝える。

「私、リーサの友達であることは何があっても止めないわ」

昼間、ヴァーナーはこれ以上リーサに近づくなと言った。イユとリーサが友という関係であるがためにそれを失ったときが心配なのだと。それに対する答えとして、リーサとの関係は続けていくと改めてイユは一つ目の宣言してみせる。そして、二つ目の宣言をする。

「そのうえで、あなたが心配するようなことには絶対にならないようにするわ」

 我に返ったように、ヴァーナーは扉を閉めようとする。そこをすかさず、イユの手が食い止める。閉めようとしたヴァーナーの手より少し下の位置で、イユの手が閉めさせまいと扉を壁に向かって抑え込む形だ。こうして並んでみるとヴァーナーの手に比べてイユの手は一回りも小さい。それでも、異能を使ったイユの手を前に、ヴァーナーは扉を閉めることが能わず顔を歪ませた。

「だからお前は信用できないって言っているだろ」

 この力が証明だとばかりに、ヴァーナーが言い張る。

「それなら、ヴァーナーに信用してもらう方法を考えるわ」

 イユの言葉に、一瞬、呆れが走った。何を言い出すのかと、小馬鹿にしたように告げる。

「そんな方法はねぇって言っただろ」

 イユは首を横に振った。

「ヴァーナーが自分でもその方法を知らないというだけでしょう?だから、私が考えるわ」

 信用なんていう心の問題に、本人も知らない方法を考えるというのだ。我ながら無茶難題なことを言っているとは自覚している。それでも、こうしてヴァーナー自身と向かい合うだけの覚悟を、見せるべきなのだと判断したのだ。

「さっき、リーサに十二年前何があったかを聞いたわ」

 イユのその言葉にヴァーナーの目が見開かれた。

「リーサは後悔していたわ」

 当時、小さな子供に過ぎなかったのでしょう?とイユは、食堂でリーサから聞いたことを伝える。

「『『龍族』が怖い』、『命を奪われるのが恐ろしい』それでいいはずなのに、リーサはあの時家族を助けられなかったことに、無力さを感じていたの。……リーサは、強かったのね」

 ヴァーナーはイユの言葉に、呆然と呟いた。

「お前、よりにもよって、あいつに直接聞いたのか」

 その顔がみるみるうちに怒りで赤く染まっていく。

「一番思い出したくない当時のことを……」

 扉を閉められないように力を使っているのはイユだ。力関係で言えばヴァーナーより遥かに勝っているはずなのに、そのときのヴァーナーが怖いと思えたのは何故だろう。それでも、イユはその顔に向き合い続けた。今まさに信用に至るための覚悟が試されている気がしたのだ。

「そうよ」

 怒り心頭といった形相のヴァーナーに、イユは続けた。

「そしてリーサは、『話させて』と言ったわ」

 ヴァーナーの怒りが吹き飛んだわけではない。それでも、その言葉が意外だったらしく、抱いている感情の中に驚きが混じったことをイユは悟った。

「リーサは前に進もうとしているのよ」

 レッサと一緒だ。彼らは十二年前の出来事を過去にしてしまおうと努力している。止まっているのは恐らく、ヴァーナーだけだ。

「だから、前と同じことにはもうならないわ」

 たとえ同じ目にあっても、リーサなら立ち直ることができるとイユは信じる。だから、この未来(さき)の不安事の為に、今あるリーサとの友としての関係を切り崩すなんてことは絶対にしない。

 それでも、ヴァーナーはイユのことを、いやリーサが傷つかないことを信用できないのだろう。ヴァーナーの変化のない表情を見ていてそれが伝わった。結局のところ、ヴァーナーが抱えている問題はリーサのことではなくヴァーナー自身の問題なのだ。リーサが前に進んでいても、ヴァーナー自身が立ち止まってしまっている。

「ねぇ、カメラを貸して」

「は?」

 イユの言葉に、ヴァーナーの思考がついていっていないのか、間の抜けた言葉が出た。

「使い方を教えてもらえれば、それで大丈夫よ。壊さないようにするから」

「いや、壊すなよ」

 思わずと言った感じで、突っ込みだけは入る。それから、イユの考えが読めないのか慎重な声音で聞いてくる。

「……どういうつもりだ」

イユは真っ直ぐにヴァーナーの瞳を見つめる。紺色の瞳が僅かに揺れているなと思った。

「あなたの信用を勝ち取るための方法を思いついたの」

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