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カルタータ  作者: 希矢
第二章 『生キ抜ク』
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その12 『魔法石と魔法』

 「大丈夫ですか!」

 幸い、水面から顔を出していても足が辛うじて届く深さだった。肩で息をしつつ、先ほどまで立っていた地面へと近寄る。こうなってしまっては、異能を使わないわけにはいかなかった。水の影響で重くなった体を陸へと引き上げる。

 水の音が響き、落ちたことがばれたと恥ずかしくなる。服がずっしりと重く感じた。髪から、服から、雫がぽたぽたと落ちてくる。それらを絞りながら、返した。

「平気よ。ちょっと……、滑っただけ」

 リュイスは暗闇でよく見えていない。表情は分からないはずだと自身を納得させる。

「あの……、よければそろそろ休憩しませんか」

 疲れていると思われたのかもしれない。

「平気だって言ったでしょう」

 言い返すと、困ったような顔をされる。そのような顔をされてしまっては、さすがのイユも心がチクリと痛んだ。

「……それに、こんな暗いところで休憩ってどうするつもりなの」

「大丈夫です。僕も疲れたので休みましょう?」

 にっこり笑ってみせるリュイスに、反論する気も失せた。

「もう、どうでもいいわ」

 その場に座り込む。触れた体が冷たい。自分の体を抱え込むようにして熱が逃げるのを防ぐ。我ながらとても愚かなことをしたものだと、苦々しく思った。

 リュイスも腰を下ろし、ポシェットから何かを取り出しはじめる。よく見えていないせいで、苦戦しているようだ。

 助けてやろうという気にもなれず、その様子をじっと見ていた。

 暫くして出てきたのは、イユが片手で握りしめることができるほどの大きさの、赤い色をした石だった。

「何をしているの」

「火を起こすんです」

 火と聞いて、慌てて異能を緩めた。今の目で明るいものを見るのは危険だ。

 リュイスは、石を二人の間に持っていく。地面と何度か擦りあわせた。

 程なくして、小さな音とともに火花が走る。そうして灯った火は瞬く間に大きくなっていく。

 石全体にまわる前に、リュイスはそっと手を放す。

「凄い……」

 地面は湿っていたはずだ。それをものともしないで、あっという間に火がついてしまった。今は石全体を赤々とした炎が燃えている。その炎は他所に燃え移ることなく、消えることもなく、その場に留まり続けている。

「これは魔法石の一つです」

「魔法石?」

 焦茶色の岩壁に赤みが射している。光に反射した水面がキラキラと光っていた。暗闇を払う、火のもたらす恵みだ。

「そのまま言うと、魔法の力が込められた石のことですね」

 魔法と言われて、リュイスの風を起こした力のことが浮かぶ。

「魔法って龍族が使う異能の名前よね」

 おとぎ話にでてくる魔法は、怪しい材料で調合してできた危険な薬のことだった。それを飲まされた人は蛙になってしまうのだ。その魔法でないことはさすがにわかる。

「はい、そうです」

「魔法石にはその力が込められているということ?」

 イユの質問の答えには、少し間があった。

「そうですね。魔法石の原理は分かっていませんが、何らかの方法で僕らの力の一部を埋め込んだもののようです」

 リュイスの指先が、赤々と燃えている石を示す。

「これは炎の力が込められていて、衝撃によって力が解放される仕組みになっています」

 燃えている石はイユにとっては不思議の産物だ。だからその言葉に、条件が衝撃を与えることなら誰でも使うことができるのではないかと期待する。

「つまり、私でも使えるってこと?」

 喜ばしいことに、リュイスのはっきりとした頷きが返る。

「はい。飛行石と同じ原理ですよ」

 飛行石は日の光を浴びることでその力を解放し、空に浮かぶことができる。小さな欠片だと人一人分短時間での浮遊しかできないが、それが大きくなればなるほど島そのものを浮かすことができるようになる。ただし、その力は永久ではない。石の効力が切れれば、海へと落ちる。

「この魔法石も有限なのね」

 気が付いた。力を使い果たしてしまったら飛行石は黒ずむ。今燃えているこの石も近いうちに同じ末路を辿るのだろう。

「えぇ、その通りです」

 リュイスは頷いてから、魔法石の種類を挙げた。

「ほかにも、水を生み出す魔法石や、風を操って航海をしやすくする魔法石、雷の力で機械を動かすなどというものもあります」

 それから、こうまとめる。

「魔法石とは、誰でも使うことのできる魔法の込められた石のことなのです」

 ただし、有限だ。そこまで説明されると、なんとなくイユにも理解ができた。

「リュイスが使っている魔法は、魔法石の力と同じ?」

 リュイスに頷かれる。イユの推測は合っているようだ。

「ただし、僕が使えるのは風の魔法だけです」

 魔法石とは魔法の一部が込められた石である。ということは逆にいうと、魔法石を使わずに魔法を使えるのが龍族ということになる。ただし、龍族も異能者と同じで個人が様々な魔法を使えることはないらしい。

「ですが、魔法石と違い僕らの魔法は有限ではありません」

 イユは聞きたくなかったが、一つ大事な質問をした。

「魔法石にも用途の指定は必要なの?」

「いいえ、魔法石は衝撃を与えるだけであらかじめ指定された力が解放されるようになっています」

 それを聞いて、少し安心した。握っていた手に自然と力が入っていたのに気づき、慌てて拳を開く。それと同時に、一つ気になってしまった。

「……魔法は、魔法石と同じ仕組み?」

 説明の通りならば、魔法石は力の種類が違ってもその威力は恐らく石に反映される。そして使い方は限られている。

 しかし、異能は違う。イユの異能は、『調整する』という力をさまざまな用途に利用している。そして、その利用方法の決定のために、ずっと使い続けることはできない。聞こうと思ったときだけ聴力が上がり、走ろうと思ったときだけ早く走ることができる。決定しないで使用した場合は……。

 そこまで考えて、イユはひっそりとため息をつく。

「……いいえ。魔法を使う際、用途の指定は必要ですから」

 リュイスは、淡々と続けている。

 火の光は明るいが、空気を燃やす。息がしづらいなと思った。

「指定できなくなると、その力だけがその場に出現することになって……。意思によって出現した、行き場のない力は」

 リュイスが続けようと息を吸う、その息遣いが耳に届く。

「やめて」

 とうとう、堪えられなくなった。

 驚いた様子でリュイスがイユを見ている。その口は閉じられていたものの、頭の中でははっきりと言葉の続きが再生されていた。


 暴発します、と。


 異能者が、龍族が、表立って迫害される理由がこれなのだ。暴発した力は、ただ力となってその場に残る。本人も制御することができない。本人や周囲を巻き込み大きな被害を出す。場合によっては、死者もでる。

「あ、あの、すみません」

 慌てた様子でリュイスから謝罪される。

 それを見、ふつふつと後悔の念が湧いてくる。大人しく聞いていればよかったのだ。何でもないことのように振舞っていたかった。

 しかしながら、口が滑った。いや、滑らずにはいられなかった。

「……大体わかったわ」

 言葉を探しながら、取り繕うように言う。

「魔法っていうのは、異能者の異能と全く一緒みたいね」

 我ながら、声が上擦っている。その声を掻き消してくれるような何でもない返事を期待して、リュイスへと視線をやる。

 しかし、リュイスは答えなかった。

 ただ、彼の瞳の中で橙色の炎がゆらゆらと揺らめいている。その真剣な眼差しにはっとさせられた。

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