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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
128/991

その128 『レンズを買いに』

「ここだ」

 市場を抜け、さらに階段を登った先で、小さな丸い扉が待ち構えていた。

 ヴァーナーが慣れた様子でノックしてみせる。ここまでの道中に迷いが全くなかったところを合わせて鑑みると、行きつけの店なのだろう。

 カチっと何かが開いた音が聞こえる。ヴァーナーがすかさず扉を開けた。丸い扉だったが、通常の扉と同じように手前に引いて開けるようだ。中に入れば、薄暗い世界がイユを待っている。

「いらっしゃい」

 カウンターに座る老人が、そう声をかけた。

 イユはしげしげとその店を見やる。

 白髭をくっきりと左右に分けた禿げ頭のその老人に、薄暗い雰囲気の室内。怪しげな研究所のように見受けられた。左右を見れば、壁に見たことのない器具がくくりつけられていて、それが室内の僅かな光を浴びて、きらりと光る。恐らく金属の類が多く、その一つが偶然光ったのだろう。

 とはいえ見つけたそれがナイフのような形をしていたので、イユは尻尾を巻いて帰りたくなった。

「レンズが入荷したって?」

 そんなイユをよそに、ヴァーナーが会話を始める。

「あぁ。ヴァーナーの坊やか。相変わらずの早耳だ」

 再び老人を見て、イユはあっと声をあげそうになる。よくよく見れば、老人の片目には丸い木の玉がはまっていた。イユの視線に気付いたかのように、その玉がぐるりと動く。

 慌ててイユは視線を外した。だが、頭の中は今の光景に釘付けだ。一体あれは何なのだろう。そんな疑問が頭のなかを巡っている。答えの持たないイユは、聞いてみたいという欲求に負けた。

 しかし、次なる光景がイユから関心を奪ってしまった。

 老人が座っているカウンターの隅をトントンと叩くと、途端に店の奥から一つの箱がやってきたのだ。誰かが配達しているわけでもない。カウンターに設置されたレールに乗って、がたがたと箱が一人でに動いてきた。それが、老人の目の前でぴたっと止まる。

 その箱は漆のような黒色で、見た目からして上質に見えた。蓋が、老人によって持ち上げられる。

 思わず、イユは身を乗り出した。何がでてくるのか、気になったのだ。

 しかし、中に入っていたのは、箱のサイズには似合わない小さい透明な器だ。

 豪華な外見とは裏腹の、面白みのないものが出てきたことに、がっかりしてしまった。

「こいつだよ。5000ゴールド」

 なんということだと、唸ってしまう。1個15ゴールドのリンゴが300個以上優に買えてしまう価格だ。こんな透明の何が何だかわからないものに払うぐらいなら、食べ物のほうがましだろうと思った。

「ケチくさいことを言うな。常連だろ」

 ヴァーナーにもその金額は高いらしい。代わりの希望金額を提示する。

「1000ゴールド」

 それであってもイユの所持金の2倍はすることに、唖然とするしかない。そんなイユの様子に思うところがあったのか、リュイスにどうでもいい疑問を口にされた。

「イユってお金の計算はできるんですね」

「馬鹿にしないでよ」

 お金に縁はないが数字ならわかる。服の寸法を測るために必要だから異能者施設で覚えたのだ。最も習うわけではない。触れているうちに気づいただけだ。

「5分の1とは随分図々しい。4000ゴールド」

 そう言いつつ、4000まで減るのだから訳が分からない。そう思ってから、老人を見た。

 口元がにやにや笑っている。どうもヴァーナーとのやりとりが楽しくて仕方がないらしい。

「そっちは1000ぽっちかよ。足元を見ているといい職人にはなれないぜ」

商人ではなくてあくまでも職人らしいと、会話を聞きながら感想を抱く。しかし、レンズは入荷と言っていた。それなら商人で良いような気もするのだが、ヴァーナーに職人と言われた老人は何故だか嬉しそうなので、追及するのはやめておいた。

