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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
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その102 『裏のある話』

「うーん、ハンバーガー最高! さすがインセート名物!」

 感動を言葉にして口いっぱいにハンバーガーを頬張るのは、先ほどまで椅子にくくりつけられていたブライトだ。さすがに食事の時まで縛り付けるのは面倒だったので、今ばかりは解いている。

「おいひぃ!」

「……食べながら話すなよ」

 言っていることに想像はつくが、言葉になっていない。同じくハンバーガーを食しながら、レパードはやれやれと肩をすくめた。たださすがに縛り付けられていたせいか悪さはできなかったらしく、紐をほどいたあとも暫くひぃひぃ言っていた。長時間縛られると人は思った以上に動けなくなるものらしいと、そのときのブライトを思い返す。

「いや、だって? 生きているうちにまた食べられるとは思っていなかったし」

「お前な……」

 実感のこもったような言い草に、物申したくなる。やはり死を覚悟していたということなのだろうと考えるものの、全てを素直に答えるとは思えない。さてどう聞き出したものかと思案する。

「レパードはさ」

 悩んでいるところに、ブライトから口を開いてきた。

「マドンナと話せたの?」

 その声音に少し不安が混じっているあたり、ギルドの出方はブライトには読めなかったのだろうと推測できる。

「あぁ、お前のことをたっぷりとな」

 さすがにわざとらしかったのか、ブライトが疑うような眼差しを向けてきた。

「……お前は、どこまでわかって今回の仕事を引き受けたんだ?」

 レパードは聞いてみたかったことを質問する形で、疑いを晴らすことにする。

 実際、ブライトにはそれだけで事足りたらしい。

「いやぁ、ギルドも恐いなぁ。どこまで筒抜けなんだろ」

 と感想を洩らす。

「で?」

 黙っているとそのまま流されそうだったので、レパードはブライトに催促する。

「答えなきゃダメ? 一応国家機密なんだけど」

 目だけで答えると、

「仕方ないなぁ」

 と呟かれる。何様だと思ったが、次の言葉を聞いたときにはその思いも吹き飛んでいた。

「全部だよ。というよりもね」

 しかも、ふっと何か楽しいことでも見つけたとばかりに口元を緩めてみせるのだ。

「あたしの提案」

 開いた口が塞がらなくなるとはこのことだった。いくら何でもそれはあり得ないことだ。

「本気か……?」

「もちろん」

 考え直そうと思った。そもそもマドンナはシェイレスタの考えを取り違えていて、ブライトはレパードの意味深な発言に誤った解釈をして答えているのだと。そう考えなければ今の会話は成り立たない。気を取り直して、疑問をぶつけることにする。

「お前、初めから死ぬ気なのか」

 ブライトが取り違えていればこの質問の意味に戸惑いの表情ぐらい浮かべるはずだ。そう期待して、レパードはブライトを見る。

 確かに、ブライトは困った顔をした。だがその口が紡ぐ言葉は何かがおかしい。

「いや、難しい質問だね。死ななくてすむならそれに越したことはないってところだけど」

 まるで他人事のように、自分の命の話をしているのだ。レパードは内心頭を抱えたくなった。これではまるで、ブライトが正しくレパードの話を理解しているようではないかと思ったからだ。どうしてもレパードには目の前の人物がいまだに理解できない。生きるために腕に法陣まで刻んでみせたあの魔術師と、今のブライトが繋がらない。正直なところ、今回の件でブライトは窮地に立たされていたのだとそう解釈していた。国王に指名されて、断れないまま魔術書を運ばされているのだと。ひょっとしたら人質でもとられているのかもしれないとまで思った。そのためにブライトは反抗できず、生きのびるための手段を見つけるためイユに暗示をかけて何かを画策しているのではないのかとまで予想したのだ。確かにそれだけでは納得できない部分もあった。イユの存在では魔術書の盗みの罪を埋めるには足りないことなどだ。だがレパードにはそれ以外に何も思いつかなかった。

