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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
123/990

その123 『レイファ』

 

 *****


 レパードはすっかり疲れてしまった。子供というのはなんと元気なことかと、その底無しの体力に感心する。

 振り回されているレパードを見かねてか、

「お疲れでしょう」

 と、紅茶を持ってきたのはシュレイアだ。

「さぁ、今から大事なお話をしたいの。みんな、向こうで遊んでいてね」

 シュレイアに諭された子供たちがごねながらもシェルたちのいる方へ散っていくのを眺めたレパードは、やれやれと腰を下ろす。

 ようやく子供たちから解放されて、温かい紅茶にもありつけた。

「すみません。わざわざ遊んでいただいて」

「いや……」

 返事をしながらも、なんとなくシュレイアが言っていた『大事な話』に目星を付ける。レパードと同様に、気づいたのかもしれないと感じていた。

「あの子は、シェルは……、どのようなお仕事をしているのでしょう」

 シュレイアからあったのは、シェルに関する質問だ。やや拍子抜けしながらも、レパードは答える。

「目と耳がとてもよいので見張りの仕事をメインに、甲板の掃除や雑用をやってもらっています」

 それを聞いたシュレイアが己のティーカップに口をつける。

「そうですか」

 と吐息とともに零した。

「実は……、シェルは製図の仕事に携わっていると、手紙で」

 困ったようなシュレイアの顔に、レパードははっとした。

「それは、うちではなく、以前のギルドの仕事でしょう」


 ――――シェルは一体どこまでを話し、どこからを話していないのだろう。


 レパード自身はシェルのことをまだあまりよく知らない。付き合いは半年程度だ。そのうえ、レイファと同じ孤児院だということをあの二人は一度も口にしたことがなかった。ギルド員はあまり自身の過去を語らない。その慣習故である。

 初めてシェルと会った当時を思い起こす。あのときのシェルは、正直生きているのが不思議なほどだった。だからシェルが全てを打ち明けていないのは、シュレイアを心配させないためもあるのだろうと予想がつく。故にシェルの気持ちを考慮すると、シュレイアの質問に素直に答えてしまってよいものかと逡巡してしまう。

「そう、移籍したということね」

 どこか冷たいシュレイアの言い方に、堪らず口につけたティーカップを下ろした。

 勘繰るような視線が、紅茶の湯気越しに刺さる。下手に不信感を抱かせるぐらいなら、はぐらかすのは良くないとそう思わせるに足る視線である。

 改めて事前に確認しておかなかったことを後悔した。同時に、シェルのおかげで胃が痛くなったぞと内心愚痴を言いたくなる。

「えぇ」

 レパードの返事に間髪いれず、シュレイアから切り込まれる。

「それは、あの子に勧められたからなのかしら」

 本題の登場だ。

「あの子とは……」

 火に油を注がないよう、慎重にレパードは尋ねた。

「実はあの子の手紙に書いてあったんです。珍しく女の子が仲間に加わったと。その子は自分とは似ていないから逆に新鮮だと」

 何故先ほどイユばかりを見ていたのか、その答えが分かった。レイファはしっかり者であったからこそ、まめに手紙を送っていたのだ。きっと仕送りと一緒に添えていたのだろうことは、なんとなく想像がついた。そして女の子が仲間になったと書いたあたりに、レイファの配慮が窺えた。周りに同性や同年代もいると伝えることで、シュレイアを心配させないようにしたのではないかと思われたのだ。


 けれどそれが、本当に同性の、しかもレイファより幼い子供がいたとなって、シュレイアは望みをかけたくなったのだろう。きっとシュレイアはレイファからのまめな手紙がぷつりと途絶えたことで、薄々事実に気がついているのだ。それ故にシェルもいる職場で、そのことを話題にしないなどあり得ないと思いつつも、可能性に縋りたくなったのだと思われた。

「すみません、その手紙は具体的にはいつのものなのですか」

 このレパードの質問に、即座に答えが返ってきた。

「あの子は欠かさず手紙に記入した日を書いてくれるので……、三か月前です」

 すぐにレパードは気が付いた。レイファが書いたという手紙から照らし合わせるに、恐らくはイユではなくリアのことを指している。

「それはうちのイユのことではないですね。イユがきたのは最近なので」

 その答えを聞いても、シュレイアは折れなかった。

「あの子の手紙には他のことも書いてありました」

 レパードは背に汗が伝う感覚を味わう。

「船長は見た目からは想像できないけれど、とても繊細で見るところはしっかり見てくれる人だから、心配はいらないと。同じ仕事仲間には、自分と同じ三つ編みの男の人がいて、その人は非常に大らかなのでついつい口をはさみたくなってしまうと」

 つまり、レイファは船員たちの名前こそ出していないものの、細かく日常で起きていることを伝えていたわけだ。そして、シュレイアは、ここにレパードたちが来た時点で確信し、わざとレパードに聞いたことになる。

