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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
121/992

その121 『新たな船員』

 セーレでちょっとした盛り上がりをみせたのは、それから数日後の早朝だった。

 いつものように水汲みから戻る途中、セーレの姿が見えた。ところがいつもと違い、船員たちが一斉に甲板にでているのである。

「何かあったのか」

 シェルに代わって一緒に水を汲んでいたジェイクに、問われる。イユならば異能で視力を調整すれば、子細な情報が分かると踏んだようである。

 しかし、イユの異能であっても何が起きているかまでは分からない。せいぜい、船員たちの顔ぶれにミルドールやレンドがいるのを判別できる程度だ。

 答えを持たないイユは、ジェイクと一緒になって近づいた。そこで初めて、見慣れない二人の男を中心にして騒いでいるのだとわかる。

「誰かいるわ」

 そう口にすると、リュイスが合点がいったような顔をした。

「彼らが戻ってきたのかもしれません」

 その言葉に、ジェイクも納得する。

「あいつらか。良かった、無事だったんだな」

「……あいつらって誰よ?」

 そう尋ねたところで、

「おーい」

 と声が聞こえてきた。セーレの看板からレッサが手を振っている。これは珍しい。レッサも甲板に出てきているのだ。

「何があったの?」

 恐らくイユと違いレッサには、イユの声は届いていない。だが、イユの異能をよく知るレッサは構わず、言葉を発した。

「マレイユとジルが帰ってきたんだよ」

 知らない名前だった。 

「イニシアで合流しそこねた仲間です」

 イユの疑問に答えたのは、隣にいたリュイスだ。それでようやく理解が及んだ。


「おかえり」

「よかったら持つよ」

 甲板にたどり着くとミンドールが挨拶をし、レッサがすぐにイユから水汲みの桶を受け取る。はじめはレッサのことをただの変人だと思ったものだが、意外とこういうところは気が利くのである。以前も洗濯物をとりこんでいるときに手伝ってもらったのだ。

「確か、君は……」

 レッサが駆け寄ったからだろう。マレイユとジルと呼ばれていた二人の男の視線がいつの間にかイユで止まっていた。その男たちの顔が、明らかに困惑している。

 イニシアで乗り損ねたというリュイスの言葉を思い返し、そうかと気付いた。イユはイニシアに置いていかれることになっていたから、事情を知らない彼らは戸惑っているのだ。

「事情は後で説明する。とりあえず、今もこいつとは一緒にいる」

 どうやら、レパードも甲板に出てきていたらしい。二人の後ろからやってきて、そう雑な説明をした。

「イユよ、念のため」

 不要かとも思ったが、挨拶をしておく。見覚えがあったような気もしたが、こうして自己紹介をしておけば相手の印象も多少はよくなるかもしれないとの考えが頭を過ったのである。

 後ろ髪を三つ編みでまとめた面長の男が、丁寧に会釈をして返した。

「ぼくは、マレイユだ」

 隣にいた黒髪の男も、名を名乗る。

「ジルだ」

 挨拶だけは丁寧だが、心なしかジルからは警戒心を感じた。

「とりあえず、上がれ。疲れただろ?」

 レパードの案内で、二人とも船内に入っていく。

「なんだよ、イユの姉貴。ぎこちない顔しているぜ」

 ジェイクの言葉に、はっとした。

「そんなことないわ。さっさと掃除を始めましょう」

 幸いなのかどうか、しばらく二人と顔合わせをする機会はなかった。




 機会が巡ってきたのは更に数日後だ。

「今日から復帰することになったようだ。頼むよ」

 と挨拶をしてきたのはマレイユだった。どうやら水汲み当番を任されたらしい。

「よろしくお願いします」

 リュイスのあとに、イユも頷いて返す。

「ジルは?」

 そう訊けば、指で船内を指された。

「ジルは、機関部員だ」

 妙に驚きを感じてしまった。ジルは一般人に見えたからだ。だが、あれでレッサやライムみたいなところがあるかもしれない。

「そろそろ行こうか」

 マレイユに急かされ、イユは頷いた。

 道中、マレイユとは特にこれといった会話はなかった。イユにマレイユ、リュイスの三人ともが、ただ黙々と水汲み場まで歩き続ける。

 そのなかで、マレイユがあくまで自然体でいるのを察することができた。イユと歩いているにも関わらず、マレイユからは、特段怯えた様子が見られない。イユを知っていたら、多少なりとも怯えを見せるのが常の船員だというのにだ。

 水を汲み終わって帰るときに、気になってイユは聞いてみた。

「私が怖くないの?」

「どうもぼくは、鈍い質らしい。見た目のせいかもしれないが、ぴんとこないようだ」

 強がっているようにも見えなかった。鈍感なのか、悠然と構えているだけなのかどちらかだろう。どちらにせよ、今後も水汲みなどで接点があることを思えば、変に警戒されないのは気が楽だ。