 それが、ブライトの一言で一蹴されてしまった。まさか、腕の傷はセーレの船員に付け入るための嘘で、本当は自分の腕の一つや二つ何とも思っていないということなのか。

「ん? 何々、考え込んで」

 興味深そうに見上げてくる魔術師だが、ひょっとすると心は鉄でできているのかもしれない。そう考えた方が、まだしっくりきた。

「お前、馬鹿だろ」

「んなっ?! 馬鹿って言った方が馬鹿なの!」

 まるで幼い子供のような返しだと呆れながら、それでもレパードは言う。

「そんなに死にたければ、俺らを巻き込むな」

 その様子に、ブライトは首を横に振った。

「違う違う。あんまり詳しいことは言えないけれど、この場合こうするしかなかったんだって」

「わざわざ殺されるために立候補したっていうのがか」

 呆れ口調で続けるレパードに、ブライトは頭を掻く。

「まぁ傍から見たらそう思えるかもだけれどさ」

「何だその意味深な言い方は」

 レパードのその言葉に、ブライトはにっこりと笑った。

「いいでしょ。女には秘密の一つや二つあるんだって」

 女という部分を強調したいのか、胸を張り腰を捻ってみせる。残念ながら、レパードには子供が背伸びをしている姿にしか見えなかった。

「その秘密に魔術書のことも入るわけか」

 レパードはわざとその話に引き戻した。今までの傾向から言って、これ以上この話を続けていても戯言の応酬になってしまう。それならば話を魔術書に絞って、ここはひとつマドンナに頼まれていた魔術書について聞くのもよいだろうと判断したのだ。ちなみに既にマドンナには、クルトがとっていた魔術書のメモを提出してある。だがあれはほんの一節だ。それだけでは到底、情報が足りないだろう。

「戦争を止める魔術書だったか? 起こすの間違いとしか思えないが」

 ところがその一言で、ブライトは勘付いた顔をした。

「それを聞くに、マドンナにもちゃんと伝えた感じだね」

 まさかいいように使われていたんじゃないかと、彼女の様子から不安を掻き立てられる。セーレはギルドと関わりがあることをブライトが察していたとしたら、わざとマドンナに伝えるよう仕向けた可能性があった。

「大丈夫、嘘じゃないよ?」

 何のことかと思ってから、魔術書についての発言だと気づいて余計に信用できなくなった。すっかり先回りされた発言に、レパードは内心ため息をつく。これは残念ながら、今回の魔術書詮索は諦めたほうがいいだろう。

「……まぁ少なくとも収穫はあったか」

 ブライト自身の提案による計画。それが収穫と言っていいのかわからないが、一つ進んだことは確かだ。

「万が一お前が人質でも捕られて仕方なくやっていたら話は変わったかもしれないがな」

 たとえ相手が魔術師でも、目の前の少女がレパードの目から見て子供である事実は変わらない。甘いとは思っている。けれど、一度イユを拾ってきてしまった経緯もあって、その甘さにレパード自身が慣れてしまった。否、それ抜きでもこんなことを考えてしまうのは、全部あの夢のせいだ。だからこそ、そうではないと知って、せいせいできた。

 ブライトはレパードの言葉を聞いて、ふと考える仕草をする。それから目を輝かせて、言った。

「はいはーい! あたし、人質捕られている! 仕方なく、盗んだ!」

「ふぅーん、そうか」

 あまりなわざとらしさに冷たく返すと、膨れ面をされる。

「むむ。作戦失敗か」

 全くこいつはわけがわからない。レパードは今持っている情報をブライトに告げるべきか悩んだ。イユの暗示を解かせるためには使える手だが、ブライトが信用できない以上つけあがらせるのは考え物だ。

「……例えば、ギルドの依頼で俺らがお前をシェイレスタに送り届けることが確実になった場合、お前は今すぐにイユの暗示を解くか」

 それを聞いたブライトの頭は目まぐるしく回転しているようだ。

「それは取引ということかな」

 口調も先ほどまでのおちゃらけた感じではない。

「解釈はお前に任せる」

 あくまで濁すことに徹底した。

「うーん、悪いけど、それは無理。あんまり信用してない」

 到着したら約束通り解くが、その前の段階では解かないとブライトは言う。どうも互いに信用はないらしい。そう思いきや、ブライトは弁解しだす。

「いや、レパード個人がって話じゃないよ。ただ、ギルドを全部信用していいかって言われるとね」

 むしろ取り直されるほどに信用されているのが驚きだ。それに、ブライトの言いたいこともわかってしまう自分がいた。マドンナを百パーセント信用することはできない。何せ売られたばかりの身の上だ。とはいえ、自分まで同調しては話にならない。とりあえず話合わせに前者について感想を述べる。そこまで俺に信用があるとは意外だったなと。

 そこでブライトは笑ってみせた。

「普通、魔術師なんて乗せたら即首を刎ねるって。そういう意味では、あたしは運がいいかな。幸運すぎるぐらい」

 感謝しているよとブライトは言ってみせる。ついさっきまで椅子にくくりつけられていたというのに、そんなことを言うのだ。

 やはりこの魔術師は頭のねじが何本かとんでいる。そうとしか思えない。そして困ったことに。ブライトのやったことは決していいことではないものの、レパードはだんだん誰を信じればいいのかわからなくなってきたのだった。


 ――――マドンナといいブライトといい、どいつもこいつも裏がありすぎるんだ。

 というのがレパードの意見だ。


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