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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
125/991

その125 『休暇を貰おう』

 日の傾いた頃、セーレの甲板では、数人の船員が帆の状態を確認する作業に入っていた。それらを眺めるミンドールのもとに、同じく休憩に入ったラダがやってきている。

「どうだい、調子は」

 ラダは壁に寄りかかり、グラスを仰ぐ。中身は酒ではない。仕事があることもあるが、彼はただの水にレモン汁を数滴たらしたものを愛用しているのだ。

「最近は随分楽させてもらっているかな」

 ミンドールも同じように壁に寄りかかって、マストを見上げた。そのマストではミスタとレンドが念入りに状態を確認している。彼らに任せておけばまず間違いない。

「出航がないのもそうだけど、マレイユが帰ってきたのが大きいかい」

「それもだが、新入りも随分な働き者でね。サボり魔のいい見張りになるし助かっているよ」

 そういって今はいない彼らを想った。ミンドールからしてみればシェルがすぐサボるのもわからない話でもない。動いていない船での仕事は気が進まないのもあるだろうが、何よりシェルの場合はすぐ目の前に自分の家がある。家があるのに帰れないその辛さは察することができた。だからこそ今日は日ごろの鬱憤を晴らして会いたい人に会ってこればよいとそう考えている。

「思えば今日の孤児院行きを決めたのもイユらしい。随分気が利くことだね」

「……彼女のことはやたら気にかけているようだね」

 ミンドールからしてみれば何気ない言葉のつもりだが、何故かそこでラダの口調が固くなったのに気が付いた。

「そうだね、気にかけているというほどでもないが、少し心配はしているかな」

「心配?」

「頑張りすぎるキライがある。無茶して倒れないか心配かな」

 ラダは分からないと言わんばかりに、手の平を天に向けてみせた。

 ミンドールからしてみれば突然そのような態度をとられて、良い気はしない。

「君はまだ、イユを警戒しているのかい?」

 問えば、普段は表情を顔に出さないラダから、珍しく睨みつけるような視線が送られてくる。

「そういう君は肩入りしすぎじゃないかい」

 大袈裟なことをいう。そう思ったミンドールは反論してみせた。

「ラダ。君は心配しすぎだよ。働きすぎて逆に心配だと言った程度じゃないか」

「そうかい?てっきり娘と重ねたいのかと思ったさ」

 すぐに言い返せなかったのは、娘の姿が思い浮かんだからかもしれない。

「すまない、気に障ることをいったかな」

 しかし、ミンドールが反論するよりも前に、そうすかさず謝罪をいれるあたり、ラダがミンドールにそう思わせたいだけなのかもしれない。

「いや、重ねたつもりはなかったんだけれどね。むしろ僕からみれば君が拘りすぎだよ。船員の一人や二人、増えても気にしたことはなかっただろう?」

 穏やかな口調を破らないよう、平静を貫こうとするミンドールへ、ラダは返す。その表情は普段と何も変わらないが、内容は辛辣だった。

「『異能者』で暗示を掛けられている船員なんて前代未聞だと思うけどね。こんな異常事態、十二年前に戻ったみたいだ」

 ミンドールは、やめてくれと言う素振りをしてみせた。娘に十二年前に、今日のラダはまるでナイフのようだと。

「あの頃の話はもういい。君だって、後悔しているんだろう」

「だからこそ敏感にもなるんだ」

 ラダは、ため息をついてみせる。

「まぁいい。君に何を行っても無駄だということが分かった」

 ミンドールは、知っている。敢えて冷たい口調で言い放つラダだが、セーレを思っているが故の行動であることを。彼は大切なもののためならナイフのような鋭さを持つ人間なのだ。

「こっちはこっちで勝手に警戒しておくさ。誰かがやらないといけないことだしね」

 そういって去ろうとするラダを止めたのは、マストから下りてきた船員だった。

「やめておいたほうがいいぜ」

 船員、レンドは言う。

 ラダは顔をしかめた。

「立ち聞きかい?趣味が悪い」

 ラダの嫌味に取り合わず、レンドは続ける。

「あいつは見張られた方が嬉しいみたいだからな」

「は?」

「あいつに言ったことがあんだよ。『お前が裏切らないか見張ってやる』って。そうしたらあいつ、なんていったと思う?」

 と面白そうに喉を鳴らす。

「『そうしてくれると助かる』だと。あんたもそう言われたいか?」

 ラダの眉間にさらに皺が寄った。突然そんな話をしだすレンドにもそうだが、その内容自体も不気味に映ったのかもしれない。

「随分変わった返しをする人物みたいだね。大物かただの馬鹿者か」

 さらに追加で言いかけたラダの言葉は「あ、帰ってきたみたいだね」というミンドールの声にかき消された。



 イユはラダの姿を改めて認めて、顔を背けたくなった。女と見間違うかのような綺麗な肌に紫の髪。その姿こそ人だが、イユには彼が人の皮をかぶった魔物か何かのように映った。異能により先ほどのやり取りが聞こえたイユには、彼の向ける悪意のない表情に恐怖すら感じさせられた。全く会った当初はその気配を見せていなかったのに、彼は心の中でイユをこんなにも警戒していたとは思いもよらなかった。

