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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
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その119 『平穏な日々』

 セーレの朝は甲板の掃除から始まることが多い。それはいつでも水を汲める環境にあるからで、本来ならば珍しいことらしい。だが今のイユにとってこれは日課だ。

「シェル! 水汲みにいきましょう!」

 いつものように声をかける。水汲みは一度街に出る必要がある。リュイスにイユにシェル。この三人で水を汲みに行くことが多いが、シェルの代わりにレンドやジェイク、ミスタが入ることもあった。

「ねぇちゃん、相変わらず早いよ」

「シェルが御寝坊さんなんでしょう」

 駆け込んできたシェルに木桶を渡す。

 初めの頃、木桶を四つほど一人で運ぼうとしたことがある。ところがシェルたちに喚かれた。シェルたちがそれぞれ二つなのに、イユに四つも持たせていたら目立つというのだ。

 仕方なしに今は二往復することにしている。効率が悪いのだが、異能者であることをばらして歩くようなものだと言われてしまえば言うことを聞かざるをえない。

「甲板長、水汲みいってくる」

 シェルがミンドールに声を掛ける。

「毎日の水汲みだね。いってらっしゃい」

 ミンドールのいつもと同じ返事を聞いてから、三人は、早速街へと出向く。朝のインセートは夜とはうって変わって物静かだ。特に、船着き場から広場へと出たすぐ先の建物は、夜の喧騒など嘘のように静まっている。その建物は、ノキの酒場と呼ぶらしい。大きな酒樽が描かれた看板が目印の、ギルドの施設のちょうど真向かいにあたる小規模な酒場だ。ギルドにも似た場所はあるのに、ジェイクに言わせるとまるで違うらしい。曰く、

「庶民派で落ち着くうえ、酒は極上」

 だとか。

「酒の味なんてお前に分からねぇだろ」

 とレンドに呆れられていたのが記憶に残っている。


 ノキの酒場をぐるりと回り込むと、下り階段が待っている。そこからは石畳ではなくなり、青々とした葉が土の間から覗き始める。それも間もなくすると、原っぱに変わった。ここまで来ると、目的の水汲み場も見えてくる。深緑をしたそれは、イユには不思議の産物だ。蛇口を捻ると、自動で井戸水を汲み上げるのである。今日もまた、キュッという音とともにすぐに水が出てきた。木桶で掬わないといけないと思っていた当時がもはや懐かしい。

「相変わらず、臭いんだよなぁ」

 シェルが鼻をつまみながら水がいっぱいになるのを待っている。水汲み場の近くには家畜小屋があった。そこから絶えず動物たちの鳴き声が聞こえてくる。初めは魔物と勘違いして身構えてしまったのも今となっては思い出だ。

「さて、一度戻りましょうか」

 水がいっぱいになったのを見計らって、リュイスがそう告げた。

 水を運ぶ途中で、ほかのギルドと思われる男女とすれ違う。彼らも木桶を手に持っていた。以前も見たことがあるので、彼らの滞在時間も同じくらいかもっと長いかだろう。

「ギルドなら朝から稼働してそうなのに言うほど人はいないわよね」

「皆さん、街に合わせて夜遅くまで活動されているのだと思います」

 イユが疑問を口にすると、リュイスから答えがある。

「郷に行っては郷に従えってやつだよ」

 何故かシェルからも、そう胸を張って答えられた。そのときの動作の勢いで、水が零れそうになっている。

「シェルは朝の活動が早い島に行くべきね」

「勘弁してよ、ねぇちゃん」


 そうしたことを話していると、帰路はあっという間だ。さらに往復し水を全て運び終えたところで、ミンドールに迎えられる。

「おかえり。さぁ、掃除かな」

「えぇ、綺麗にしてやるから見てなさい」

 ミンドールはイユの返事を聞くと、きまって笑い返してくる。

「それは頼もしい。期待しているよ」

 水汲みが終わったら、次は甲板掃除なのである。モップに水をたっぷりつけて、床を磨く。イユはこの作業が好きだ。甲板にはところどころに汚れがついていて、一回拭くだけではなかなか落ちない。何度もこすっているうちに、ようやく綺麗になるときの達成感がとても楽しい。不思議なものでその日の掃除で十分綺麗にしたと思っていても、次の日には気になる汚れが必ず見つかる。だから毎日汚れを見つけては綺麗にするのも甲板掃除の楽しさの一つだ。

 ところがシェルは嫌いなようで、

「めんどくさい」

 を連呼する。リュイスはこの頃には別の仕事があるようでイユたちを監視しながら帳簿と睨めっこしている。リュイスの端正な顔がしかめ面になっているのを見ると、どうも彼にとっても難しいことに挑戦しているようだ。


