その130 『職人の技の結晶』
確かに駅までの道には不思議なものがたくさんあった。とりわけ目を惹いたのは、鏡でできた館だ。日の光を反射して眩しかったが、その分存在感も強かった。その眼下には万華鏡という不思議な筒が売られている。とても手がでる額ではないので寄るなと言われてしまったが、筒の中には美しい世界が広がっているのだという。
その先には、風船売りの少女がいた。ハート型、星型、花の形とさまざまな形に折り曲げられた風船は、風船そのものをよく見かけるインセートでもあまり見たことがない形をしている。
駅に行くために、昇降機にも乗った。下りてきた箱に乗って、しばらくすると箱ごと自分が持ち上がる感じがした。気が付けば、目に映っていた塔がどんどん低くなっていった。飛行船とはまた違う空の飛び方に、イユの目が丸くなる。まさか、垂直に飛ぶことができるとは思いもよらなかった。
「小型飛行船で十分だよなぁ」
ヴァーナーは理解できないという顔だ。
昇降機から出れば、イユのすぐ目の前を木箱が通り過ぎた。
「おっ!」
先ほどから散々飛んでいただろうに、ヴァーナーが珍しく目を見張る。イユの訝しそうな表情に気付いたのか、簡単に説明する。
「わからないか?あれ、『古代遺物』じゃねぇよ」
隣にいたリュイスはそれで気づいたらしい。納得した顔をする。
「なるほど、自作ですか」
「どういうこと」
置いてけぼりは気に食わない。むっとしているとリュイスが助言する。
「イユの目ならまだ見えるはずです。木箱の上に取り付いている部品を見てください」
木箱は遥か前方を飛んでいる。だが確かに目を凝らすと、イユの目であれば、部品を視認することができた。木箱の動きが早かったので見落としていたが、羽のような機械が箱に取り付いている。その羽は絶え間なく回転していた。
あれは、木箱そのものが浮いているのではなく、木箱に取り付いた機械が浮かしていたのだ。
そして、木箱の隣を先ほどまではなかった別の木箱が通り過ぎる。そこでとうとう、イユも気が付く。
「飛行石が付いていないのね」
木箱に取り付いている部品に、光っているものと光っていないものの二種がある。恐らく光っていないものが飛行石がついていないもの、つまり自作なのだ。
「そうです。自分たちで、飛行石を使わずに『古代遺物』と同等性能の部品を作っているんです」
「画期的だろ?これで飛行石の寿命問題を解決できるわけだ」
飛行石の寿命と言われると、イユにも覚えがある。レイヴィートで飛行石の欠片を使ったとき、光を引き金にして力を開放した後、すぐに黒ずんでしまったものだ。その後、決して再び飛ぶことはできなかった。
「凄いことよね?」
「世紀の大発見といいたいところだが、実は問題が山ありでな」
ヴァーナーが再び饒舌になってきている。研究者魂に火がついたのだろう。
「飛行石の代わりに、電気で羽を回転させて飛ばすというのは前時代でもやっていない発見で間違いないんだが、その構造上、まだ小規模の物体しか運べない。そのうえ、対空時間が百時間もない。電気が尽きる前の動作も安定しないから、上空からあの木箱を落として怪我人を出したなんてことも聞く。それに、何よりその電気を発生させる部品だけはまだ『古代遺物』だ」
先ほどの市場での解説では口を挟むと怒ったのに、今は何か意見を述べて欲しそうな顔をしてくる。全くわけがわからない。
「確かにそれだと完全な自作とは呼べないけど、『古代遺物』だと何か問題があるわけ」
渋々ながら述べたイユの質問を、小気味よいほどにヴァーナーが両断してみせた。
「根本解決にならないだろ。飛行石も有限だが、『古代遺物』も地面を掘り起こして見つけてくるんだぜ。結局、いつかはなくなる」
つまり、自作する目的は飛行石の寿命を解決するためにあるがその問題が解決できても、結局のところ『古代遺物』も有限だから乗りかえるだけだといいたいらしい。
イユは内心飽きてきたので、てきとうに頷いて返した。
「なるほどね」
「まぁイクシウスからしたら、有限だろうがなんだろうが、躍起になって乗り換えるだろうがな」
