その129 『市場で買い物』
活気のある気配がして気持ちを切り替える。市場が開催されているところまで戻ってきたようだ。行きにも通りすぎてはいたのでわかってはいたが、奇奇怪怪なものが売られている。
「オ嬢サン」
一画を通ると、突然声を掛けられた。振り返ると、木彫りの鳥が首をかしげている。
「オ嬢サン、買ッテイカナイカイ」
「喋った……?!」
思わずイユは一歩後ずさりした。空を飛ぶのにも驚いたが、あれはきっと飛行石を使っているからだ。しかしこの鳥は言葉を話している。タネがさっぱりわからない。
「話ス鳥ハ初メテカイ?僕ヲ買ッテクレテモイインダヨ?」
そういって首を反対側へと傾げてみせた。パクパクと口ばしが動く。
「……ただの玩具だ。声は録音だろ。相手の反応に合わせて何パターンか用意してあるんだな」
何をしているんだと呆れ口調でヴァーナーが言った。
「お前、ほんと、世間知らずだな」
「普通は知らないわよ!こんなの!」
怒鳴り返すイユに、リュイスがまぁまぁと宥めにかかる。
「あれは木彫りのオウムです。結構高いので僕達に手は出ませんよ」
いくらかと訊けば、木彫りのオウムの近くにいた店員の少女がにこっと笑って答えた。
「一羽、10000ゴールドです」
なるほど、とてもでないが手が出ない。
「売りたいなら、俺たちみたいなのは狙うなよ」
ヴァーナーが店員に返せば、「あう、気を付けます」と返された。そんな殊勝に反省されても虚しくなるだけなのでやめてほしい。
「あ、ありました!」
その隣で、リュイスが別の店へと駆け出す。その店は、他の店に比べて比較的落ち着いて商品を見ることができた。ねじにボルトにナット。おかしなものは売っていないようだ。
「一般的なものに止めねじ、タッピングと……。まぁほしそうなものは一通りありそうだな」
さっと確認してヴァーナーは言う。
「前々から思っていたのだけれど、ねじなんて、一体何に使うの?」
途端にヴァーナーから冷たい視線を投げかけられた。
「これだから素人は。飛行石をそのまま使えばいいとか言う質だろ」
恐らく正解ではないのだろうと思いつつも、精一杯の知識を披露する。
「日の光にあてればいいんでしょう?」
案の定、盛大にため息をつかれた。
「それなら、日の当たらない機関部に置いてあるわけがないだろ」
見下された口調には腹が立つが、言われてみればその通りだ。
「いいか?」
今朝の沈黙はどこに行ったのやら、ヴァーナーは説明を開始した。
「飛行石は太陽光を浴びると一気に力を解放してすぐにダメになっちまう」
飛行石のかけらが黒ずんでいるのは、過去にイユも見たことがある。ああなってしまうと、いくら光を浴びても浮かないのだ。
「だから普段は暗い場所に置いて、必要な時だけ必要な欠片に光が当たるようにしてやる必要がある」
機関室の飛行石は眩しく光っていた。それは今セーレが浮くのに必要な量だけを光らせていたということだろう。
「それがどう、ねじにつながるのよ」
途中で口を挟まれたのが癪に障ったらしい。睨まれた。リュイスみたいにおとなしくしていないといけないようだ。
「光の当て方を調整する器具に、飛行石の力の放出具合を計測する装置、この両者にねじを使う。特に測定装置は飛行石の中の熱にやられて、すぐ壊れちまう。殆ど使い捨てだ。予備がいるのはわかるよな」
空を飛んでいる最中に、空を飛ばすための道具が壊れでもしたらたまったものではないというのはわかる。計測装置が果たしてそれにあたるのかは分からないが、下手に口にだすとまた睨まれそうだった。
「ちなみに、レイヴィートの飛行石が日に浴びたままなのはでかすぎて動かせないからだ。まぁ塗料を塗って光を浴びすぎないように工夫はしているらしい」
訊かれてもいないのに、そんな説明までする。
知らなかったとイユは思う。ヴァーナーは専門的な話をさせると止まらないらしい。
「ねじの購入は終わりました」
声にはっとすると、リュイスが小袋を手にしていた。ヴァーナーの語りの間に抜け出して買ってきたらしい。
そこで、ヴァ―ナーも自身がいつの間にか語っていたことに気づいたような顔をした。
「……話は終わりだ。い、行くぞ!」
慌てたように話を区切る。
「とはいえ、トロッコはまだ出ませんし、もう少し街を見回ることができますよ」
リュイスの話では、昼以降のトロッコは二時間に一本しか出ないそうだ。トロッコの旅は短かったわけなので歩いてでも帰れそうだが、その提案はしないでおいた。どうせならこの摩訶不思議な街を見回りたい。
ヴァーナーは不服そうな顔を作りつつ、「特別に許してやるよ」と恩着せがましく言った。