「何を話していたんだ?」

 イユの様子を見ていれば明らかにおかしいのに気づいていただろうに、甲板に乗り込みながらレパードは何食わぬ顔で訊く。因みにその頃にはレンドは既に帆を見に離れており、今この場に残っているのは、ミンドールとラダ、そして戻ってきたイユたちだけだ。

「イユが働きすぎだからそろそろ休暇をあげてはと、ミンドールがね」

 そこをラダがあまりにもさらさらと言ってのけるので、イユは逆に感心してしまった。よくもまぁそこまで淀みなく思っていないことがいえるものだ。シェルなど、返上となった休暇の存在を思い出したのか羨ましそうな表情を向けてくる始末である。

「リュイスもだけど、夜番はないとはいえここのところずっとだろう?まぁ、今日は休暇みたいなものかもしれないけどね」

 ミンドールも話を合わせている。二人とも会話が聞こえていたとは微塵も思っていないのだ。

「確かに二人が戻ってきたし、人員に余裕はでてきたか」

 レパードも二人の言葉を受けて思案しだした。

「あ、船長!」

 その時、黒髪の少年が甲板へ飛び出てきた。それから、イユを見つけて、げっという顔をする。ヴァーナーだ。

「なんだ?」

 レパードに尋ねられて、慌てて答えている。

「実は、今度どうしても休暇をいただいて隣街に行きたいんです」

 レパードには、敬語を使うらしい。

「理由を聞いてもいいか」

「カメラのレンズが壊れちまって、買いに行きたいんです。けれどレンズは貴重だからヴェレーナの街にしか売っていないんです」

 シェルの時とは違い、物の購入絡みらしい。レパードが難しそうな顔をした。

「隣町は戻ってくるのに時間がかかるだろ。それに、単独行動は禁止だ。誰かと一緒にいく当てはあるのか?」

 明らかにヴァーナーは憔悴した顔をみせた。どうもレパードを説得する材料がまるでないらしい。彼ならレッサを誘えばいいのにと思ったが、同じ機関部員だから交代が利きにくいのかもしれない。

(それに、レッサは大して戦えそうにはみえないわね)

 イユは一人納得する。

「けど、どうしても行きたいんです。そうだ、シェル頼めないか!マレイユでもいい」

すがりつくヴァーナーに、シェルたちが首を振る。

「オレの休暇は今日限りだし」

「僕も合流までが休みだったようなものだ。これ以上は悪いだろう」

 二人の返事を受けて、がっくりとうなだれた。

「船長。けれど、どうにか……」

 カメラのレンズが何なのかイユにはわからないが、ここまでのやり取りをみるにレパードが首を縦に振るとは思えなかった。ましてやシェルが遠慮していたように、他にも帰りたがっている船員が大勢いるのだろうことを踏まえればあり得ないとも思う。

「休暇、か」

 ふと思いついたようにレパードの視線がイユへと向いた。

「何よ」

 何となく嫌な予感がする。

 案の定、レパードが発言した。

「リュイスとイユが同行する形でいいなら許可する」

 反論の声をあげたのは当事者たちだ。

「ちょっと!」「はぁ?!」

 二人の声が重なる。

「なんで!……り、理由を聞いてもいいですか」

 ヴァーナーの問いに、文句があるのかとレパード。

「この二人なら戦力的に申し分ないし、足もはやいからお前を担いでもすぐに戻ってこられるだろ」

 イユに担がれる自分を想像したのか、ヴァ―ナーの顔が青くなる。

「こいつらもちょうど休暇を取る話をしていたし、ちょうどいいだろ」

 思いっきり警戒されているヴァーナーと同行など、そんな休暇は全く休暇とは言えない。盛大に首を横に振り続けていたのだが、残念ながらレパードはどこ吹く風と流している。

 一方、ヴァーナーは街にどうしても行きたいらしい。口だけはありえない現実にぱくぱくと動いていたが、困ったことに何の言葉も紡げずにいた。

 そういうわけで、思わぬ休暇が決定したのだ。しかし、とんだ休暇になるなと、今から先が思いやられた。


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