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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
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その116 『夜に咲く花の下で』

「さてと、私はそろそろお暇しますか」

 サーカスをでてから暫くして、ラヴェンナはそう一同に告げた。

「あぁ、最後に一つだけ、聞いておきたいことがあったのだけれど」

 そして、ついでのように付け足してから、フード姿のリュイスへと視線をやる。

 ラヴェンナは、今の今まで龍族について何も触れなかった。だから、イユとしては、最後に追及が来たのかと予想する。

 幾らマドンナが龍族を匿っていたとしても、ラヴェンナがそれを知っているかは分からない。それに、気にするなと言うほうが無理だろう。龍族は絶滅したはずであるし、異能者の異能のように危険な魔法を使う。

 ところが、ラヴェンナから語られた言葉は龍族に対する言及ではなく、質問であった。

「あなた、ルインという人知らない? あなたと同じ種族なのよ」

 それは驚いたことに、聞き覚えのある名前だった。マドンナがレパードを指して呼んでいた、レパードの旧い名だ。

 リュイスは、首を横に振ってみせる。そこには戸惑いや躊躇は一切見られない。あくまで自然に受け答えしているように見受けられた。

「いいえ。僕と同じ存在はほかには中々いないので」

「そうよね」

 と、ラヴェンナはリュイスの言葉を疑わず、どこか諦め口調である。

 何故言わないのだろうと、イユは内心首を傾げた。しかし、リュイスにも考えがあってのことだろうとは予想できた。自身が下手なことを言うより口裏を合わせるのがよいと、判断する。

「わかったわ。もし出会うことがあったら、ギルドを通じて私に連絡してほしいの。いいかしら?」

 ラヴェンナは、リュイスだけでなく、イユやリーサ、クルトにも目をやった。頷く一同に、納得した様子をみせる。

「ありがとう。久しぶりにいい仕事になったわ」

「こちらこそ、助けられたわ」

 礼を言えば、ラヴェンナは笑った。

「あなたたち、変わった集まりだから久しぶりに楽しかった」

 確かに、異能者に龍族に普通の人間だ。おまけにイユは魔術師と縁のある可能性があるときた。めったにない組み合わせなのは間違いない。それを、『楽しい』という感想で纏めるラヴェンナには、やはり龍族に慣れているような気配があった。

「また会ったときはよろしくね」

「ええ。よろしくお願いします」

 互いに手を振りながら、イユは不思議に思う。


 出会いというのはよくわからないものだ。イユがリュイスに出会っていなかったら、今頃セーレにはいなかっただろう。それと同じで、ラヴェンナとの出会いも何かをもたらすような気がした。

 ラヴェンナがレパードを探しているということ。その彼女がイユたちと出会ったこと。どうしても、これっきりの出会いで終わる気がしないのだ。



「言わなくてよかったの?」

 ラヴェンナの姿が小さくなるのを見届けてから問えば、リュイスは頷いた。

「えぇ。あのラヴェンナという女性が探しているのは旧名の方でしたから」

「旧名?」

 ぴんとこないイユにリュイスは説明する。

「訳あって使わないことにした名前です。当時の関係者とは関わりを断ちたいかもしれません」

 問題なければギルドを利用して連絡をすればよいという考え方らしい。リュイスらしい配慮だ。

「あ、見て」

 リーサが空を指さす。その指の先で、夜空に赤い花が舞った。

「花火!」

 イユの驚きの声が花火の打ち上げ音にかき消される。

 赤、黄、緑、紫。色とりどりの花が空に彩る。降り注ぐように夜空に溶け込む火を名残惜しむ暇もなく、次から次へと花火は打ち上げられ続ける。

 夜には花火が増えると、シェルが言っていたことを思い出した。

「今日の花火は一段と綺麗ですね」

 リュイスの横顔も花火に照らされていた。翠の瞳が花火の光を受け止めて、きらきらと光ってみえる。

 イユの視線に気が付いたのか、リュイスが振り向く。

 言うならば今だなと、思った。


「今日は、ありがとう」

 三人より先に少し前にでて、振り返る。

 リュイスにリーサにクルト。皆の顔がきょとんとしている。

 それを見たら、何を言おうか悩んだ。言いたいことはたくさんある。気遣ってくれたこと、イユの家族など関係ないと言い張ってくれたこと、イユを案じてかばおうとしてくれたこと。どれも嬉しかったことだが、口にするにはどういうわけか気恥ずかしかった。

 花火の音がイユの言葉を待っているように鳴り響く。

「楽しかったわ、サーカス」

 笑えば、皆も笑い返してくれた。

「また行きましょうね」

 リーサに言われて、頷く。言いたいことのすべてが伝えられたわけではなかったが、彼らの顔になんとなく言いたいことが伝わっている気がした。それが心の底から嬉しかった。

 そして、同時に気づいたのだ。こうして辛いときには手を伸ばし嬉しいときには笑いあえる仲間がいることの心強さを。


 ――――いつの間にかイユはもう、一人ではなくなっていた。


「さてと、帰ったら船長がどんな顔して怒っているかな」

 クルトが話を切り替えて笑う。

 サーカスを見に行く予定がなかったにも関わらず閉幕までいたわけだから怒るかもしれないとイユも同意だ。

「意外と怒るとうるさいんだよねぇ。姑みたい」

「わかるわ」

 レパードの顔を思い浮かべて、思わず同意すれば、

「……わかる気がするわ」

 とリーサまで同意見だ。

「今回は、事が事ですから大丈夫ですよ」

 一方で、リュイスは皆の宥め役である。

「どうかな? ま、帰ってみればわかるか」

「最もね」

 そうやって、たわいのない会話をしながら帰路へ向かう。その間も、空に浮かぶ花々が代わる代わる一行を見守っているのを仄かに感じていた。


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