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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
111/992

その111 『暴発』

 

 *****


 光を頼りに奥へと踏み入れたイユたちを、無数の檻が迎えた。どの檻も閉まっており、中には何もいない。ただ手枷だけが、檻に固定されてぶらぶらと揺れている。

「手枷……?」

 その意図に気づき、鳥肌が立った。ライオンに手枷をかけることはない。これは、人を入れるための檻なのだ。


 檻の合間を少女が走り抜けていく。その先にある階段を駆け上がると、シルクハットの男の隣へと収まる。

「炎の輪のときにいた……」

 リーサの呟きから、サーカスの余興でのことだろうと察する。

 少女は男の袖をぎゅっと掴んでいる。そこから、男への信頼を感じさせられた。そしてどうも、イユのことを呼んでおきながら、怯えているらしいとも察する。

 男は少女に向き直ってその頭を優しく撫でた。

「どうやら、風を操る異能者だったようだね。煙が効いていない」

 勘違い甚だしい台詞に、イユは男の目的をうっすらと悟る。

「あなた、何者? あなたが呼ばせたの? そこの子に私を」

 階段下まで辿り着いたところで、男を見上げて睨みつけた。

 男はイユのことを見下ろしながら、シルクハットを軽く持ち上げてみせる。

「すまない。気分を害させたようだ。私はこのサーカスの団長をやらせてもらっているジェイムという。この子は……」

 そう言ってジェイムは少女を見やる。

「私の妹だ。セレーナという」

 随分似ていない兄妹だと思った。兄の方は茶髪で、瞳も焦茶色をしている。肌こそ白いものの全体的に色素の濃い男だ。白をイメージさせる妹とは大違いである。それに、年の差も離れている。セレーナは見たところ、かなり幼い。逆に男は団長をしているほどだ。下手をすると親子でも通じそうだと思った。

「それで? あなたが呼ばせたの?」

 もう一つの質問の答えを急かすと、ジェイムは素直に頷いた。その紳士的な態度に違和感すら覚える。

「セレーナは異能者と心で会話ができる異能を持っている。それで、サーカスの開催の度に、見つけてもらってここまで呼びに来てもらっている」

 今度は男が質問した。

「君の後ろにいるのは、お友達かな。君が異能者だということは知っているのかい」

「知っています」

 三人を代表してリュイスが答えた。リュイスは警戒しているようだ。手が剣へとのびているのが見て取れた。

 イユにもその気持ちは理解できる。ジェイムは、どこかがおかしい。後ろにいるリーサも怯えているようだ。一方のクルトはいつもと同じ、自然体だった。自分の死の話題すらも淡泊だったことを思い返せば、納得のいく態度である。

 再び男を振り仰げば、顎に手を当てて思案するような素振りをしている。何を企んでいるかまでは、よく分からない。

「君たちを呼んでしまったのはどうやら手違いだったらしい。こちらの非礼を詫びよう」

 唐突な男の謝罪に、イユはぽかんとしてしまった。

「何、どういうこと?」

 男に肩をすくめられる。

「ちょっとした余興のつもりだったんだがね」

 何を言い出すのだろうと、自然と眉間に皺が寄った。

「それはサーカスの……?」

 リュイスも不思議そうな声音である。

「あぁ。サプライズでね。観客の中に異能者がいたらサーカスの演出に少し協力してもらおうと思ったんだ。でも、風ではね。目立たないからすまないね」

 随分、訳の分からない内容だった。

「そんなわけないじゃん。異能っていろいろな種類があるんでしょ? サーカスの余興に使う? 使えそうな力を偶然持っている人を探すのって、すごく大変だよね? そもそも、そんなほいほい異能者なんていないでしょ」

 クルトも、呆れたように否定する。ジェイムの説明では納得できない箇所が多い。だから、イユも便乗した。

「そうよ。それにあなたの話が本当なら、手枷の檻なんて用意しないわ」

 檻の中の手枷を、過去実際につけられた経験がある。どういう原理かはわからないが、異能を封じる力がある手枷なのだ。

 そのような手枷があるのならば異能者の暴発に怯える必要なんてないではないかと、当時は憤ったものだ。理由をつけて魔術師たちは異能者を捕えたいだけなのだと、確信したのだ。

「占い師にイユのことを煽ってここまで来させ、捕まえるつもりだったってところだよね」

 クルトの解説に加えて、ライオンや煙の障害も入る。イユは元来た道を塞ぐように現れた数体のライオンを思い返した。異能者を追い込み、煙の充満する部屋に逃げ込ませる作戦というところだろう。イユは撃退してしまったのであまり功を成してはいないが、皆が皆戦える異能者ではない。それに戦えたとしてもイユ自身、煙を吹き飛ばせるリュイスの魔法がなかったら、今頃は捕えられていただろう。

