その127 『ヴェレーナの街』
そこで、イユはトロッコの外の景色を見ることで、気を紛らわすことに決める。
街を抜けたトロッコから見渡せる風景は、一面の草原だ。目を凝らせば、遠くに羊の群れがいるのも見える。『羊はどこの国にもいる』。以前、レパードがそう言っていたことを思い出した。同じイクシウスならば猶更いてもおかしくはないのだろう。
頬を撫でる風を感じているうちに、気分は晴れていった。イユは風が流れていった先、後方の車両を見やる。1つの車両が4人でいっぱいになる。それが5つほどあるのが見えた。イユがいるのが前から1つ目の車両なので、定員は20名といったところなのだろう。
しかし、イユたち以外には、誰も乗車していない。まだ朝の早い時刻だからだ。実際、駅に来るまでの道中でも人らしい人とは、駅員以外には会っていない。インセートはとことん夜の街なのだ。では、これから行く職人の町とはどのようなところなのか。
イユは胸の高まりに、期待を寄せる。
どういう旅であったとしても、知らない町を見ることに好奇心を感じる自分がいることを、イユは初めて意識した。
トロッコから再び汽笛が鳴る。それから数秒もすれば、草原の向こうに街らしきものが見えてくる。
もともと街から街は離れていないのだろう。風に乗って微かに作業音が聞こえてきた。職人の街というだけはあるようだ。さらに数分もすれば、街の様子が明らかになってくる。
まず目を惹いたのは、大きな歯車とねじのモチーフだ。重なるように並んだその二つは門の前でゆったりと回転することで、その存在感をアピールしている。
門の後ろで、建物が立ち並んでいるのが見えた。あれほどの数の建物を見たのはレイヴィートぶりだろう。しかしあの時と異なり、どの家もとても背の高いものばかりだ。比較的木造のものが多い。それに、可愛らしさを感じさせる色合い、茶や黄そしてクリームの壁に朱や青それに緑といったカラフルな屋根、が使われているせいか、まるで玩具の世界に飛び込んだかのようだった。
街に更に近づくと、それらの建物の合間を、木箱が空を飛んでくるのが目に入る。僅かに小さな羽と飛行石が取り付けられているのが、かろうじてイユの目で捉えられた。
木箱の動きをたどれば、大きな箱が上がったり下がったりしている場所が門越しに見えてくる。後からきいたが、昇降機というらしい。人や荷物を乗せるためにあるのだという。
しかし本当にヴェレーナも風変わりな街だった。
街の門を潜り抜ければ、職人たちがそれぞれ作業に打ち込んでいる様子が見える。彫刻を刻んでいる者、日陰で機織りを織っている者、壁に板をあてて釘を打っている者もいる。インセートとは違い朝でも活動しているらしいが、作業を外で行う風習があるのだろうか。リュイスに訊いてみても、「そのようです」としか返ってこなかった。
「屋根の上で作業している人がいるのはどうしてなの」
そもそも殆どの作業者が地面で作業をしていない。屋根がない平らな建物もあるためそれはまだ納得できるのだが、わざわざ斜めになった屋根の上で絵を描いている人も見つけて、イユにはさっぱりだ。
「……僕も職人の考えることはわかりかねます」
どうもリュイスにもわからないことはあるらしい。
そうこうするうちに街の中央までやってきた。中央とわかったのは、そこに一際大きな時計塔がそびえたっていたからだ。その周りが広場になっていて他の大きな建物がないことからそこがランドマークとして機能している。
圧倒的存在感を見せつけながらも、一方でその時計塔は、愉快な音楽を鳴らしてイユを出迎えることを忘れない。長針が12を示すのに合わせて、その長針の真上から木でできた鳩が空を飛んで行く。それがイユのすぐ近くまでやってきたかと思うと、宙返りをするように羽ばたいてまた時計塔へと戻っていった。
「一体、何なの……?」
ぽかんと口を開けていれば、その隣にいたリュイスがトロッコにとりついているベルを鳴らした。
「このあたりで下りましょう」という。
動じていないところを見ると、リュイスたちには見知った光景らしい。
まもなく、ポッポ―と可愛らしい音を立ててトロッコが停車した。イニシアと異なり、停車場所は駅ではない。広場の一画だ。そこは市場にもなっているようで、大勢の人々が声を張り上げていた。イニシアで見たことのある景色に、ようやくイユはほっとする。
「トロッコはヴェレーナの街を巡回することになっています。ほら、下りてください」
リュイスにせっつかれてトロッコから下りる。行きと同様、自動で扉が開いた。
下り立った先で、何かが視界を横切った。何事かと思い見回せば、すぐにそれを捉える。
そこにいたのは、木彫りの小人たちだ。同じ背をした3体が一列に並んでちょこちょこと歩いている。それぞれ、緑、赤、青を基調とした衣服を着ていて、黒く塗られた目にどこか愛嬌を感じさせる。その頭の上にはりんごが入った籠を乗せていて、値札を首から掛けている。人を見つけると、真っ先にそこへ向かい、籠を片手で持ち上げてから一礼してみせた。
イニシアでは確か人が商品を売っていたはずだと、イユは頭を抱える。ようやく見慣れた景色だと思った自分を、早速訂正したくなった。
「あほ面してないで、さっさと行くぞ」
やはりこれらに見慣れているのか、ヴァーナーが言った。
「誰があほ面よ」
インセートとも、イニシアとも、レイヴィートとも違う場所なのだ。こんなところ、イユでなくても驚くはずだ。そう言ってやった。
けれど、ヴァーナーはイユのことなど気にせず、すたすたと歩いていく。無視されているのだとも思ったが、恐らく気が急いているのもあるのだろう。足取りが心なしか早い。それに不機嫌そうな顔を作りつつも、口元が少し緩んでいる。
改めて、ヴァーナーが機関部員だったのを思い出した。ライムたちの存在を思い返せば、根っこはあの類の人間なのだろうと妙に得心してしまう。




