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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
120/992

その120 『字の勉強』

 仕込みが終わったこの日は、早くから字の勉強をさせてもらえた。字の勉強は実はまだ始めてから数回しかやっていない。というのも、先にセーレ内で使う暗号ーー、ギルドへの言伝や鳥を飛ばす時に使うセーレの船員だけが通じるメッセージ文、を覚える必要があったからだ。

 同時に二つのことを覚えるのは混乱するというリュイスの判断で、いざという時に真っ先に必要になる暗号の勉強が先になった。イユに対する文字へのモチベーションを知っているリュイスは、ギルドの言伝をイユ一人で見る場面は少ないと思うので申し訳ないと謝りすらしてみせた。とはいえ、そこまで重要ならばイユも否定する気はない。

 こうして、数日前暗号を完璧に覚えたイユはようやく、字の勉強にありつけたのだ。

 そして本日は、帳簿が終わらないらしいリュイスに代わり、リーサが教師担当だ。

「これまではどうやって教えてもらっていたの?」

 リュイスの書いた字を真似て書くのだと言えば、リーサもそれに倣って文字を書いた。

「リュイスの字とは、少し違うのね」

 その文字をしげしげと見つめるイユに、リーサは恥ずかしそうにした。

「リュイスは達筆よね。私の字はどうしても……その、変だったらごめんなさい」

 イユは首を横に振る。どうも字は人によって見た目が違うらしいと気づいた。形は確かに同じ字だ。それなのに、リーサの字はリュイスより少し丸みを帯びている。

「何も、リュイスの字だけが正解というわけではないのね」

 それは個性のようだ。

「そうね。私の書いた字も、下手でも字であるのに変わりはないわ」

 真似をするだけのはずなのに何回書いてもリュイスのような字にならないのが、気にかかっていた。それでもよいのだと知って、イユは不思議な気持ちになる。字というのは、どうにも複雑だ。

 リーサは一通り書き終わると、イユのこれまでの成果をみるべく練習帳をめくった。

「凄い。結構書き込んでいるのね」

 感想を洩らす。

「イユは熱心ですから」

 帳簿を書きながら、リュイスが脇から答えた。

 ちなみに、練習帳というのはリュイスからもらった白紙のノートのことだ。数回の授業で、三分の一ほどは書き込んでいる。

「でも、まだまだよ」

 これだけ書いても、『蛙になった王子と魔法』を読み切ることができなかった。あの絵本は、子供用にしては意外と難しいとリュイスも言っていた。もっと勉強して読めるようになりたい。

「あ、でもここまで覚えたのなら単語テストとかもできそうね」

「単語テスト?」

 訊きなれない単語に、リーサは頷く。そして、すらすらと文字を書いた。

「これ、なんて読める?」

「『りんご』」

 読めたことが誇らしかった。赤くて甘酸っぱいりんごが頭に浮かぶ。あのりんごを文字で表現できるのだと改めて意識する。

「リュイスも、いくつかやってくれたわ」

 初めの時は特に衝撃だった。ただの字が『単語』になった瞬間、皆が当たり前に使っていた文字の世界にようやく飛び込めた気がした。分かってしまえば楽しかった。知っている言葉を並べて、単語を作る。思いつくまでに時間がかかったが、その日は気づいたら朝日が昇っていたほどに熱中してしまったのだ。

「そう。既にやっていたのね」

 それもそうよねとリーサは納得する。

「そういえば、リーサはどこで字を?」

 単語テストという言葉が出てくるのだ。字そのものを勉強しようとした跡がみられる。それで思い切って聞いてみた。

「私? 学校でちょっと」

「学校?」

 訊きなれない言葉に、リーサは説明する。

「子供たちを集めて、字とか数字の勉強を教えてくれるところがあったの。毎日、数時間決まった場所で勉強会が開かれる感じね」

 そういえば、とイユは気づく。前にリュイスとミンドールが本を選んでくれたとき、『魔法の学校』がなんだと話していた記憶がある。そこと同じなのだろう。それにしても、学校の存在は、イユにはとても羨ましいものに聞こえる。こうやって一対一で教えてもらえるのも楽しいが、イユのような生徒たちが集って互いに勉強するのも、また別の楽しさがありそうだ。叶うのならば行ってみたいとさえ思った。

「もう私が通っている学校はないの。それに異能者だと……」

 分かっていたが、このときも異能者であることがイユを邪魔した。歯噛みしたい思いだ。

「待って。それならリュイスはどこで字を覚えたの……?」

 リュイスは龍族だ。レパードと同じで旅をしながらなのだろうかと考える。しかし、それにしては教え方がリーサと似ている。

 リーサは、

「話してもいいわよね」

 とリュイスに相談する。

「構いません。僕も学校で覚えたんです」

「私と同じ学校なのよ。凄く優秀で近所でも評判だったわ」

 さらっと重大な事実が語られた気がした。

「でも、リュイスは龍族でしょう? 隠しきれたの?」

 ずっとフードをかぶりながら学校に通っていたのだろうかと想像する。

 リーサには首を横に振られた。

「私たちが住んでいたところは、少し変わっていてね。龍族と人が住む理想郷なんて呼ばれていたの。だから、リュイスも普通に学校に通えたのよ」

 我知らず、イユは呟いていた。

「理想郷……」

 そのようなところがあったとは考えもしなかった。そこに異能者は入れてもらえないのだろうかと、考える。それに、『私たち』とリーサは言った。リュイスとリーサと、あとは誰を指して言っているのだろう。

「……残念ながら、もう僕たちの故郷『カルタータ』はないのです」

 リュイスが寂しそうに首を横に振った。


『カルタータ』。


 さらっと言われたその一言に、イユははっとした。

「それって、ブライトが言っていた……」

 ブライトは、あの時点でリュイスたちの故郷の名を出していたのだ。

 イユの肌がぞくっと粟立った。一体何故、その名を出すことができたのかという思いに囚われる。ブライトが凄いという一言で片づけてよいのか、イユには判断がつかない。

「……はい」

 リュイスの肯定と同時に、イユは気づく。あの時は伏せられていたその名前を、リュイスの口から今聞くことができている。それはイユが無関係ではなくなったということだ。そのことを実感して、同時に胸が熱くなった。

 それにしても、とイユは腑に落ちる。どおりでリーサたちは龍族に慣れっこなわけなのだ。イユよりリュイスを見る目の方が自然だったから不思議だったわけだが、彼らはもともと同郷なのだ。単に付き合いが長いというだけが理由ではなかったらしい。むしろ、龍族の魔法に見慣れているのなら、異能者の異能にも慣れてほしいぐらいだと考える。

「故郷は……、どうしてなくなったの?」

 訊けば、リュイスとリーサは顔を見合わせた。

「はっきりとは分からないんです。でも、ある日突然襲われて……。恐らくはどこかの国の魔術師の仕業だと」

 驚きはなかった。理想郷を壊すような存在といえばほかに思いつかなかったこともある。それにセーレがブライトに相対する姿勢を見ていたら容易に想像はつくというものだ。

「そう、残念ね。学校、行きたかったわ」

 諦めの表情が顔にでていたらしく、二人ともつられて残念そうな顔をした。

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