「シェルの奴、まぁーった、さぼってやがる」

 声は、帆の点検をしているレンドのものだった。イユも何度か帆を張る練習をさせてもらったが、紐が無数にあって解くのが大変だったのを思い出す。


 苦戦するイユに

「ややこしいだろ」

 と嬉しそうにレンドが言うのだ。

「ええ。でも覚えたわ」

 と返せば、

「これだから異能者は」

 と文句を言われた。物覚えがよいのは悪いことではないと思うのだが、全くレンドはよくわからない。


「イユも注意しろよ! 連帯責任だぞ!」

 マストからレンドの声がかかる。そればかりはごめんだと、イユの意識は一気に引き戻された。何せさぼりの罰は夕飯抜きなのだ。イユにとっては死活問題である。

「すいませんでした!」

 と謝りながら甲板掃除を再開するシェルを見て、

「これは目を光らせないとだめね」

 と肝に銘じる。

「勘弁してよ、ねぇちゃん」

 などという愚痴が聞こえたが、当然取り合わない。

「ほら、手が止まっているわ!」

 と声を掛けると、イユは甲板をダッシュした。シェルを追いかけつつ、掃除をするのである。



 シェルが音を上げた頃には、イユもすっかり一仕事終えた気分になった。異能を使ってなければ、息が上がっていた程だ。

「イユ、おはよう。朝からお疲れさま」

 振り返ると、リーサが両手に洗濯物をいっぱいにしてやってくるところだった。

「リーサ、手伝うわ」

「運ぶくらいは平気よ。掃除は終わった?」

 甲板掃除が終われば、リーサの手伝いをすることになっている。

「十分終わりで良いね」

 離れたところでみていたミンドールから返事がすぐにあった。どうやらリーサの声が聞こえたらしい。

 ミンドールの許可を得たイユは、すぐに掃除道具を片付ける。シェルは

「解放されたぁ」

 と嬉しそうに伸びをしながら、見張り台を上がっていった。念の為周囲に変化がないか確認するというのがシェルの日課なのだ。

「お待たせ。まだ運び込めてない洗濯物がありそうね」

 イユも、リーサと日課を進めるべく声を掛ける。

「ありがとう、そうなの。でもイユには物干し竿をお願いしたいわ」

 いつものことだが、リーサは手早い。時間があれば洗濯から手伝うこともあったが、甲板掃除の間に大体リーサが片づけてしまう。今日は運び込みも全てやるつもりらしく、イユの手伝いは物干し竿の準備からである。

 干し竿は倉庫にある。すぐに引っ張ってくると、リーサもまた最後の洗濯物を持ってきたところだった。早速、リーサが持ってきた洗濯物を一つ一つぴしっと広げて、竿にかけていく。船員たち全員の衣服となると、洗濯物の数も非常に多い。全て干し終わった頃には太陽が出てきていた。

 その光に照らされた洗濯物が、気持ちよさそうにそよ風に揺られるのを見るのもイユは好きだ。見ているだけで和やかな気持ちになれる。

「やっぱり複数人でやれると早くていいわね」

 そう言って、いつも嬉しそうにリーサがイユを労う。

「ねぇ、あの旗は洗わないの」

 今日は気になっていたことを聞いてみた。旗というのは見張り台の更に上に掲げられたギルドの紋章旗のことだ。あの旗は不思議なことに、見るたびに目に入る色が変わる。それどころか、日によって絵柄が変わるのだ。ちなみに今のイユの目には、淡い水色を背景に蒼色の鳩が羽を広げた旗に見える。しかし、昨日は青色の澄んだ空を飛ぶ白い鳩が見えた。この特殊な旗は、マドンナが伝えたというギルドだけが持っている特別な技術で作られているらしい。

 ちなみに、毎回目に入る旗の紋章が変わったら、ギルドの紋章旗かどうか判断できないのではないかと聞いたことがある。どうもそれは心配ないらしい。今、セーレに取り付けられている紋章旗と、他のギルドに取り付けられている紋章旗は全く同じ絵柄になっているというのだ。だからギルドは自分たちと同じ絵柄を見て、ギルドの仲間だと判断する。むしろ日によってどの絵柄になるのか想像がつかないがために、偽造される心配がないのだと教えてもらった。

「あの旗は汚れが付きにくいのよ。だから暫くは大丈夫」

 不思議の産物であるあの旗のことだ。汚れ防止機能までついていると言われても、何ら不思議はない。

「ちなみにとても丈夫な素材だから、ちょっとやそこらのことでは破れないのよ」

 さすがに火に炙られると燃えるらしいが、それ以外の大抵のことは大丈夫なのだと言う。

 昼ごはんを済ませば、この日は料理人のセンを手伝って、夕飯の仕込みをすることになった。マーサにリーサも手伝っている。船員の人数が多いからか、センも人手がいると助かるらしい。もはや形骸化している監視役のリュイスも食堂にはいるのだが、彼はまた帳簿を睨みつけて格闘していた。

「お前は腕がいい」

 人参を切っていると、センが声をかけてきた。褒められて悪い気がしない。

「だが」

 とセンは続ける。

「小さく切りすぎだ」

 今日は炒めご飯と聞いている。それならば、イユとしては細かい方がいいと思うのだ。何故ならば、

「小さく切ると、量が増えるでしょう?」

 そう思うからだ。そもそも、このことも料理を手伝っているうちに覚えたことだ。同じ一本の人参でも細かく切れば量が増える。同じものでも少しでも多く食べた気になるというのは大事だと考えるわけだ。

 ところがセンは首を横に振った。

「常に最高の料理をだす。量ではない、質だ」

 普段は無口な男だが、料理に関しては熱い情熱を持っているようだ。


 こういう時に文句を言うと、後が怖い。何せ相手は料理人なのだ。食事の量を減らされてはたまらない。


 そうした考えが表情にでていたのか、リーサに笑われた。

「イユは結構食いしん坊さんよね。もう、それでどうして太らないのかしら」

 と羨ましそうだ。

「前よりは太った気もするけれど」

 何せ一日三食もありつけているのだ。一日一食もなかった時に比べれば間違いなく食事量は増えている。

「前が細すぎたのよ」

 口をとがらせてリーサは言う。

 それを見たマーサがころころと笑った。

「大丈夫よ。リーサちゃんも十分可愛らしいわ」

 赤くなるリーサをみて、確かに可愛いなと思う。そういう女の子っぽい部分はリーサの持ち味だろう。

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