「そう。それは助かるわ」

 セーレにはさまざまな人物がいるものだと受け止める。

「シェル……?」

 話していた二人に代わって、初めに気が付いたのはリュイスだった。

 リュイスの声に見渡せば、いた。シェルはセーレの船室で休んでいたはずだ。それがどういうわけか、小さな子供に引っ張られて、困ったような顔で街をふらふらしている。

「なんでこんなところに」

 近づくイユたちに気付いたシェルは、ぎょっとした顔をしてみせた。

「うわわわっ! ほら、チビたち! 見つかるからダメだって言っただろ!」

 半ば泣きそうな声で騒いでいる。

「でも……」

 不満そうな声をあげる子供たち。よく見れば、シェルは三人の子供に袖を引っ張られている。なすすべもなく連れていかれたようにもとれた。

「何……? シェルの子供?」

「ねぇちゃん! 本気で言ってる?! 子供がいるような年に見えるの?」

 思わずといった様子で、シェルが騒ぐ。

「冗談よ」

「顔はマジだったよ……」

 ふぅとため息をついて、こちらに向き直る。単独行動は禁止のはずだが、はぐらかそうとする様子もなかった。

「甲板の掃除のさぼりに……、子供がいるとはいえ禁止されている単独行動。シェルって意外と不真面目なのね」

「シェルにぃ。お仕事サボったの? いっけないんだー」

 イユの呟きをすかさず拾って、子供の一人がシェルを責める。

「そのサボりの原因の一つがお前らなんだけど。……とりあえず、このチビたちは子供じゃなくて、弟や妹な。義理の」

 前半は子供に、後半はイユに向かって、シェルが説明する。

「義理、ですか」

 不思議に思ったらしいリュイスがそう呟く。

「そ。言わなかったっけ? オレは、孤児院暮らしなのだ」

「孤児院?」

「そこの、ハナリア孤児院っていうところがオレの古巣」

 そこと言って示された建物は、階段の近くにこぢんまりと建っていた。インセートの街並みには珍しい、質素なつくりが逆に目を引く。

「チビたちが寂しがってオレに会いに来ちまって。いつも、隙を見ては追い返しているんだけど」

 その言葉にチビと呼ばれた一人が反応する。

「違うよ! シェルにぃが寂しがっていないか心配して見に来てやっているんだよ!」

 別の一人はシェルの袖をぎゅっとつかんで言う。

「違わないよぅ! シェルにぃ、あたしたちのために危険なお仕事しているんでしょ? あたし心配だし、さみしい……!」

 随分慕われているのだと思う。それに、子供たちの言葉から察するにーー、

「シェルは、孤児院のためにギルドに入っていたようだね」

 マレイユがイユの推測を言葉にする。

「十分、真面目な人だと思うよ」

 付け加えられた感想に、

「そうはいっても、オレらに他の選択肢なんてないしさ」

 そういって、シェル自身が頬を掻いた。

「選択肢?」

 首を傾げるイユに、シェルは少し困ったような顔をした。

「孤児院の大半は、ギルドの援助で成り立っています。だからか、その子供たちはギルドに入ることが多いのです」

 リュイスが説明する。ギルドに支援されれれば、そのギルドに恩を感じて勤めようとする。そう考えれば、しっくりこないわけでもない。それでもどこかひっかかるものを感じながら、うまく言葉にできないでいると、リュイスが先に口を開いた。

「でも、こっそり抜け出すのは……。シェルに何かあっても気づけませんし」

 真面目以外の何者でもない堅物リュイスの発言に、イユはつい、むっとなった。

「それなら、単独でなければいいのよ。甲板掃除が終わったら、皆で孤児院に行きましょう?」

 それを聞いた子供たちの目が輝いた。

「わぁ……! シェルにぃ、堂々と会いに来てくれるの?!」

 その様子に、何故だかイユも嬉しくなる。

 ところが、シェルは暗かった。

「いや……、けれど、ダメだよ」

 なんでと子供たちから非難の声があがる。

「皆だってそうなんだ。セーレには帰りたがっている奴らなんていっぱいいる。やっぱり、オレだけ帰るのなんて間違っているよ」

 ギルド員にはインセートが故郷の者が多い。確かにそう言われた記憶はあった。

 気遣い屋め。とイユは思う。他人なんて関係ない。帰れるところがあるなら、帰れるうちに帰っておけばいいのだ。

「いいわ! それなら、私とリュイスとマレイユで孤児院に通いましょう? ここからセーレなんて目と鼻の先だし、三十分ぐらいなら許してくれるわよ」

 イユの発案に、

「えぇ!」

 と驚いた声をあげたのはシェルだった。巻き込まれた他二名も、ぽかんと口を開けている。

「帰るのがダメなんでしょ? 私も他の皆も帰るわけじゃないもの」

 言い張れば、子供たちは少し嬉しそうな顔をした。

「シェルにぃの代わりに、会いに来てくれるの?」

「シェルにぃがきちんと仕事しているか、聞かせてくれよ!」

 どうも本人でなくても、本人の話が訊けるなら我慢できる様子だ。

 それをみて、複雑だったのかシェルがむくれる。

「なんだよ。お前ら、現金だな」

 それからイユの方を向き直る。

「ねぇちゃん、ずるいよ。オレだって本当はチビたちと……」

 シェル自身も会いたかったのだろうと察せられた。

「リュイス。いい手はないかな」

 マレイユがリュイスに声をかける。

 少し考えた後、リュイスは決めたと手を打った。

「それでは、孤児院との交流をギルドに依頼してはどうですか。それをセーレが引き受ける形で。報酬は……」

 悩む様子のリュイスに、イユは提案する。我ながら、今日は冴えている。

「シェルの休暇返上よ! 甲板の掃除は毎日欠かさずやってもらうわ!」

「いいですね!」

 意気投合するリュイスに、シェルが大げさに喚いた。

「そりゃないぜ!」

 などと嘆いてみせるが、その声は明るい。

「なるほど。付き合ってみると余計に怖いというのがよくわからないね」

 マレイユがそんな様子をみて、感想を呟いた。


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