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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
133/992

その133 『リーサたちの過去』

 レッサは機関室にいた。休暇中のヴァーナーに代わり、ずっと詰めているようだ。

「レッサ!」

 話しかけてから、レッサの隣で立っている黒髪の男に気付く。ジルだ。こうしてイユが直接会ったのは、2回目だった。1回目はマレイユとともに紹介された甲板でだ。それ以降、タイミングの問題かジルの姿をみたことはなかった。

 隣にはクルトもいて、驚いたように聞いてくる。

「どうしたの」

 振り返る一同にイユの口は言葉を告げられない。残りの二人に聞いていい出来事なのか、判断がつかなかったのだ。

「確か、ジルよね?」

 ひとまずはと、確認をとることから始める。

「ああ」

「レッサを貸してもらえる?大事な話をしたいの」

 話の分かる男らしい。ジルはそういうことであればと首を縦に振った。

「え、いいの。これからライムが改造した、勝手に動く飛行石をどうにかしにいくはずじゃ」

 一体何をやっているんだと言いかけたくなるイユと、きょとんとした顔を崩さないで言うレッサを制して、ジルは答える。

「クルトと二人であれば問題ない」

「え、ボク。備品取りに来ただけ……」

 言いかけたクルトの言葉が尻すぼみになる。

「お前なら、ヴァーナーたちに教わった飛行石の知識が活かせる。問題なかろう」

 有無を言わせないジルの言葉と周りの視線に、クルトは諦めたように溜息をついた。

 内心クルトに詫びながら、レッサを連れて機関室の奥へと行くと、早速レッサから質問がとんでくる。

「それで、どうしたの」

「実は……」

 中々切り出しにくい。いきなり、リーサの過去について教えてくれと言うのも気が引けた。

「リーサとヴァーナーって幼馴染なの?」

 一番確認しやすい話からしてみる。

「え、あ、うん。そうだよ」

 唐突に感じただろうが、レッサは頷いた。

「二人とも家が近かったから。ヴァーナーがよくリーサをからかいにいって、リーサが怒ってヴァーナーを追いかけていたかな」

 レッサの補足に、イユは感想を述べた。

「今も変わらないわよね?」

 イユの記憶では、イユに冷たくあたるヴァーナーに、リーサが怒ってヴァーナーを追いかけていく出来事が新しい。

「確かに、だいぶ前みたいな関係に『戻った』よね」

「戻った……?」

 復唱するイユに、レッサが尋ねた。

「イユが聞きたいのは、リーサとヴァーナーの関係?今日はヴァーナーと一緒にヴェレーナに行っていたはずだよね。何かあったのかな」

 ここまで来たら素直に話すべきだろう。イユは、ヴァーナーに言われた話をした。

「そっか、ヴァーナーが……」

 レッサがリュイスの方を向いた。

「ねぇ、この話は十二年前のカルタータの話に繋がるよ?話してもいいのかな」

 リュイスが頷くのを見て、レッサが決心したようだ。

「本当は本人たちの許可なしに勝手に過去を話すのはどうかと思うんだけれど……、このままじゃ埒が明かないもんね」

 そして、レッサがとうとうと語りだす。

「十二年前、人間と『龍族』がともに暮らすカルタータという地に住んでいた僕たちは、突如として『龍族』に街を襲われたんだ」

 それは、ヴァーナーからも聞いていた話だった。『龍族』に暗示が使われていたという。

「本当は、カルタータは特別な障壁に守られた、『龍族』以外は出入りの許されない地だったんだ。だから、僕たちは外から誰かに襲われることなんて考えていなかった」

 その内容は、イユの興味を引いた。

「それだと、『龍族』以外の、リーサやレッサたちは街から出られなかったって聞こえるけれど」

「そうだよ」

 あっさりと、レッサは答えた。

「障壁はまるで意思があるみたいに出入りできる人を選別できた。そして外から入ることを許された人間は、その子孫に至るまで出ることを許されないんだ」

 イユは言葉の衝撃を呑み込むのにいっぱいになった。つまり、リーサやレッサたちは本来ならばカルタータという地から一生出ることができなかったということだ。それは、まるで街全体が檻のようではないかと、感想を抱いた。