イユは早速ほかの店を見てみる。隣の店は、木でできた棚を売っているようだ。価格は高めだが、中にはイユの所持金でも買えそうな手頃なものもある。
(折角だから、何か買ってもいいかもしれないわ)
イユは自身の部屋を思い浮かべた。今、部屋にあるのはベッドと椅子、それに衣服を収納する棚と、シャワー室だ。ここで棚を買った場合、部屋のスペースは埋まるだろう。だが、棚に何を入れていいのか見当もつかなかった。普通、棚には何を入れるのだろう。思いついたのは絵本だ。いつも持ち歩いているが、大事なものは置いておくのもありかもしれない。
次の店には、真っ白な紙が並んでいた。いくつか本のようなものがある。手に取ってみたが、白紙だった。
「字を練習するためのノート?」
最近の字の勉強を思い出して、イユはその商品の存在を言い当てようとした。
「日記帳ですね」
リュイスが答える。
「にっき……?」
「字の勉強にはなるかもしれません。今日起きたことなどを文にして記すんです」
今までイユは絵本を読んだり、単語を作ったりして勉強してきた。だが、よくよく考えて見れば自分の手で絵本のような文章を書くこともできてもいいはずだ。単語が紡げた時の喜びを思い出す。これで文が作れたら、さぞ楽しいに違いない。しかも、この手帳は100ゴールドで買えると値札にある。
(買ってもいいかもしれないわね)
棚か手帳どちらかを選べと言われたら答えははっきりしている。
「これ、ほしいわ」
店員にお願いして包んでもらう。お金を出せば、「まいどあり」と返された。
買ってもらえた時も嬉しかったが、自分で買うとなると達成感に似た感情がこみ上げるから不思議だ。
「お前、財布もないのかよ」
横でみていたヴァーナーがイユの気持ちに水を差した。
「財布?」
「金を入れる小袋だ。リュイスが出していただろうが」
確かに、リュイスはよくポケットから小袋を出している。
「財布もないとか、貧乏人丸出しだぞ」
「それなら、財布も買うわ」
むっとして言い返す。
すぐにほかの店を見て回った。財布が見つかったのはそれから数十分後だ。市場は丁寧に見て回る分には広いと感じる。付き合わされるヴァーナーがまた不満そうな顔をしていた。もっと専門的なものを見て回りたいようだ。
「財布って、高いのね」
小袋の価格をみて、唖然とする。一番安くて手帳の3倍くらい、高いものとなると1000ゴールドを超えるものもあった。
「買えそうにないのか?」
面白いものをみつけたとばかりににやにやされた。もうイユは200ゴールドしか持っていないのだ。大変悔しいことに、あと少し足りない。
「ギルドでお仕事貰ってくるわ」
「イユ、いくら何でもトロッコが来るのが先です」
最もなことを言われ、イユは唸った。買い物というものも中々どうして難しい。こういう時、リーサならどうするのだろう。彼女は戦うことができなくても、こうした時の判断は優れている。帰ったら聞いてみてもいいかもしれない。そう思ってから、衣服のことを思い出した。
「買えないなら、作ればいいのよ」
服も作れたのだ。財布も作れなくはないだろう。作り方を真似ようと、財布を手に取る。必要なものは生地に留め具。作りはそこまで難しそうではない為、イユの技術なら十分作れそうだ。
「ふぅーん」とヴァーナーが面白くなさそうに鼻を鳴らした。
更に数十分後、イユはにんまりしながら鞄の中に生地と留め具を入れた。生地も留め具も数十ゴールドで買えたのだ。針や糸はセーレにあるので、これで材料はそろった。難しければ、クルトというアドバイザーもいる。いっそ、材料があるのでクルトに作ってもらうというのも手かもしれない。
「随分安上がりになったわ」
嬉しそうに言えば、「リーサに似てきましたね」とリュイスに言われてしまった。
「あいつには似てねぇよ!」と何故か不満そうなのはヴァーナーだ。
そこを、慣れてきたのかリュイスがあえて無視して、イユに提案する。
「そろそろ、駅に向かってもいい時間です。行きましょうか」
「駅?広場のこと?」
行きと同じ場所かと思えば、違うとリュイスは首を横に振る。
「トロッコ列車はヴェレーナの街を一通り回ってからインセートに帰ります。街を下りるのは自由なのですが、乗るには駅まで行かないといけないようになっています」
何か不便だなと思えば、職人の街は商売の街でもあるとリュイスは説明する。
「駅までの道に店を構えておくことで大勢の職人が物を売ることができるようになっています。きっと、見ものですよ」
「変な建物まで用意しているしな」とヴァ―ナーが言い添える。
見ものと聞いて、胸が高鳴らないはずがない。イユはリュイスを急かして先に進んだ。