「足元を見られている自覚はあるようじゃな。ふん、いいだろう。お前に免じて、3000だ。それ以上は何があろうと譲れない」

 ヴァーナーは「決まったな」と笑う。

 ぽんと3000ゴールドを投げてよこすので、イユは呆然としてしまった。あれだけあれば、リンゴが食べ放題だ。勿体無いことこの上ない。

 ヴァーナーは箱ごとレンズとやらを受け取る。それで用は御終いらしく、くるりと体の向きを変えた。「じゃあな」と軽い感じで挨拶をすませてから、ヴァーナーはイユをみた。

 目を合わせたのは、実は今日という日の中で初めてのことだったかもしれない。

 一瞬の間のあと、ヴァーナーは言った。

「お前はいちいちひもじそうな顔をするなよ、恥ずかしい奴」

 失礼なこと、極まりない。

「そっちこそ、そんなレンズなんか買ってどうするの?」

 むっとして言い返すと、ヴァーナーも老人もわかっていないという顔をした。

「お嬢さん。レンズはカメラの大事な部品なんだよ」

 老人の言葉に、イユは思い出す。そういえば、カメラに使うとかなんとか言っていた。

「こいつはカメラが何かも多分知らねぇぞ」

 呆れたように言うヴァーナーに、イユはさらにむっとなる。だが、事実だ。

「そいつは……。お嬢さん、いいかい?カメラはね、思い出を残せる代物なんだよ」

「思い出?」

 首を傾げるイユに、老人の説明は続く。

「あぁ、一枚の絵に思い出をしまっておけるんだ。こんな風にね」

 老人がポケットから一枚の絵を取り出してみせた。

 その絵をまじまじと見て気づく。先ほどみた時計塔とその前の市場が描かれていた。それはあまりにも現実と相違ない。且つ見ているだけでこの街の賑やかさが見えるようだった。

「精巧な絵ね」

「正確にはこれを写真という。興味があったらこいつのを貸してもらうといい」

 イユは頷いた。カメラに少し興味が沸く。

「誰が貸すか」

 慌てたようにヴァーナーは言って、大事そうにレンズを抱える。その格好は誰がイユなんぞに渡してやるかと告げていた。それからこれ以上の長居は無駄だと思ったのか、「じゃあな」と再度挨拶をし、さっさと外へと出て行ってしまう。

 イユも会釈だけは返し、店を出ることにした。

 外に出て、あっと声をあげる。あろうことか先ほどと街のつくりが変わっていた。何事かと思い、目を凝らして気が付いた。店に入る前には確かにあった積み木のような建物がなくなっている。店の隣にあったはずの家は、何故か今は中央の広場を跨いだ先にある。衝撃の事実だが、考えられることは一つしかない。建物のいくつかが一人でに移動しているのだ。

 こんなところ、イユ一人では道に迷ってしまう。慌ててリュイスがいることを確認する。ヴァーナーはイユのことなどおいていきそうなので頼りになるとしたらリュイスだ。

「俺の用は終わったぜ。あとはセーレか」

 レンズを手にしてご機嫌なのか、リュイスと話しているからなのか、ヴァ―ナーの声が少し明るくなっていた。

「ねじが不足しているんです。市場に行きましょう」

 それを聞いて、ヴァ―ナーが納得した顔をする。

「あぁ、確かに減っているな。お前、こいつの付き添いぐらいでしか下りてこないのによく把握しているよな」

「それが僕の仕事ですから」

 こいつと言うのはイユのことだ。この数日間、イユは差し入れで何回か機関部やブリッジに寄っている。ミンドールの依頼ではないものの、今ではすっかりイユの仕事なわけだ。

 つまりヴァーナーとは何回も顔を合わせていることにもなるのだが、相手が近寄ってこないので特に会話はなかった。イユ自身は言いたいことを言うスタンスの人物は嫌いではないのだが、相手がこの態度では仲良くなれと言われても難しい。ヴァーナーはイユがインセートで船を下りなかったことに不満を感じているのだろうが、できないものはできないのだから諦めてほしいと思う。ヴァーナー自身も船を下りなかったのだから、認めてくれればいいのにと。


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