「あなたのギルドには、あの子、レイファは所属していますか」

 試されていたのだろうとレパードは思った。少なくとも今のやり取りで逃げ場は完全になくなってしまった。

 頭を抱えたくなった。これまでの短いやり取りでシュレイアの人の悪さと優しさを十分に味わっている。その原動力が全てレイファの為ならば、彼女がすでに死んでいることをどう伝えるべきだろうかと思ったのだ。

「まさかレイファのことだったとは。……えぇ、彼女は確かにうちに所属していました」

「待ってよ、船長」

 レパードの声に被せたのは、シェルだった。

「シェル? 子供たちは……」

 シュレイアの驚きの声に、シェルが、

「全部マレイユに預けたよ」

 と返す。

「それより、レイファねぇちゃんのこと……、オレから話すよ」

 シェルはそう言ってシュレイアをまっすぐに見返す。ここに来たときから話す心づもりだったのだろう。そう、レパードには感じられた。

「本当はさ、もっと早く話すべきだったんだ。でも、あまりにも言っていなかったことが多くて、逆に何も言えなくなってさ」

 シェルはギルドを移り変わったことを言わなかった。そのため、レイファの死を知るはずがない状況ができあがった。移籍について言わなかったのは、前述のとおりシュレイアに心配をかけまいとした為だろう。普通のギルド船でも、空を飛ぶ以上魔物に襲われる危険があった。天候が悪いせいで奈落の海まで墜落する船もある。そのうえでレイファが所属しているギルドは、正規船でもないセーレなのだ。この船には龍族が乗っていて、いくら給金が弾もうとも危険に満ち溢れていることは、言うまでもない。

 言いそびれたことが気にかかっていた。それで孤児院に未練がましく何度か近づいたとシェルが言う。

「情けないよな、オレ」

 頬をぽりぽりと掻いた。

「レイファねぇちゃんにオレのことは黙っててってお願いしたんだ。ちゃんといつか自分で言うからって。それなのに、面倒だったのもあって、ずるずると引きずってさ。そのせいで、あんなことがあって余計言いづらくなってさ」

「シェル……」

 シュレイアがシェルを見て、呟いた。

 レパードは席を立とうとした。この場で自分が残るのは、違う気がしたからだ。

「いいよ、せっかくだし船長もいて」

「いいのか」

「オレは気にしないよ。先生だってわかってくれると思う」

 そこまで言われてしまっては、大人しく座るよりない。

「先生」

 シェルが再びシュレイアに向き直った。


「レイファねぇちゃんが死んだよ」


 それはあまりにもあっさりと、シェルの口から発せられた。

 唐突な言葉に、シュレイアが言葉を紡げないでいる。

「……本当はさ、レイファねぇちゃん、好きな人ができたんだ。今度インセートに戻ったら先生に紹介するって言っていたよ」

 しかし、その時はもうこない。本人はおろか、その相手のマシルも既に帰らぬ人になってしまった。

「レイファねぇちゃん、凄く強かったんだ。けれど暗殺者と戦って、そのナイフに猛毒が塗ってあって助からなかった」

 質の悪い冗談ではないことに気付いたのだろう、シュレイアが口に手を当てて、

「あの子がまさか……」

 と声をあげた。

「オレも信じられないよ。でも、もういないんだ。遺骨も、ちゃんと海に還した」

 空葬には、レパードも立ち会った。セーレの皆がマシルとレイファの死を悼み、死別の唄とともに、すりつぶし粉状にした骨を空に撒いた。その命は空に、そして奈落の海に還り、いつか再び生まれ変わる。その旅路が安らかなることを祈った。

「……なぜ、こんな危険なことをあなたたちに強いらないといけないのかしら」

 シュレイアの両の目から涙が零れる。

「俺の力不足で……、すみません」

 すぐにレパードは謝った。謝ってすむようなことではないが、全く何も言わないわけにはいかなかった。

 シュレイアはハンカチを目に当てながら、首を横に振った。それどころか、レパードに、

「ごめんなさい」

 と謝罪すらしてみせた。

「ギルドのせいではないということはわかっています。むしろ、あなたたちは私たちをいつも助けてくれています」

 それでもと、シュレイアが続ける。

「ただただ、私は悲しいのです。孤児院のお金を稼ぐために、私が育てた彼ら彼女らが、死地へ赴くのを見るのは……」

 涙を堪えるシュレイアは、すみませんと再度謝罪をした。

「でも、どうせギルドなら、もっと安全な職についてほしかったのに……!」

 当然の想いだろうと思う。レイファは亡くなり、シェルはそのレイファと同じギルドに移籍している。けれどやめてとは言えないのだ。送り出さなくては、孤児院はやっていけない。否、孤児院だけではない。ギルド自体が働き手を子供に求めている。孤児院が子供を安全な職場だけに限定し始めたら、ギルドは立ち行かなくなる。だから結局立場の弱い孤児から死んでいくことになるのだ。それが孤児たちの生く末、それが今の世の中だ。

「ごめんな、先生」

 ぽつりと零れたシェルの言葉が、冷たくなった紅茶の上を通り過ぎていった。


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