 ところがクルトの言葉に、男は少し驚いた顔をしてみせた。

「占い師……? 彼女が何か粗相をしたのかな」

 様子を見るに、あの占い師とは関係がないのかもしれない。

「……別に」

 女の笑みがチクリとイユの心を刺した。疑いたくなるが、男の様子から嘘ではないのだろうと感じる。あの女はあくまで、占いをしただけだ。


『おねがい。このままかえって』


 頭の中に声が響いて、イユの視線は少女へと移る。

 それに驚いた少女が、男の右手をぎゅっと掴んだ。

『まきこみたくないの』

「どういうこと?」

 ところがイユの質問に答えたのは、二人だった。イユの質問が詰問に聞こえたようだ。

「残念だよ。やはり、わかってしまうものなのだね」

『三人は異能者じゃないから』

 三人とはリュイス、リーサ、クルトのことだろう。三人は巻き込みたくなかったと、セレーナは言う。

「お兄ちゃん」

 少女が声に出して、男を呼んだ。

 男は優しく、彼女の髪を梳いてやる。

「大丈夫。大丈夫さ」

 まるで自分に言い聞かせるように続ける。

「お前を守るためなのだから」

 ジェイムが何かを決心したような顔に変わったのが見て取れた。

「イユ、なんかやばいよ」

 クルトに言われなくてもわかっている。先ほどの余興云々はジェイムたちなりの優しさだったのだ。本来ならイユ一人だけが来るべきところを、誤って複数人呼んでしまったことに対する――――


 カチっと何かの音が響いた。


 はっとする。男から目を離してはいなかったのに、一体どこからか、またしても煙が立ち上ってくる。すぐにリュイスが風を起こしにかかる。その隙にだろう、男が胸のポケットに手を入れた。

「拳銃!」

 直感だった。イユはすぐに男の元へと駆け上がる。

 けれど、男が拳銃を取り出す前に階段を登り切るのは無理があった。

 男が構えた拳銃をみて、イユは声をあげる。

「伏せて!」

 事態をいち早く理解したクルトがリーサを引っ張って、伏せさせた。その気配を感じる。

 ジェイムが引き金を引いた。

 銃弾がイユの元へと飛び出していくその瞬間を捉える。意識を集中させれば、その動きが読めた。体を逸らし、躱す。

「何!」

 至近距離だ。普通の人間ならばまず避けきれない。だがさしものイユも無理に避けたせいで態勢を大幅に崩している。

 すぐに二発目を放とうとするジェイム。

「リュイス!」

 イユは煙を追い払うために生まれたロスを時間稼ぎしたに過ぎない。

「なっ!」

 驚いた声と同時に、銃声が鳴り響く。

「イユ!」

「お兄ちゃん!」

 リーサとセレーナの悲鳴が交錯する。

 男の手から拳銃が飛び跳ねた。間一髪、男が引き金を引き切る前にリュイスの魔法が的中したのだ。あらぬ方向に放たれた銃弾は、セレーナのすぐ横を通り過ぎ壁を抉ってみせる。


『ダメ!』


 突然の事態に驚いたのだろう。少女の悲鳴がイユの頭の中で鳴り響いた。

「つっ……!」

 一回で止まればよかった。しかし、次から次へと悲鳴が脳内に木霊する。悲鳴に支配されて、頭が真っ白になる。


『やめて、やめて、やめて……!』


 とうとうイユは平衡感覚を崩した。かろうじて、あってはならないことが起きたのだと言うことはわかった。だが思考がかき乱されて、瞳に映った光景を理解することすらできない。

 イユの瞳には、頭を抱えて悲鳴をあげ続ける少女がいた。少女の先ではジェイムが頭を抱えて倒れこんでいる。

「な、に……?」

 イユの耳はうめき声に似たリーサの声を拾う。このような事態に巻き込まれなければ、イユには何が起こったか瞬間的にわかっただろう。だが今、それを説明できる余裕はなかった。

「頭がおかしくなりそうだよ!」

 言葉を紡げるだけ、リーサやクルトには余力があった。近場にいたイユやジェイムにその力はない。


「『暴発』、です……」

 リュイスの絞り出すような声。

「暴発した異能が、頭をかき乱して、また暴発を……」


 説明されて理解できるほどに思考することは、この場の誰にもできなかった。また原因を語れるリュイスにも、魔法を使うことまではできないらしい。

「あ……、ぐっ……!」

 イユはいつの間にか頭を抱えて倒れていた自分を、ようやくはじめて意識した。悲鳴が延々と鳴り響いている。頭痛を通り越した強烈な痛みを感じ取ることすらできない。

 あがき、狂う。何も考えられず、動くこともできず、悲鳴を聞き続けるこの事態に。


 その空間に、突如銃声が鳴り響いた。


 少女の悲鳴が一瞬止む。思考が戻り、映っていた光景が目に飛び込んだ。

「今よ!」

 誰の声か、考える暇もなかった。耳に飛び込んだ情報を脳が理解する前に、イユは真っ先に少女へと向かう。そうしなくてはならないことが、イユにはわかっていた。だが、力の調整など全くする余裕はなかった。定まらない景色の中を、イユは少女に向かって飛び込む。そのまま、ぶつかった。その勢いで猛烈な吐き気に襲われ、膝をつく。少しして、少女の体がふわりと階下へと落ちていったことに気が付いた。

 探せば、突然のことに驚いた少女が、ようやく正気を取り戻したのか意味なく空を掴もうと手を伸ばしているところだった。

 慌ててイユはその手を掴もうとし、階段から転げ落ちそうになった。


 ――――無理だ。


 ようやく戻ってきた思考がそう結論付ける。もう助けられる距離にはいない。彼女の後ろを、地面が迫っている。あの高さを落ちていっているのだ。イユならどうにかなるが、セレーナほどの子供では無事でいられるかどうか――――


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