「だから、悪夢を生んだ」

 イユの頭の中に、中にいた人たちの不満が爆発する絵が浮かんだ。しかし、実際はそうではなかったのだ。

「『龍族』に襲われた時、人々は逃げるに逃げられなくなった。燃える街の中で、魔法に抗う術もなく、僕たちはただ殺されていった」

 紡がれた言葉は、まさに悪夢だった。逃げ場のない檻の中で蹂躙されていく人々の悲鳴が、淡々としたレッサの言葉の端から聞こえてくるようだった。

「僕とヴァーナーが助かったのは、本当はいけないことなんだけれど、セーレに乗り込んで遊んでいたからだよ。他の場所で遊んでいたら多分僕たちも死んでいた」

 でも、リーサは。そう、レッサが紡ぐ。

「僕たちとは一緒にいなかった。あの悪夢の中に取り残されていたんだ」

 イユの頭の中で、レパードが『あいつの家族を助けられなかった』といった言葉が再生された。

「僕たちがリーサと再会できた時」

 レッサの言葉は続いている。

「リーサは既に僕たちの知っているリーサじゃなかった」

 レッサが言うには、リーサに会えたのはカルタータを離れた数日後のことだったという。レパードが救出した際リーサはずっと泣きじゃくっており、その後何日も眠りについたと聞いていると。そして再び目を覚ました時には――、

「笑わなかったし、ヴァーナーがどれだけふざけてみせても怒らなかった。追いかけるなんてもってのほか、ただ椅子に座って無反応で、魂が抜けてしまったのかと思った」

 それをヴァーナーは人形のようだと揶揄したのだ。そんな状態が何日も続いたという。食事も口にしないので段々やせ細っていくリーサに、レッサたちは不安で仕方がなかったと。

「僕たちの家族もあれから離れ離れで、他の友達も見つからなくて、船も無事じゃなくてあちらこちらに血が飛び散ったままで……。そのうえに無事だと聞いて喜んだリーサはあんな状態になっていた。まるで、リーサが今回の悲劇の象徴みたいでね。僕もいまだにあのときの光景が目に浮かぶんだ」

 悪夢が頭にこびりついて離れない。それが分かるような気もして、同時に、安易にわかるという言葉を使ってはいけない気もして、イユは言葉を発せられずにいた。

「それが、君の聞きたかったことでよかったかな」

 どうしてレッサはこんなにも淡々と話せるのだろうと、不思議になる。イユならば、何も言葉が紡げない。

「えぇ、ありがとう」

 そういうのが、やっとだった。


「何、会話終わったの?」

 レッサとともに戻れば、クルトたちも仕事が終わったようでやってくるところだった。

 イユは、歩いてくるクルトを見て、咄嗟にレッサに聞いていた。

「ねぇ、クルトも同じカルタータにいたの」

 イユの記憶に浮かんだのは、自分の命にも淡泊なクルトの様子だ。先ほどのリーサの話と絡んで、クルトも同じ目にあったのではないかと思ってしまったのだ。

「うん。けれど1歳だったから覚えていないと思うよ」

 それを言われて、思い出した。確かクルトの年齢は十三歳。十二年前の出来事はクルトにとっては赤ん坊のころの話らしい。それならば、クルト自身の命に淡泊な部分はカルタータが影響しているわけではないのだろう。そう思い起こすイユに、レッサは察したように補足した。

「セーレはだいぶ落ち着いてきたけれど昔はもっとひどかったんだ。だから、クルトも苦労してきたんだよ」

 十二年前の悪夢の一件は、一時のことではない。その後も後を引いてセーレにいる皆を蝕んできたのだと、そういわれた気がした。

「そう……」

 他に言葉は紡げなかった。

「でも」

 代わりにレッサは続ける。

「僕はここが第二の故郷だと思っている。他の皆もそうなんじゃないかな」

 思わず見やったレッサの表情は、憑き物が落ちたかのようにすっきりしていて、本心からそう言っているのだと分かった。彼らは確かに悲惨な目に遭ったかもしれないが、それでも前へ進むことを止めたわけではないのだ。


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