ヴァーナーの話では、イクシウスは巨大な飛行石を所持しているものの昔の記録に比べて領土の高度が全体的に下がっているという。それは飛行石の寿命が近づいているためと考えられているそうだ。それゆえ、次の浮遊手段を模索すべく焦っているらしい。
確かに空から落ちた先は奈落の海だ。あそこに島が沈むことを想像するとぞっとする。
「そういうわけで、ヴェレーナなどの主要な町で研究開発が進められているんだが……」
「その話だと、やっぱりここって私たちにとっては危ない場所ではないの」
ヴェレーナがそこまで重要視されているのならば兵士も多いはずだ。確かに今は見ていないが、こっそりつけられていてもおかしくはない。そう思って聞いたのに、そこではヴァーナーはきりっと睨みつけてくるのだから全く勝手が良い。
「そんなものどうとでもなる。それより大事なのは研究開発だ。最近では……」
決してどうとでもなるものではないと思うが、口は挟まないでおいた。代わりに常に周囲を警戒しておこうと心に決める。
ヴァーナーの説明が一区切りついた頃、イユたちはお菓子屋が並ぶ一画に出た。
職人の街のお菓子だ。きっと凄いものが売っているに違いないと、イユは目を輝かせる。
行きたいと二人にせがめば、ヴァ―ナーに露骨に嫌な顔をされた。
「リュイス、行きましょう」
こういう時は引っ張った者勝ちである。
それに、散々長話を聞いたあとなのだ。イユの好奇心をそろそろ優先してくれてもいい。
有無を言わさずリュイスを引っ張り、店の前へとたどり着く。ショーケースには可愛らしいお菓子がたくさん並んでいた。家の形をしたケーキの、屋根にあたる部分に、ガラス細工のような青い鳥が乗っている。その鳥の囀りに招かれて、立ち寄った旅人が鳥を見上げるところまで再現されていた。その隣にあるお菓子は丸太の形をしたチョコレートだ。そこに乗ったリスの親子が仲良くドングリをかじっている。
「これは、食べられるの」
そう聞いてしまうほどに、それらは繊細に映った。
「もちろん」という店員に、金額を聞いて飛び上がった。
「10000?!」
思わず、気おくれしてしまう。あり得ない額だ。見た目は確かに美しいが、食べたらすぐになくなってしまうのだ。それはあまりにももったいないと、考えてしまう。
「観賞用?」
それにしても高いと思っていれば、後ろからヴァーナーが追いついてきた。
「だから寄るなと」
「言われてないわ」
嫌な顔をされただけだ。
「あ!でも、これぐらいなら」
そうリュイスが示したのは、小さいハンバーガーのような形をしたお菓子だった。
「マカロンか」
ヴァーナーの呟きで、名前がわかる。
価格は1セット3個付きで90ゴールド。なんという良心的な値段だろう。マカロン1個でりんごが2個買えてしまうわけだが先ほどの価格と比較すると随分お得な気がしてしまう。
「それでは、3人分下さい」
当たり前のように、リュイスがお金を支払おうとするので慌てて止めた。
「私が払うわ」
きょとんとされる。どうも、前言ったことを忘れられたようだ。ミンドールは以前、お金を払う方が大人だと言っていた。それに、イユはただでさえ過去にリュイスから散々貰っているのだ。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないわ、私が払う」
珍しくリュイスが折れない。
「そんな遠慮しなくても」
「遠慮なんてしてないわよ」
店員が困り顔しているのにも気づかず、二人の口論は続く。
「リュイスは以前私に払ったんだから、今度は私が払うべきよ」
「でもイユはそんなにお金を持っていないではないですか」
「ギルドで仕事を貰ってくるから平気よ」
「そういう問題では」
「あーあーあー、うるさい!」
たまりかねずヴァーナーが叫んだ。
「それなら、各自で払えばいいだろうが!」
そういって、コインを3枚店員に渡す。
「毎度ありがとうございます」
助かったとばかりに嬉しそうな笑顔を浮かべる店員に、さすがのイユも何も言えなかった。




